激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#230 嵐の予感⑦

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 渡り廊下の陰に隠れて待つこと10分ほどで、体育館の扉が開いた。
 合唱部の出し物が終わり、休憩時間になったのだろう。
 たちまち体育館の前は、出ていく者と新たに入っていく者でごった煮状態に陥り、杏里と重人は途方に暮れてしまった。
 これではヤチカたちの動向を把握できない。
 まだ中にいるのか、それともこの人混みに紛れてしまっているのか…。
「テレパシーで居場所を特定できないの? ヒュプノスのあなたになら、簡単な作業でしょう?」
 苛立ちを声ににじませて、杏里は言った。
「だってそんなの無理だよ!」
 重人が悲鳴を上げた。
「さっきはみんな音楽聞いてて、意識が静かだったから探せたけどさ、こんなに一度にざわつき始めると、雑音がひどくて個人の特定なんて困難に近いんだって!」
「なんでもいいから探し続けなさい! いちいち弱音を吐かないの!」
 重人の尻に蹴りを入れながら、自分でも目視で探そうと、杏里はせわしく人混みを見渡した。
 ヤチカのことも気になるが、もっと気になるのは、一緒にいるという謎の男の存在だ。
 なぜ零を知っているのだろう。
 重人の指摘通り、男が”裏委員会”の一員だとすれば、零は彼らの手中にあるということなのか。
 また、その零が杏里のビデオを観てオナニーを、というフレーズも気に入らない。
 彼らは私のことをどこまで知っているのか。
 また、ヤチカとの関係は何なのか…?
 人の列が目の前の渡り廊下を通りすぎるのを眺めながら、ひたすらヤチカの姿を探していた時だった。
 ふいに、「あっ」という小さな叫びを残し、重人の姿が消えた。
 ついさっきまで隣にいたのに、人波に呑み込まれてしまったのか、影も形もなくなってしまっている。
「重人!」
 うろたえて、杏里は叫んだ。
 こんな大事な時に、いったい何やってんだか!
 ほんと、使えない子!
 心の中で悪態をついた瞬間である。
 当の重人が、ゴミを捨てられるように、人波の中からふらりと転げ出してきた。
 眼鏡がずれ、なぜかズボンのチャックが全開になっている。
「ちょっと、大丈夫? ぼけっとしてるからだよ!」
 いつものように辛辣な言葉を浴びせにかかった杏里だったが、あることに気づいてふと続く言葉を呑み込んだ。
 ずれた眼鏡の下から現れた重人の眼に、なにやら尋常ではないものを感じたのだ。
「どうしたの?」
 声をかけると同時に、強い力で右の二の腕をつかまれた。
 シャーペンより重いものを持ったことのない重人にはおよそ不似合いの、万力で締め付けるような握力だった。
 あっと思った時には、杏里は渡り廊下の裏の茂みに突き転がされていた。
 マイクロミニ丈のスカートが派手にめくれあがり、真っ白なパンティが丸見えになってしまっている。
 太腿を寄せてそれを隠そうとした時、重人が動いた。
 全開になったズボンの非常口に右手を突っ込んだかと思うと、猛り立った性器を引きずり出したのだ。
 え?
 杏里が声を失ったのは、その行為に対してではなかった。
 こ、これは…?
 指でつまみ出され、空気に触れて震えている重人の肉棒。
 その様子が、明らかにおかしかった。
 杏里の知っている仮性包茎の未発達なペニスではなく、ゾウガメの首に立派な亀頭をくっつけたような、AV男優のそれを思わせる成熟し切ったフォルムを誇っているのだ。
「重人…何する気?」
 制止するように、両手を伸ばし、杏里は手のひらを広げた。
 そこに、ペニスを狂気のように突き立てた重人が、無言で襲いかかってきた。

 
 
  

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