激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#224 嵐の予感①

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 壁という壁が文化祭向けの飾りつけで埋め尽くされた教室は、さながらトリックアートの展示室だった。
 その中で始まったホームルームは、担任が腺病質の木更津ということもあり、いっこうに盛り上がらなかった。
 美里が担任だった頃の緊張感はかけらもなく、生徒たちは私語をやめようともしないのだ。
 結局、きょうは一般客開放の日だから、くれぐれもマナーに気をつけるように、というお決まりの注意事項でホームルームはお開きになった。
 クラスには純も璃子もふみも顔をそろえていたが、ホームルームが終わっても誰も杏里には話しかけてこなかった。
 スマホにラインメッセージが入る気配もなく、杏里は妙な居心地の悪さを抱えて外に出た。
 学園祭1日目のきょう、杏里たちのクラスの出し物は喫茶店である。
 が、それが明日には杏里を捕獲するための罠に変わるのだ。
 誰が指揮を執ってどんなトラップを仕掛けているのか。
 それが気にならないこともなかったが、どうせ訊いても誰も教えてくれないだろうと思い、校庭に急ぐことにした。

 前原はシアターと評したが、外から見る限りでは、それはアルミ箔で即席にこさえたプラネタリウムに見えた。
 入口らしき開口部をくぐり抜けて内部に入ると、すらりと並んだパイプ椅子がまず視界に飛び込んできた。
 縦横10列のパイプ椅子が向いているのは、地面から1メートルほど高くなったステージの方角である。
 そのステージの上に前原と大山がいて、何やら熱心に話し込んでいた。
 パイプ椅子の間を縫って、ステージに近づくと、
「よく来てくれた」
 大山が、壇上から手を差し伸べた。
 それを無視して、足早に階段を上がると、
「明日の打ち合わせですか?」
 単刀直入に、杏里はたずねた。
「ああ、まず、オープニングイベントだが…」
 ブレザーの間から惜しげもなく突き出した杏里の豊乳に目を奪われながら、大山が答えた。
「なかなかこれという相手が見つからなくてね。結局、レスリング部のメンバーに依頼することにしたよ」
「レスリング部の?」
 意外な返答に、杏里は返す言葉を失った。
「男性はどうもダメみたいでね。この前、リハーサルに呼んだAV男優だが、あれから入院して、今も治療中だそうだ。なんでも、睾丸の機能がイカれてしまったとか…」
 言いにくそうに、横から前原が口を出す。
 杏里は思い出した。
 アキラと名乗った、あの未来人みたいな容貌の青年だ。
 最後には射精が止まらなくなってしまい、気絶した後も床に精子を撒き散らしていた。
 それはショッピングモールで遭遇した通り魔も同じだった。
 今の杏里は、男にとっては凶器のようなものなのだ。
「その点、レスリング部のメンバーなら全員女子だし、普段から君に接していて、ある程度耐性も備わっているはずだ」
「幸い、小谷先生の体調も元に戻られたそうでね。明日の君との絡みを楽しみにしておられるとのことだ」
「小谷先生も…?」
 小百合なら、もう浄化が済んでいる。
 もしや、この短期間で、またストレスを貯め込んだということなのだろうか?
「仕掛けも上々だよ。壁と天井を見てごらん」
 大山に言われ、改めて周囲を見渡した杏里は、そこであることに気づき、はっと息を呑んだ。
 おびただしい数の杏里が、こちらを見つめている。
 ただのガラス張りの内装かと思ったら、そうではなかった。
 この建物の内部の壁と天井は、すべて鏡張りになっているのだ。
 驚きに声も出ない杏里に向かって、大山が得意そうに言った。
「いわば、江戸川乱歩の『鏡地獄』現代版だね。君とレスリング部の女子たちの痴態は、あらゆる角度から、この無数の鏡に映し出されるというわけなのだよ」


 
 
 

 
 

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