221 / 463
第9部 倒錯のイグニス
#221 進化する淫獣⑦
しおりを挟む
土蔵の中には、麝香のような匂いが色濃く漂っていた。
窓のないコンクリート打ちっ放しの壁が、空気をほとんど通さないからだ。
その蜜のような空気に触れて、冬美の表情にかすかな変化が表れていた。
好物の獲物を前にした肉食獣の貌が、いつもの取り澄ましたフェイスの下から浮かび上がってきたような、そんな緊張をはらんだ目つきで、じっと杏里を見つめているのだ。
「外してくれないの?」
ふいに黙り込んだ冬美に向かって、手首の拘束具をがちゃつかせながら、杏里は訊いた。
「ルナのことで、重人と話さなきゃならないんだけど」
「そうね。わかってる」
冬美がかすれた声で答えた。
気のせいか、声が昂っている。
キャリアウーマン然とした、いつものクールな冬美らしくない。
「でも、時間はあるわ。もう少し、楽しんでもいいかな、と思って」
杏里は唖然とした。
ボンテージ衣装の冬美を、呆れて見つめ返した。
冬美は明らかに興奮しているようだ。
頬が紅潮し、うっすらと唇を開いている。
当てられたのだ、と気づいた。
杏里の全身から発散される、濃密な性フェロモン。
それを胸いっぱいに吸って、おかしくなりかけているに違いない。
不思議なことだった。
これまで、杏里に対して、眉一筋動かさなかった冬美。
その冬美が、ただの道具に過ぎない杏里に対して、性的興奮の兆候を示しているのである。
杏里自身が、タナトスとして成長した証かもしれなかった。
杏里を使い捨ての駒としか見ていない冬美を、ここまでその気にさせるとは…。
私の魅力も、満更捨てたものじゃないってことね。
杏里は心の中で意地悪くほくそ笑んだ。
着やせする質の冬美は、意外に筋肉質の肢体をしている。
エナメルのハイレグ衣装が、今にもはちきれそうである。
その身体を誇示するように尻を振りながら、冬美が近づいてくる。
「そんなこと言って、私に”浄化”されたいの?」
負けじと胸を張って裸身を見せびらかしながら、挑発するように杏里は言った。
「タナトスを見張るのが任務のトレーナーが浄化されちゃったら、委員会に顔向けできないんじゃないの?」
「浄化だなんて、まさか」
冬美が、ふんと鼻で笑った。
「そこまでするつもりはないわ。ただちょっと、あなたと遊んでみたくなっただけ」
「うれしいよ。冬美さんが興味を持ってくれるだなんて」
不敵に笑って、杏里はそんな心にもないことを口にした。
「今まで私は、あなたにとって、虫けら同然の存在だったんだもの」
「虫けらは言い過ぎでしょ」
冬美がかすかに鼻白むのがわかった。
「私はただ、あなたたちを人間ときちんと区別したいだけ」
「区別っていうより、差別でしょ」
杏里の眉間に、一瞬、縦じわが刻まれた。
が、すぐに表情を和らげると、
「いいわ。相手になってあげる」
誘うように身体をくねらせた。
そっちがその気なら、こっちにも考えがある。
顔にかかる前髪を首を振って払いのけると、杏里は言った。
「でも、鞭はやめて。どうせなら、その手でじかにいじめてちょうだい」
窓のないコンクリート打ちっ放しの壁が、空気をほとんど通さないからだ。
その蜜のような空気に触れて、冬美の表情にかすかな変化が表れていた。
好物の獲物を前にした肉食獣の貌が、いつもの取り澄ましたフェイスの下から浮かび上がってきたような、そんな緊張をはらんだ目つきで、じっと杏里を見つめているのだ。
「外してくれないの?」
ふいに黙り込んだ冬美に向かって、手首の拘束具をがちゃつかせながら、杏里は訊いた。
「ルナのことで、重人と話さなきゃならないんだけど」
「そうね。わかってる」
冬美がかすれた声で答えた。
気のせいか、声が昂っている。
キャリアウーマン然とした、いつものクールな冬美らしくない。
「でも、時間はあるわ。もう少し、楽しんでもいいかな、と思って」
杏里は唖然とした。
ボンテージ衣装の冬美を、呆れて見つめ返した。
冬美は明らかに興奮しているようだ。
頬が紅潮し、うっすらと唇を開いている。
当てられたのだ、と気づいた。
杏里の全身から発散される、濃密な性フェロモン。
それを胸いっぱいに吸って、おかしくなりかけているに違いない。
不思議なことだった。
これまで、杏里に対して、眉一筋動かさなかった冬美。
その冬美が、ただの道具に過ぎない杏里に対して、性的興奮の兆候を示しているのである。
杏里自身が、タナトスとして成長した証かもしれなかった。
杏里を使い捨ての駒としか見ていない冬美を、ここまでその気にさせるとは…。
私の魅力も、満更捨てたものじゃないってことね。
杏里は心の中で意地悪くほくそ笑んだ。
着やせする質の冬美は、意外に筋肉質の肢体をしている。
エナメルのハイレグ衣装が、今にもはちきれそうである。
その身体を誇示するように尻を振りながら、冬美が近づいてくる。
「そんなこと言って、私に”浄化”されたいの?」
負けじと胸を張って裸身を見せびらかしながら、挑発するように杏里は言った。
「タナトスを見張るのが任務のトレーナーが浄化されちゃったら、委員会に顔向けできないんじゃないの?」
「浄化だなんて、まさか」
冬美が、ふんと鼻で笑った。
「そこまでするつもりはないわ。ただちょっと、あなたと遊んでみたくなっただけ」
「うれしいよ。冬美さんが興味を持ってくれるだなんて」
不敵に笑って、杏里はそんな心にもないことを口にした。
「今まで私は、あなたにとって、虫けら同然の存在だったんだもの」
「虫けらは言い過ぎでしょ」
冬美がかすかに鼻白むのがわかった。
「私はただ、あなたたちを人間ときちんと区別したいだけ」
「区別っていうより、差別でしょ」
杏里の眉間に、一瞬、縦じわが刻まれた。
が、すぐに表情を和らげると、
「いいわ。相手になってあげる」
誘うように身体をくねらせた。
そっちがその気なら、こっちにも考えがある。
顔にかかる前髪を首を振って払いのけると、杏里は言った。
「でも、鞭はやめて。どうせなら、その手でじかにいじめてちょうだい」
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる