激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#212 美しき虜囚②

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 別に、驚くほどの提案ではなかった。
 百足丸がヤチカのサポート役につくのも、ひとつはそのためだからである。
 ルナに鍼を施すと同時に、ヤチカの性奴状態を持続させるために、定期的にヤチカにも鍼を打つ。
 それは井沢に命じられたことでもある。
 が、意表をつかれたのは、ヤチカのほうからそれを言い出したことだった。
 しかも、ルナの眠るこの場で。
 今、この時に。
 確かに、零がやってきてから、百足丸がヤチカに術を施す機会は激減している。
 ここ10日ほど、ずっと零にかかりきりだからだ。
 ヤチカが”久しぶりに”という部分にアクセントを置く所以でもある。
「あなた、あの化け物にずいぶんご執心だそうね。性感帯をじかに活性化させる秘術まで施してるって、聞いてるけど。私の時とは差がありすぎるんじゃないかしら」
 淡々と言葉を連ねるヤチカ。
 別段、腹を立てているわけでもなさそうだが、さすがの百足丸も若干後ろめたい気分にならざるを得なかった。
 井沢のマインドコントロールが効いている分、百足丸としても、これまでヤチカに対してはあまり本格的な施術を行っていないのだ。
 乳首やクリトリスといったわかりやすい性感帯を鍼で刺激して、性欲を高めているだけなのである。
 第1、第2のチャクラまで活性化させる必要性を感じなかったためだった。
 それをヤチカは俺に求めているというのだろうか。
「でも、きっと、零にはあなたの努力も通じていないんでしょう? あの怪物が、性欲亢進くらいで他人の言いなりになるとは、とても思えないもの。それより、その秘術、私に施して、この私をあなたの真の性奴隷にしたほうが、ずっと役に立つんじゃないかしら」
「おまえ、自分が何を言ってるのか、わかってるのか?」
 百足丸は、疑わしげにかたわらのヤチカを睨みつけた。
 この女、井沢だけじゃなく、この俺の奴隷にもなるというのだろうか。
 言われるまでもなく、零よりヤチカのほうがずっと制御しやすいだろうことは、容易に想像できる。
 しかし、だからといって、奴隷の二股など、聞いたことがない…。
「もちろんよ。だって、考えてもみて。今後、私はあなたと行動を共にすることが多くなる。杏里ちゃん拉致計画もそうだし、その後に控えるこの子の調教も。ならば、あなたとしても、私を意のままに動かせたほうが、なにかと都合がいいんじゃない?」
「おまえ、井沢のマインドコントロールが、解けかかってるのか?」
 百足丸の眼が光った。
「自分でも、よくわからない。求められれば、彼の要求通りにするし、逆らう気なんて微塵もない。でも、だからといって、心の底から彼のことを求めているわけでもない。初恋と同じね。最初の頃の激情みたいなものは、私の中からなくなっている」
 隠す気もないらしく、ヤチカが至極あっさりと答えた。
「マインドコントロールが解けてるようなら、連れ帰れと言われている。もう一度、術をかけ直すそうだ」
 こいつはまた、厄介な…。
 百足丸は渋い表情になった。
 これだから、女は嫌だ。
 何を考えているのか、さっぱりわからない。
「無駄じゃないかしら」
 他人事のように、ヤチカが言った。
「ああいうのは、いつか慣れるもの。自然と耐性が身について、長続きしなくなる。それより、あなたの鍼のほうが、よほど効果的。だって、先に底知れぬ快楽が保証されているわけだから」
 やはり、解けていたのか。
 だから、井沢や俺の目を盗んで、あの女と連絡を取り合うことができたのだろう。
「どっちにしろ、このことは報告しなきゃならない。その後どうするかは、井沢が決めることだ」
 ぶっきらぼうに言い放った。
 と、ヤチカが百足丸の手を取った。
「待って。その前に、ここで私に”あれ”をして。零にしたのと同じ処置を。報告するかどうかは、その結果を見て決めても遅くはないはずよ」
「ここで?」
 百足丸は目を剥いた。
「今すぐにか? ルナの見てる前で?」
「どうせこの子は当分起きないんでしょう? だったら別にかまわないはずよ」
「そ、それはそうだが…」
 ヤチカはすでにパンツのホックを外し、ファスナーを下ろし始めている。
 大して手間取ることもなく脱ぎ捨てると、下半身下着一枚の姿で百足丸の前に立った。
 上半身には上品なブラウスを身に着けているだけに、そのアンバランスさが病的なまでにエロチックだ。
 異様なシチュエーションに、百足丸は徐々に興奮を覚え始めていた。
 絶世の美少女ルナの枕元で、ヤチカのチャクラに鍼を打ち込み、獣に変える…。
 ズボンの前が苦しいほど張ってきた。
「いいだろう」
 ルナの寝顔を横目で見ながら、右手の革手袋を外した。
 2、3度、手首を振る。
 爪が伸び、尖り始めた。
「まずはベッドの端に座れ。両足を開いて、股をこっちに向けて突き出すんだ」
「そうこなくっちゃ」
 ヤチカが微笑んだ。
 人を堕落に誘う蛇のような眼をしていた。



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