激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#206 美里の影⑩

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「美里先生…」
 杏里は茫然とつぶやいた。
「あんたたちは、教室に戻りなさい」
 裸の幼児たちを追い立てると、スーツ姿の女性がもう一度、杏里のほうを振り向いた。
 肩までのストレートヘア。
 卵型の無表情な顔。
 フレームの細い銀縁眼鏡が、その顔をより無機質なものに見せている。
 地味なスーツ姿だが、グラマラスな肢体を隠すことはできず、全身を妖艶なオーラが包んでいる。
「そんな…信じられない…」
 喉に淡が絡まったように、言葉がスムーズに口から出てこなかった。
「…生きてたんですか?」
「どうやら、そのようね」
 にこりともせず、美里が答えた。
「でも、確かに頭を、潰したのに…」
 信じられなかった。
 富樫博士の残した言葉の意味がわかっても、杏里はまだ半信半疑だったのだ。
 脳を破壊されたら、不死身のタナトスにも死が訪れる。
 それは、厳然たる事実のはずである。
「ネタ晴らしするとね」
 淡々とした口調で、美里が話し始めた。
「あなたも知ってるように、外来種には、腰椎の近くに第2の脳がある。私はタナトスとして生まれ変わる時、ミトコンドリアだけでなく、その脳細胞の一部も移植されてたの。試作品だったから、試行錯誤であらゆる方法が試されたというわけ。でも、結果的に、脳組織の移植はタナトスの精神に変調を来たすことがわかって、その方法は私一代で取りやめになったわ。委員会は、私が化け物になったのは、そのせいだと思ってる。でもね、私自身としては、今、とてもそのことに感謝しているの。その第2の脳のおかげで、あなたに大脳を潰されても、私はこうして死なずに済んだのだから」
 そうだったのか…。
 杏里は納得した。
 外来種の第2の脳。
 その存在は、研修期間に教えられたことがある。
 役割は不明だが、外来種は、人間にはない器官、第2の脳を持っていると。
 その脳が、大脳のバックアップを取るためのハードディスクのようなものだったとしたら…?
 おそらく、零が死なないのもそのせいなのだ。
 断頭台で首を斬り落とされても、由羅の鉄拳で頭部を潰されても、全身を毒に冒されても死ななかった零…。
 ただし、これは零のような雌外来種の特性なのかもしれなかった。
 これまで戦った雄外来種たちは、みな、頭部へダメージを与えることで倒すことができたのだ。
 希少であるがゆえに異様なまでに生命力の強い雌外来種。
 さすが上位種だけのことはあるというべきだろう。
「だから、あなたは、外来種により近いのね…? 外来種と同じ、その第2の脳を持ってるから…」
「そういうこと」
 美里がやにわにスーツの前を広げた。
 巨大な胸に押し上げられた白いブラウスが現れた。
 今にもボタンが弾けそうなほど、窮屈そうにに盛り上がっている。
「久しぶりに試してみる? 私の触手の味を」
 美里の指がブラウスのボタンを外し、大きなブラジャーをさらけ出した。
 そのへりに指をかけて引き下ろすと、熟れた果実のような乳房が飛び出した。
 だが、つんと上を向いた乳房の頂で震えているのは、乳首ではなかった。
 先が丸い口になった触手の先端が、不気味な顔をのぞかせているのである。
 違う…。
 杏里は途方に暮れた。
 美里の触手は、初めから実体化している。
 変異外来種同様、最初から身体の一部になってしまっているのだ。
 頭部をくねらせて、美里の乳房の先から触手が伸び上がった。
 裏側に吸盤のついた、弾力のありそうな太い触手である。
 本能的に、杏里は飛び退っていた。
 その肩甲骨のあたりから、テニスウェアの生地をすり抜け、2本の触手が伸び上がっている。
「そんなお粗末なもので、私を倒せると思ってるの?」
 美里の声に、初めて感情らしきものがこもった。
 声に、どこか面白がっているような、そんなニュアンスが感じられたのだ。
「私は以前の憐れな私ではない。進化しているの。いいわ、見せてあげる。その証拠を」
 その言葉が終わらぬうちだった。
 だしぬけに風が巻き起こった。
 杏里めがけて、美里の触手が襲いかかってきたのである。
 
 

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