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第9部 倒錯のイグニス

#197 美里の影①

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 杏里が丸尾美里から受け継いだ”触手”は、見た感じ、エクトプラズムに似ている。
 違うのは、半透明でほとんど実体を持たないように見えるが、対象に触れると物体化することだ。
 だから触手は使い方によっては凶器にもなり、性具にもなる。
 杏里の肩甲骨あたりから生えてきた触手は、2本。
 1本が乳房を締め上げるように胸部に巻きつき、もう1本は太腿と太腿の間にもぐりこもうとしている。
 今頃、どうして?
 身体にまとわりつく半透明の触手を眺めながら、杏里は首をかしげていた。
 タナトスの本来の姿は、徹底した受け身だ。
 たとえ相手が外来種であっても、こちらから攻撃することは、極力避けねばならない。
 そう、サイコジェニーに諭され、触手を封印したはずの杏里である。
 今だって、自分の意志で呼び出したわけではないのだ。
 ひとつ考えられるのは、美里の存在だった。
 もし富樫博士の警告通り、あの美里がまだ生きているとしたら、その影響で触手が活性化したのかもしれない。
 だとすると、私は最近、美里先生と接近遭遇したということになりはしないか…?
 その認識に、杏里は全身総毛立つ思いに駆られた。
 美里先生が、私のそばにいるってこと?
 でも、どこで?
 どこで私は彼女に会ったのだろう?
 本来なら、あり得ないことである。
 あの時、美里をスカルファックに誘い込んだ杏里は、いずなと重人の力を借りて、己の膣の中に埋まった美里の頭部を潰し、息の根を止めた。
 不死身のタナトスといえども、脳を破壊されれば命は尽きる。
 だから美里はあの場で確実に死んだはずなのだ。
 なのに生きてるって、これはいったいどういうことなのだろう?
 杏里は美里が死んだ後のことを、懸命に思い出そうとした。
 後処理にあたったのは、委員会の処理係たち。
 救急車に偽装した車で美里の死体が運ばれた先は、確か、篠崎医院ではなかったか。
 毒殺魔事件の際、杏里が初めて入院し、由羅と出会ったあの民間医院である。
 調べてみよう。
 明日は休みだし、ルナのマンションを訪ねる用事もある。
 そう決心すると、少し気分が楽になった。
 緊張を解いたせいか、触手の動きが活発になっている。
 乳房を絞り出すように締め上げた触手の先端が、突き出た杏里の乳首を舐めるように突き回しているのだ。
 太腿の間にもぐりこんだ1本も、いつのまにか先端を股間に届かせ、リングで締めつけられた陰核の頭に環形動物のそれのような口で、ぴったりと吸いついている。
 じわじわと押し寄せる快感に身をゆだね、杏里はかすれた声でつぶやいた。
「いいよ。久しぶりだものね」
 その言葉が聞こえたかのように、もう一対の触手が腋の下から伸び出した。
 天井にまで伸び上がると、桟をひと巻きして、また降りてきた。
 U字型に下がった触手の1本が、杏里の両手首に巻きつき、もう1本が左足首に巻きついた。
 触手がずるずると移動するにつれ、杏里の両腕と左足がせり上がっていく。
 バレリーナのような姿勢で杏里を固定すると、最初の2本が本格的な愛撫を開始した。
 はりつけにされたまま、乳首を弄り回され、秘所を貫かれて、杏里が甘い声を漏らす。
 美里の性奴隷にされたあの頃の気分。
 羞恥心と屈辱感、そしてたまらない疼きに彩られた黒い記憶。
 それが生々しく肌によみがえってきたからだった。


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