上 下
192 / 463
第9部 倒錯のイグニス

#192 邂逅④

しおりを挟む
「おい、何やってるんだ? いい加減、バカなまねはやめないか!」
 刑事の怒鳴り声に、杏里は振り返った。
 奇怪な光景が視界に飛び込んできた。
 ある意味シュールな、そのシーンだけを切り取ってみれば見る者の失笑を誘いかねない、奇妙極まりない光景だった。
 手錠をはめられ、後ろ手に拘束された犯人が、狂気に駆られたように腰を動かしている。
 まるで目に見えない女陰を貫いてでもいるかのように、宙に向かって激しく股間を突き上げているのだ。
 そのたびに射精しているらしく、迷彩柄のズボンの前に、黒い染みがすごい勢いで広がっていく。
 杏里は冷ややかな目でその様子を眺めやった。
 犯人は、人間の若者だった。
 外来種ではなかった。
 ただの人間には、今の杏里の相手は荷が重すぎたのかもしれなかった。
 この男はまだ、浄化が進行中なのだ。
 杏里の体液を過剰なほど体内に取り込んだせいで、快楽中枢が暴走してしまったのだろう。
 おそらく最後の一滴を放出するまで、射精をやめないに違いない。
 男の狂気に感染したのか、警官や刑事たちの間にも名状しがたい異様なムードが漂い始めている。
 原因が杏里にあることに本能的に気づいているのか、時折こちらに投げかけられる視線はどことなく不穏な感じがした。
「さ、こっちに。救急車が来てるから、病院で念のために検査を」
 杏里の肩に手を置いた女性刑事は、明らかに何かを感じ取っているようだ。
 首の付け根と右耳の耳朶に、うっすらとオレンジ色の斑点が現れている。
 杏里のフェロモンを吸い込んだため、性感帯が活性化し始めているのだ。
「けっこうです。どこも悪くありませんから」
 杏里はその手を振り払い、落ちているスカートに足を通した。
 バスタオルを肩から外し、畳んで女性刑事の手に押しつけると、ブラウスのボタンを留め、ブレザーを羽織る。
 病院? 
 冗談じゃない。
 どんな検査をしても、擦り傷ひとつ見つからないに決まっている。
 それより今は、あの老人を見つけないと。
 野次馬の群れに向かって歩き出した杏里を、女刑事と警官のふたりが追いかけてきた。
「待ちなさい。まだあなたには話が」
 振り向きざま、杏里の右手が刑事の右耳の耳朶に伸びた。
 性感帯である耳たぶを軽くつまみ、返す手の甲で首の内側を撫で上げる。
「くっ」
 女性刑事が苦悶の表情を顔に浮かべ、その場に立ちすくむ。
 とどめにブラウスの上からその貧弱な乳房をひと揉みすると、杏里はくるりと踵を返した。
「ど、どうしたんですか? け、刑事さん!」
 若い警官の狼狽した声を背中に聞きながら、人混みの中に紛れ込んだ。
 足早にエスカレーターを駆け下り、追っ手がこないことを確かめて、短い通路に身を隠した。
 トイレと喫煙室、そして授乳室がセットになった、メインフロアから少し離れた一画である。
 女子トイレの個室に入り、ウェットティッシュで身体に付着した汚物を拭い取る。
 消臭剤を素肌にじかに噴霧して、もう一度制服を着直した。
 女子トイレを一歩出た時である。
 ふいに背後から肩を叩かれ、杏里は身をすくめた。
「見事だったよ」
 あの枯れた声が、杏里の耳朶を打った。
「さすが”わが子”と言いたいところだな。君には迷惑だろうが」
 どこか笑いを含んだその声は、間違いなくあの老人のものだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
よくよく考えると ん? となるようなお話を書いてゆくつもりです 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

小学生をもう一度

廣瀬純一
青春
大学生の松岡翔太が小学生の女の子の松岡翔子になって二度目の人生を始める話

同僚に密室に連れ込まれてイケナイ状況です

暗黒神ゼブラ
BL
今日僕は同僚にごはんに誘われました

処理中です...