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第9部 倒錯のイグニス
#187 イベント準備⑭
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バスの座席はがら空きだった。
幼児たちがこぞって失神したルナの身体に群がっているからだ。
その様子を眺めながら、百足丸は、まるで死体に取りつくシデムシの大群みたいだ、と思った。
きゃあゃあという歓喜の声に混じって、粘液をすする隠微な音がかすかに聞こえてくる。
何十人という幼児たちの下で、ルナが今どんな辱めにあっているのかと想像すると、不本意にも股間がこわばってきた。
バスが動き出し、百足丸は一番前の席に腰をかけた。
通路をはさんだ反対側に、あの美里と呼ばれた女が座っている。
子どもたちの異常行動には我関せずといった様子で、運転手はまっすぐ前を向いてバスを走らせている。
制帽の下からのぞく白髪からしてかなり年配の男性のようだが、耳にはイヤホンジャックを差し、ロボットのように無表情だ。
「あんた、何者なんだ? もしかして、俺と同じ優生種か?」
バスが公道に入り、スピードを上げると、美里のほうに身を乗り出して百足丸はたずねた。
美里はもう触手を収納し、ブラウスのボタンを留めている。
化粧っ気のない横顔はひどく無機質な印象だが、そのくせ妙に生々しい色気を感じさせる女である。
美里がおもむろに首を回して、正面から百足丸を見た。
細い眼鏡の奥の眼は、色が深すぎて何を考えているのかまったく読み取れない。
「優生種? ああ、外来種のことね」
感情のこもらない口調で、美里が答えた。
「でも、違うわ。私はこう見えても、タナトス。いえ、元タナトスというべきかしら」
「元、タナトス? 杏里やルナの仲間だというのか? ならばなぜ俺たちに協力する?」
「笹原杏里には色々借りがあるのよ。その借りを返したい。それに私は、あなたたちの組織に協力しているつもりはないの。あくまでも、ヤチカさんに頼まれたから、個人的にやってるだけ。あの子たちのストレス発散も兼ねてね」
元タナトスなどというものがあり得るのだろうか?
借りを返したいというからには、この女も杏里を狙っているということなのか?
それにしても、解せないのはヤチカである。
井沢のマインドコントロール下に置かれ、囚われの身になってからアジトを一歩も出ていないはずのヤチカが、この女とどうやって連絡を取り合ったというのだろう?
確かにヤチカも優生種だ。
今でこそ完全にメス化しているが、優生種の中の両性具有者という稀有な存在である。
だが、ヤチカには何の特殊能力もない。
テレパスとしての能力が芽生えたという話も聞いたことがない。
「ヤチカとは以前からの知り合いなのか? どうやって連絡を取り合ってる?」
「その質問に答える義務はないと思うけど」
美里が冷ややかな口調で遮った。
「私たちの間には、”仲介者”が存在する。それだけ、教えてあげましょう」
「仲介者…?」
誰だろう?
誰が、アジトと外部を結びつけている者がいるというわけか?
「とにかく、あなたたちはそのパトスを杏里から引き離し、無効化してほしがっている。その願いはこうして私たちが叶えてあげたのだから、もう、それでいいのでは?」
「し、しかし…」
「もうすぐ着くわ」
美里が窓の外に視線を投げた。
いつの間にかバスは、森の中の小道を走っている。
木立の切れ目に見え隠れする洋館が、ヤチカの家だろうか。
「あなたの鍼は、いつまでもちそう?」
「眉間のチャクラを不活性化したから、3~4日は目覚めない。危険な技だから、記憶に障害が出る可能性もある」
チャクラを活性化することもできるということは、その逆も可能なのだ。
百足丸が零にこれを使わなかったのは、その副作用を恐れてのことだった。
「それは好都合ね。イベントが済むまで眠っていてくれるなら、監視の手間が省けて、ヤチカさんの手も空くし」
美里は満足げに微笑むと、子どもたちのほうを振り返った。
「さあ、あなたたち、お席に着きなさい。お遊戯はもうおしまい。おうちまで、順番に送ってってあげるから」
「はあい」
蜘蛛の子を散らすように幼児たちがめいめい座席によじのぼると、その後から仰向けになったルナの裸体が現れた。
身体じゅうが噛み跡だらけで、白い肌のあちらこちらから血がにじんでいる。
特に、乳首のあたりと股間からの出血がひどいようだ。
「しかし、とんでもないガキどもだな」
百足丸が吐き捨てるようにつぶやくと、美里の顔に得意げな表情が浮かび上がった。
「かわいいでしょ。私の小さな淫魔たち」
「けっ、どこがだよ」
顔を背けた時、砂利道の突き当りに、洋館の門の前に佇むヤチカのほっそりとしたシルエットが見えてきた。
幼児たちがこぞって失神したルナの身体に群がっているからだ。
その様子を眺めながら、百足丸は、まるで死体に取りつくシデムシの大群みたいだ、と思った。
きゃあゃあという歓喜の声に混じって、粘液をすする隠微な音がかすかに聞こえてくる。
何十人という幼児たちの下で、ルナが今どんな辱めにあっているのかと想像すると、不本意にも股間がこわばってきた。
バスが動き出し、百足丸は一番前の席に腰をかけた。
通路をはさんだ反対側に、あの美里と呼ばれた女が座っている。
子どもたちの異常行動には我関せずといった様子で、運転手はまっすぐ前を向いてバスを走らせている。
制帽の下からのぞく白髪からしてかなり年配の男性のようだが、耳にはイヤホンジャックを差し、ロボットのように無表情だ。
「あんた、何者なんだ? もしかして、俺と同じ優生種か?」
バスが公道に入り、スピードを上げると、美里のほうに身を乗り出して百足丸はたずねた。
美里はもう触手を収納し、ブラウスのボタンを留めている。
化粧っ気のない横顔はひどく無機質な印象だが、そのくせ妙に生々しい色気を感じさせる女である。
美里がおもむろに首を回して、正面から百足丸を見た。
細い眼鏡の奥の眼は、色が深すぎて何を考えているのかまったく読み取れない。
「優生種? ああ、外来種のことね」
感情のこもらない口調で、美里が答えた。
「でも、違うわ。私はこう見えても、タナトス。いえ、元タナトスというべきかしら」
「元、タナトス? 杏里やルナの仲間だというのか? ならばなぜ俺たちに協力する?」
「笹原杏里には色々借りがあるのよ。その借りを返したい。それに私は、あなたたちの組織に協力しているつもりはないの。あくまでも、ヤチカさんに頼まれたから、個人的にやってるだけ。あの子たちのストレス発散も兼ねてね」
元タナトスなどというものがあり得るのだろうか?
借りを返したいというからには、この女も杏里を狙っているということなのか?
それにしても、解せないのはヤチカである。
井沢のマインドコントロール下に置かれ、囚われの身になってからアジトを一歩も出ていないはずのヤチカが、この女とどうやって連絡を取り合ったというのだろう?
確かにヤチカも優生種だ。
今でこそ完全にメス化しているが、優生種の中の両性具有者という稀有な存在である。
だが、ヤチカには何の特殊能力もない。
テレパスとしての能力が芽生えたという話も聞いたことがない。
「ヤチカとは以前からの知り合いなのか? どうやって連絡を取り合ってる?」
「その質問に答える義務はないと思うけど」
美里が冷ややかな口調で遮った。
「私たちの間には、”仲介者”が存在する。それだけ、教えてあげましょう」
「仲介者…?」
誰だろう?
誰が、アジトと外部を結びつけている者がいるというわけか?
「とにかく、あなたたちはそのパトスを杏里から引き離し、無効化してほしがっている。その願いはこうして私たちが叶えてあげたのだから、もう、それでいいのでは?」
「し、しかし…」
「もうすぐ着くわ」
美里が窓の外に視線を投げた。
いつの間にかバスは、森の中の小道を走っている。
木立の切れ目に見え隠れする洋館が、ヤチカの家だろうか。
「あなたの鍼は、いつまでもちそう?」
「眉間のチャクラを不活性化したから、3~4日は目覚めない。危険な技だから、記憶に障害が出る可能性もある」
チャクラを活性化することもできるということは、その逆も可能なのだ。
百足丸が零にこれを使わなかったのは、その副作用を恐れてのことだった。
「それは好都合ね。イベントが済むまで眠っていてくれるなら、監視の手間が省けて、ヤチカさんの手も空くし」
美里は満足げに微笑むと、子どもたちのほうを振り返った。
「さあ、あなたたち、お席に着きなさい。お遊戯はもうおしまい。おうちまで、順番に送ってってあげるから」
「はあい」
蜘蛛の子を散らすように幼児たちがめいめい座席によじのぼると、その後から仰向けになったルナの裸体が現れた。
身体じゅうが噛み跡だらけで、白い肌のあちらこちらから血がにじんでいる。
特に、乳首のあたりと股間からの出血がひどいようだ。
「しかし、とんでもないガキどもだな」
百足丸が吐き捨てるようにつぶやくと、美里の顔に得意げな表情が浮かび上がった。
「かわいいでしょ。私の小さな淫魔たち」
「けっ、どこがだよ」
顔を背けた時、砂利道の突き当りに、洋館の門の前に佇むヤチカのほっそりとしたシルエットが見えてきた。
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