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第9部 倒錯のイグニス
#184 イベント準備⑪
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「でも、そんなこと、初めからわかってたはずでしょ? ルナもパトスなんだから」
ミルクシェイクをストローでひと口すすって、杏里は言った。
Lサイズの紙皿の上の食べ物は、あらかたなくなってしまっている。
しゃべりながら、杏里がその大半を食べてしまったからだ。
「そう、そうだよな」
ルナが泣き笑いのような表情を、その整った顔に浮かべた。
そして次に、その口から飛び出したのは、予想外の言葉だった。
「だから、やっぱりやめるよ。決めた。わたしは帰る。悪いが、カラオケは杏里ひとりで楽しんでくれ」
「はあ?」
杏里はミルクシェイクから顔を上げ、まじまじとルナを見つめた。
「何言ってるの? 誘ったの、ルナのほうでしょ?」
湧いてきた怒りで、自然と声が尖るのがわかった。
「ああ。けど、気が変わった。わたしは今のこの、悶々とした気持ちのままでいい。おまえを見て何も感じなくなるなんて、そのほうがよっぽど耐えられない」
何か、吹っ切れたような表情をしている。
「じゃあ、私も今のままの私でいいのね?」
背中を向けたルナに、意地悪く杏里は言った。
「快楽を求めて、男とも女とも、時と場合によっては外来種とだって寝る、こんなふしだらな私のままで」
「もちろん、嫌さ」
ドアを開けながら、振り向きもせず、ルナが肩越しに答えた。
「でも、我慢する。決しておまえには迷惑をかけない。もちろん、パトスの任務も全うするから心配するな」
「そんなことできるの? 急にいい子ぶっちゃって、きょうのルナ、なんか変だよ? 頭、大丈夫?」
燃え上がり損ねた欲情を持て余し、杏里はつい、そんな暴言を吐いていた。
が、ルナは振り返りもしなかった。
杏里の言葉は、荒々しくドアが閉まる音にかき消された。
「どうなってるの?」
閉まったドアを見つめ、杏里は呆然とそうひとりごちた。
「どうなってるんだ? あの外人女だけ、出て来たぞ」
隣のボックスから廊下の様子をうかがっていた百足丸は、信じられないといったふうに首をかしげた。
「喧嘩でもしたのか? リュックを背負ってるから、トイレでもなさそうだ」
廊下を歩く長身の少女の後ろ姿を目で追いながら、いぶかしげにつぶやいた。
「願ったり叶ったりね」
テーブルの上の灰皿で、細身のメンソールをにじり潰し、ヤチカが言う。
「理由なんかどうでもいいじゃない。こんなチャンス、めったにないんだから」
サングラスのせいで表情はわからないが、相変わらず淡々とした口調である。
「やるのか?」
声をひそめて、百足丸はたずねた。
「しかし、状況が変わったぞ。ふたりを引き離す必要がなくなった。計画の変更はどうするんだ?」
「私に任せて」
ヤチカが腰を上げた。
コートの裾が割れて、ストッキングに包まれた艶めかしい太腿が露わになる。
「あなたは最後の最後に出てきてくれればいい」
「だけど、方法は? 何の力もないおまえに、あのサイキッカーを無力化できるのか?」
「あなたや井沢さんには悪いけど」
部屋を出がけにヤチカがちらりと百足丸を見た。
「さすがに不安だったから、実はあなたたちには内緒で、こっそり保険をかけさせてもらったの。それが思わぬかたちで役に立ちそうよ」
ミルクシェイクをストローでひと口すすって、杏里は言った。
Lサイズの紙皿の上の食べ物は、あらかたなくなってしまっている。
しゃべりながら、杏里がその大半を食べてしまったからだ。
「そう、そうだよな」
ルナが泣き笑いのような表情を、その整った顔に浮かべた。
そして次に、その口から飛び出したのは、予想外の言葉だった。
「だから、やっぱりやめるよ。決めた。わたしは帰る。悪いが、カラオケは杏里ひとりで楽しんでくれ」
「はあ?」
杏里はミルクシェイクから顔を上げ、まじまじとルナを見つめた。
「何言ってるの? 誘ったの、ルナのほうでしょ?」
湧いてきた怒りで、自然と声が尖るのがわかった。
「ああ。けど、気が変わった。わたしは今のこの、悶々とした気持ちのままでいい。おまえを見て何も感じなくなるなんて、そのほうがよっぽど耐えられない」
何か、吹っ切れたような表情をしている。
「じゃあ、私も今のままの私でいいのね?」
背中を向けたルナに、意地悪く杏里は言った。
「快楽を求めて、男とも女とも、時と場合によっては外来種とだって寝る、こんなふしだらな私のままで」
「もちろん、嫌さ」
ドアを開けながら、振り向きもせず、ルナが肩越しに答えた。
「でも、我慢する。決しておまえには迷惑をかけない。もちろん、パトスの任務も全うするから心配するな」
「そんなことできるの? 急にいい子ぶっちゃって、きょうのルナ、なんか変だよ? 頭、大丈夫?」
燃え上がり損ねた欲情を持て余し、杏里はつい、そんな暴言を吐いていた。
が、ルナは振り返りもしなかった。
杏里の言葉は、荒々しくドアが閉まる音にかき消された。
「どうなってるの?」
閉まったドアを見つめ、杏里は呆然とそうひとりごちた。
「どうなってるんだ? あの外人女だけ、出て来たぞ」
隣のボックスから廊下の様子をうかがっていた百足丸は、信じられないといったふうに首をかしげた。
「喧嘩でもしたのか? リュックを背負ってるから、トイレでもなさそうだ」
廊下を歩く長身の少女の後ろ姿を目で追いながら、いぶかしげにつぶやいた。
「願ったり叶ったりね」
テーブルの上の灰皿で、細身のメンソールをにじり潰し、ヤチカが言う。
「理由なんかどうでもいいじゃない。こんなチャンス、めったにないんだから」
サングラスのせいで表情はわからないが、相変わらず淡々とした口調である。
「やるのか?」
声をひそめて、百足丸はたずねた。
「しかし、状況が変わったぞ。ふたりを引き離す必要がなくなった。計画の変更はどうするんだ?」
「私に任せて」
ヤチカが腰を上げた。
コートの裾が割れて、ストッキングに包まれた艶めかしい太腿が露わになる。
「あなたは最後の最後に出てきてくれればいい」
「だけど、方法は? 何の力もないおまえに、あのサイキッカーを無力化できるのか?」
「あなたや井沢さんには悪いけど」
部屋を出がけにヤチカがちらりと百足丸を見た。
「さすがに不安だったから、実はあなたたちには内緒で、こっそり保険をかけさせてもらったの。それが思わぬかたちで役に立ちそうよ」
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