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第9部 倒錯のイグニス

#166 偵察⑧

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「そういえば、夏に初めてあんたがここに来た時もそうだったわねえ。ヤチカったら、やたらエロい下着とか服とか買い込んでったけど、今思うと、あれ、みんな杏里ちゃん用だったんだよねえ」
 もっくんは、そんなことを言いながら、カウンターの背後の棚をごそごそ探している。
「うん。あの時も、色々大変だったんだ」
 カウンターに腰を掛け、足をぶらぶらさせて、杏里は思い返す。
 あれは確か、堤英吾の屋敷に囚われた由羅を救出しに行く直前だった。
 杏里は秘所にローターを入れられたまま、ここで買ったセクシー衣装を着て、英吾の邸宅のガードマンを篭絡したのである。
「あ、これこれ。こんなとこにしまってあった」
 そうつぶやいてもっくんが出してきたのは、手のひらサイズの丸い金属の容器である。
「なあに? これ」
 手に取って目の高さに持ち上げると、
「タイガーバームに似てるな。軟膏の一種じゃないか」
 横からのぞきこんで、ルナが言った。
「ご名答。ただし、傷薬じゃないわよ。それも強力な催淫剤なの。名づけて、”ロイヤルゼラチン”」
「ロイヤルゼラチン? ロイヤルゼリーじゃなくて?」
「もちろん、ロイヤルゼリーも入ってるけど、すごいのよ。その中にはね、マンドラゴラの根っことか、メキシコサラマンダーの心臓とか、アフリカツノガエルの肝とかさ、希少な生薬の成分がたっぷり含まれてるの。性露丸マグナム飲んで、そのロイヤルゼラチンを塗れば、杏里ちゃん、あんた、ほとんど無双状態よ。セックス無双、なーんちゃって。今流行の言葉で言えば、チートスキルみたいなものかしら」
 もっくんの説明は、相変わらず怪しげである。
 これでは、インフォームド・コンセントにも、なりはしない。
 が、性露丸も、性露丸マグナムも、予想以上によく効いた。
 だからこれもきっとすごいんだろうな、と杏里は思う。
 ふたを開けると、クリーム色の軟膏が容器の縁ぎりぎりのところまで詰まっていた。
 匂いを嗅いでみたが、タイガーバームのような刺激臭はない。
 なんとなく甘ったるい香りがするだけである。
「いいわ。これももらう。正露丸マグナムと下着、それとこのロイヤルなんとかで、合わせていくら?」
「10万円、と言いたいとこだけど、1000円でいいよ。杏里ちゃん、あんた、あんまりお金持ってなさそうだし」
 10万円が1000円?
 値引きの仕方も、いかにも、もっくんらしい。
「その分、がんばるよ」
 杏里は財布から1000円札を出し、カウンターに置いた。
「試してみるかい? ロイヤルゼラチン」
 もっくんの言葉に、杏里はちらりとルナを見た。
「そうね。じゃ、今度はルナで」
「は?」
 ルナが、信じられないといった目で杏里を見返した。
「だって私が塗ると、また大変なことになっちゃうでしょ」
「いいね」
 もっくんが、いたずらっぽい表情でうなずいた。
「ルナ、あなた、すっごく綺麗な顔してる。その顔がアクメに歪むとこ、ぜひ見てみたいもんだよね」






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