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第9部 倒錯のイグニス
#165 偵察⑦
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カラオケルームみたいな試着室の隣が、もっくんの居室になっていた。
店のシャッターを下ろすと、もっくんはそこにふたりを誘った。
十畳ほどの空間を占めているのは、オーディオ機器やパソコン、4K画面の液晶テレビ、そしてベッドである。
椅子の類いはなく、あちこちにクッションが転がっていて、真ん中に木製のローテーブルがひとつ。
テーブルの向かい側にもっくん、隣にルナが座った。
ミラーグラスを外したもっくんは、びっくりするほど可愛らしい眼をしていた。
まるで少女漫画の主人公のように睫毛が長く、黒目がちなのだ。
スキンヘッドでマッチョ、しかもパンクな格好を好むもっくんである。
この目は確かに可愛いが、ミラーグラスで隠したくなるのも無理はない、と杏里は思った。
「笑わないでよ。あたし、趣味でバンドやってるんだけどさあ、ヘビメタにこのお目々はいくらなんでも合わないでしょう? だから絶対誰にも見せないようにしてるわけ」
その素顔を特別に見せてくれたのである。
杏里としても、約束を果たさないわけにはいかなかった。
「ほんとにいいの?」
心配そうに耳打ちしてきたルナを説き伏せて、一部始終を話した。
かなり間をはしょったつもりだったが、結果的には長い物語になってしまったようだ。
話し終えた頃には、喉がからからに乾いてしまっていた。
ゲイだからなのか、もっくんはよく気が利く性質らしく、タイミングよく飲み物を出してくれた。
ルナと杏里にミネラルウォーターをふるまうと、自分はダイエットコーラのボトルを手に取った。
「なんだか、突飛というか、荒唐無稽というか、はっきり言ってありえない話だと思うけど」
そこで可愛らしい眼で杏里を見つめると、
「でも、杏里ちゃん、あんたが言うなら信じるよ。あんた、学校の成績はどうか知らないけど、頭,良さそうだし、歳の割にしっかりしてる。それに、心を病んでるって感じもしないしね。だいたい、そうじゃなきゃ、あんたのそのエロエロ体質、説明つかないものね。なるほどねえ、人間の破壊衝動を、エロスに変換して浄化するタナトスか…。確かに、世界中の人間から破壊衝動が消えれば、この世は平和になるものねえ。もっとも、あんたの言う、その外来種とやらが新たな火種ではあるけれど…」
そう、自分に言い聞かせるように、長々とつぶやいた。
「え? そんなに簡単に信じちゃっていいの?」
予想通りとはいえ、あまりにあっさりした反応に、杏里は驚きを禁じ得なかった。
「だって、あんたがあたしをだましたところで、何の特にもならないだろう? 仮に何か魂胆があるにしてもさ、そんなまわりくどい、わけのわからない話、つくる必要もないわけだし。精神異常者の単なる妄想という見方もあるかもしれないけどさ、それにしても手がこみすぎてるよね。てことは、それはやっぱり真実なんじゃないかな、とも思うわけ」
杏里を見つめるもっくんのまなざしは、限りなく優しい。
情欲抜きで、こんな目で私を見る人間、これまで存在しただろうか。
そう考えると、今更のように、もっくんに打ち明けてよかったという気がした。
「まあ、ここんところ、日本全国で毎日のように、若い女の子を狙った猟奇的な殺人事件が頻発してるしね。そのうちの何割かがその外来種の仕業と考えれば、色々とつじつまが合う気もするしさ。でも、杏里ちゃんも、気をつけなよ。人間相手に体張って、それだけじゃ足りなくって、外来種にも立ち向かわなきゃなんないんだろ? なんだかタナトスって、大変な職業だよね。大人のくせにこんなとこで油を売ってる自分が、ちょっとばかり情けなくなってくるよ」
タナトスが、職業?
杏里は目をしばたたいた。
言われてみればそうなのかもしれない。
RPGゲームで言えば、タナトスはジョブということになる。
「杏里の身はわたしが守る。そのためにわたしたちパトスがいる」
それまで黙っていたルナが、妙に肩に力の入った口調で言った。
「頼もしいわね。頼んだわよ、青い眸のべっぴんさん」
もっくんが、そんなルナに微笑みかけた。
そして、ごくごくとコーラを飲み干すと、盛大にひとつゲップをして、機嫌よく言った。
「あ、そうそう。それで、当面の課題は今度の日曜日のシークレットイベントってやつだったよね。要は、全校生徒を一斉に昇天させるために、杏里ちゃんの性的魅力を最大限発揮させればいいわけなんでしょう? それならあたしにも考えがあるわ。こう見えてもあたし、セックス産業には長いんでね。まあ。プロのアドバイスだと思って、ひとつあたしの言う通りにしてみない?」
「わあ、うれしい。願ったりかなったりです」
杏里は、テーブルの上に身を乗り出した。
性露丸マグナム以外にも、何かあるのだろうか。
タナトスの能力を、極限まで高める方法が。
店のシャッターを下ろすと、もっくんはそこにふたりを誘った。
十畳ほどの空間を占めているのは、オーディオ機器やパソコン、4K画面の液晶テレビ、そしてベッドである。
椅子の類いはなく、あちこちにクッションが転がっていて、真ん中に木製のローテーブルがひとつ。
テーブルの向かい側にもっくん、隣にルナが座った。
ミラーグラスを外したもっくんは、びっくりするほど可愛らしい眼をしていた。
まるで少女漫画の主人公のように睫毛が長く、黒目がちなのだ。
スキンヘッドでマッチョ、しかもパンクな格好を好むもっくんである。
この目は確かに可愛いが、ミラーグラスで隠したくなるのも無理はない、と杏里は思った。
「笑わないでよ。あたし、趣味でバンドやってるんだけどさあ、ヘビメタにこのお目々はいくらなんでも合わないでしょう? だから絶対誰にも見せないようにしてるわけ」
その素顔を特別に見せてくれたのである。
杏里としても、約束を果たさないわけにはいかなかった。
「ほんとにいいの?」
心配そうに耳打ちしてきたルナを説き伏せて、一部始終を話した。
かなり間をはしょったつもりだったが、結果的には長い物語になってしまったようだ。
話し終えた頃には、喉がからからに乾いてしまっていた。
ゲイだからなのか、もっくんはよく気が利く性質らしく、タイミングよく飲み物を出してくれた。
ルナと杏里にミネラルウォーターをふるまうと、自分はダイエットコーラのボトルを手に取った。
「なんだか、突飛というか、荒唐無稽というか、はっきり言ってありえない話だと思うけど」
そこで可愛らしい眼で杏里を見つめると、
「でも、杏里ちゃん、あんたが言うなら信じるよ。あんた、学校の成績はどうか知らないけど、頭,良さそうだし、歳の割にしっかりしてる。それに、心を病んでるって感じもしないしね。だいたい、そうじゃなきゃ、あんたのそのエロエロ体質、説明つかないものね。なるほどねえ、人間の破壊衝動を、エロスに変換して浄化するタナトスか…。確かに、世界中の人間から破壊衝動が消えれば、この世は平和になるものねえ。もっとも、あんたの言う、その外来種とやらが新たな火種ではあるけれど…」
そう、自分に言い聞かせるように、長々とつぶやいた。
「え? そんなに簡単に信じちゃっていいの?」
予想通りとはいえ、あまりにあっさりした反応に、杏里は驚きを禁じ得なかった。
「だって、あんたがあたしをだましたところで、何の特にもならないだろう? 仮に何か魂胆があるにしてもさ、そんなまわりくどい、わけのわからない話、つくる必要もないわけだし。精神異常者の単なる妄想という見方もあるかもしれないけどさ、それにしても手がこみすぎてるよね。てことは、それはやっぱり真実なんじゃないかな、とも思うわけ」
杏里を見つめるもっくんのまなざしは、限りなく優しい。
情欲抜きで、こんな目で私を見る人間、これまで存在しただろうか。
そう考えると、今更のように、もっくんに打ち明けてよかったという気がした。
「まあ、ここんところ、日本全国で毎日のように、若い女の子を狙った猟奇的な殺人事件が頻発してるしね。そのうちの何割かがその外来種の仕業と考えれば、色々とつじつまが合う気もするしさ。でも、杏里ちゃんも、気をつけなよ。人間相手に体張って、それだけじゃ足りなくって、外来種にも立ち向かわなきゃなんないんだろ? なんだかタナトスって、大変な職業だよね。大人のくせにこんなとこで油を売ってる自分が、ちょっとばかり情けなくなってくるよ」
タナトスが、職業?
杏里は目をしばたたいた。
言われてみればそうなのかもしれない。
RPGゲームで言えば、タナトスはジョブということになる。
「杏里の身はわたしが守る。そのためにわたしたちパトスがいる」
それまで黙っていたルナが、妙に肩に力の入った口調で言った。
「頼もしいわね。頼んだわよ、青い眸のべっぴんさん」
もっくんが、そんなルナに微笑みかけた。
そして、ごくごくとコーラを飲み干すと、盛大にひとつゲップをして、機嫌よく言った。
「あ、そうそう。それで、当面の課題は今度の日曜日のシークレットイベントってやつだったよね。要は、全校生徒を一斉に昇天させるために、杏里ちゃんの性的魅力を最大限発揮させればいいわけなんでしょう? それならあたしにも考えがあるわ。こう見えてもあたし、セックス産業には長いんでね。まあ。プロのアドバイスだと思って、ひとつあたしの言う通りにしてみない?」
「わあ、うれしい。願ったりかなったりです」
杏里は、テーブルの上に身を乗り出した。
性露丸マグナム以外にも、何かあるのだろうか。
タナトスの能力を、極限まで高める方法が。
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