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第9部 倒錯のイグニス

#164 偵察⑥

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 驚きだったのは、原始的な”水をかける”という行為が、タナトスの浄化作用を止めてしまったことだった。
 もちろん、まだ身体の隅々には催淫剤による疼きが色濃く残っている。
 が、朦朧としていた意識は次第に冴えてきて、日常会話ができる程度には正常に戻っていた。
 もっくんが投げてくれたバスタオルで頭と体を拭き、脱ぎ散らかしてあった下着を身につけた。
 クローゼットにかけてあったブラウスを羽織り、タイトミニを穿く。
 なんだか、温水プールから上がった直後のような,妙にさっぱりとした気分だった。
 それはルナも同じだったようで、しきりに首を振りながらも、ジーンズのファスナーを上げ、乱れたブラとセーターを直している。
 そんなふたりを眺めながら、呆れ顔でもっくんが言った。
「あーあ、ひどく汚してくれたもんだねえ。テーブルの上なんて、やらしい汁でびしょ濡れじゃないかい。いくら性露丸マグナムの効果がすごいといっても、こりゃいくらなんでも、人間技じゃないって気がするんだけど。それに、なあに、さっきのあのフェロモンの塊みたいな空気…? ねえ、ちょっと訊いていいかしら? 杏里ちゃん、あんた、いったい何者なの? その歳でむちゃくちゃエロいしさ、媚薬やセクシー下着欲しがったり、怪しい画家のヤチカちゃんとつるんだりしてさ、どう考えても、絶対普通のJCじゃないわよね。新手の風俗産業のプロフェッショナルとか、そういう人?」
 その言葉を聞いて、杏里は、そろそろ潮時かも、と思った。
 何の根拠もない直感だが、もっくんは信頼できる気がする。
 それに、何よりも今は味方がほしい。
 杏里の味方と言えるのは、由羅が逝き、いずなとヤチカが消息をくらました現在、ルナと重人のふたりだけである。
 これまでの流れからして、”委員会”がいかに信用できないかは、身に染みてわかっている。
 その意味では、冬美も小田切も体制側の人間である。
 純や咲良たち部活仲間は、あまりにこちらの世界のことを知らなさすぎる。
 でも、こんな所に店を構え、怪しげなグッズや薬を売り捌いて生計を立てているもっくんなら、純たちと同じ一般人でも、あるいは杏里の立場を理解してくれるのではないか…。
 そんな気がした。
「そのミラーグラスはずして、素顔見せてくれたら、教えてもいいけど」
 もっくんを見つめ返し、真顔で杏里は言った。
「私の正体が何なのか、この世界の裏側で何が起こってるのかっていうことを。もちろんこれは、他言は無用の秘密なんだけどね」

  

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