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第9部 倒錯のイグニス
#156 ジェニーからの伝言
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「ん? どうした?」
杏里の変化に気づいたのか、漕いでいたブランコを止めて、ルナが振り向いた。
アクアマリンの瞳の奥に、気づかわしげな色が宿っている。
「ジェニーが、来た」
杏里は短く答え、唇に立てた人差し指を当てた。
「サイコジェニーが? なんでまた?」
うなずきながらも、つぶやくルナ。
杏里は眼を閉じ、心の”声”に耳を澄ませた。
漆黒の闇にすっと水平に切れ目が入ったかと思うと、そこから真っ白な光が溢れ出し、やがて眼になった。
まぶたを開いたのは、黄金色の光彩を持つサイコジェニーのひとつ眼である。
-久しぶりだね、杏里。まずは、よくがんばったと言っておこうー
笑いを含んだ”口調”で、ジェニーが”言っ”た。
-最後はルナの助けを借りたとはいうものの、外来種の動きをいち早く封じることができたという点は、十分評価に値する。おまえの”タナトス性”は着実に進化しているようだ。週末のイベントが、楽しみだなー
-あのイベントは、やっぱりあなたが?-
ジェニーの瞳が放つ金色の光に吸い込まれそうになりながら、その方向へ思念を向ける形で杏里はたずねた。
-学校を封鎖してあんな反社会的なイベントを企画するなんて、まともな教育者のやることじゃないものねー
-大山がまともな教育者だとは思わないが、まあ、確かに、彼の頭にヒントを植えつけたのは、この私だよ。美里の残した精神汚染はかなり深刻なレベルに達している。だから、よほどの荒療治を施さないと危ないと思ってねー
予想通りだった。
大山のバックには、委員会がついていたというわけだ。
-でも、だからと言って、全校生徒を1日で浄化しろだなんて、私には無理ー
杏里はゆるゆると首を振った。
きょうの紅白戦で、敵メンバーをひとりひとり浄化していくのでさえ、あれだけ大変だったのだ。
それを600人一度にだなんて、不可能に決まっている。
-それはやってみなければ、わからないさ。個人的な意見を言わせてもらえば、私はできると確信している。今のおまえの力なら、な。ただし、邪魔が入らなければ、の話だがー
-邪魔?-
-もうひとつの”委員会”の話は聞いているだろう。最近、我々に対抗する、いわゆる”裏委員会”が発足したらしいー
-新種、薔薇、育成委員会…?-
-そうだ。”裏委員会”は、外来種がつくった対人類殲滅用の組織だよ。彼らは、ある理由から、杏里、おまえの身体を狙っている。人類に対してカウンターをしかけるには、その前にどうしてもおまえのエキスが必要らしいー
-私の、エキス?-
-ああ。興奮した時、おまえがありとあらゆる腺から分泌する、濃縮した愛液みたいなあのネクタルのことさー
ネクタル。
神の酒。
内腿を伝う淫汁の画像が脳裏に去来して、杏里は思わず頬を紅に染めた。
-つまり、今度のイベントに乗じて、彼らが罠を仕掛けてくる可能性もあるってことさ。だが、それもまあ、おまえが克服しなければならない試練のひとつと言ってしまえば、それまでなんだがー
-試練って、何の? 最強のタナトスになるため? そうなったら、私はどうなるの?-
-それはまだ、ずいぶん先の話だよー
ジェニーは笑ったようだった。
-ともあれ、おまえが最善を尽くせるよう、ある程度の便宜は図ってやろう。今回の後始末も、心配いらない。すでに委員会のスィーパーたちをそこに向かわせた。死体の処理もすべて彼らがやってくれるー
遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてくる。
あれがそうなのだろうか。
-じゃあ、いずれまた。健闘を祈るー
目が閉じられ、脳内スクリーンに暗闇が戻った。
「あ、待って」
声に出して手まで伸ばしたが、遅かった。
いずなとヤチカのことなど、聞きたいことは山ほどあった。
なのにもう、ジェニーの気配はどこにもない。
「終わったのか?」
心配そうに眉根を寄せて、ルナが訊いてきた。
小さくうなずいて、杏里は答えた。
「後始末なら、心配いらないって」
「ずいぶん長かったが、たったそれだけか?」
ルナは探るような眼をしている。
杏里は、ため息をついた。
「それから、もうひとつ。今度の学園祭イベントに、”裏委員会”の妨害が入るかもしれないんだって」
杏里の変化に気づいたのか、漕いでいたブランコを止めて、ルナが振り向いた。
アクアマリンの瞳の奥に、気づかわしげな色が宿っている。
「ジェニーが、来た」
杏里は短く答え、唇に立てた人差し指を当てた。
「サイコジェニーが? なんでまた?」
うなずきながらも、つぶやくルナ。
杏里は眼を閉じ、心の”声”に耳を澄ませた。
漆黒の闇にすっと水平に切れ目が入ったかと思うと、そこから真っ白な光が溢れ出し、やがて眼になった。
まぶたを開いたのは、黄金色の光彩を持つサイコジェニーのひとつ眼である。
-久しぶりだね、杏里。まずは、よくがんばったと言っておこうー
笑いを含んだ”口調”で、ジェニーが”言っ”た。
-最後はルナの助けを借りたとはいうものの、外来種の動きをいち早く封じることができたという点は、十分評価に値する。おまえの”タナトス性”は着実に進化しているようだ。週末のイベントが、楽しみだなー
-あのイベントは、やっぱりあなたが?-
ジェニーの瞳が放つ金色の光に吸い込まれそうになりながら、その方向へ思念を向ける形で杏里はたずねた。
-学校を封鎖してあんな反社会的なイベントを企画するなんて、まともな教育者のやることじゃないものねー
-大山がまともな教育者だとは思わないが、まあ、確かに、彼の頭にヒントを植えつけたのは、この私だよ。美里の残した精神汚染はかなり深刻なレベルに達している。だから、よほどの荒療治を施さないと危ないと思ってねー
予想通りだった。
大山のバックには、委員会がついていたというわけだ。
-でも、だからと言って、全校生徒を1日で浄化しろだなんて、私には無理ー
杏里はゆるゆると首を振った。
きょうの紅白戦で、敵メンバーをひとりひとり浄化していくのでさえ、あれだけ大変だったのだ。
それを600人一度にだなんて、不可能に決まっている。
-それはやってみなければ、わからないさ。個人的な意見を言わせてもらえば、私はできると確信している。今のおまえの力なら、な。ただし、邪魔が入らなければ、の話だがー
-邪魔?-
-もうひとつの”委員会”の話は聞いているだろう。最近、我々に対抗する、いわゆる”裏委員会”が発足したらしいー
-新種、薔薇、育成委員会…?-
-そうだ。”裏委員会”は、外来種がつくった対人類殲滅用の組織だよ。彼らは、ある理由から、杏里、おまえの身体を狙っている。人類に対してカウンターをしかけるには、その前にどうしてもおまえのエキスが必要らしいー
-私の、エキス?-
-ああ。興奮した時、おまえがありとあらゆる腺から分泌する、濃縮した愛液みたいなあのネクタルのことさー
ネクタル。
神の酒。
内腿を伝う淫汁の画像が脳裏に去来して、杏里は思わず頬を紅に染めた。
-つまり、今度のイベントに乗じて、彼らが罠を仕掛けてくる可能性もあるってことさ。だが、それもまあ、おまえが克服しなければならない試練のひとつと言ってしまえば、それまでなんだがー
-試練って、何の? 最強のタナトスになるため? そうなったら、私はどうなるの?-
-それはまだ、ずいぶん先の話だよー
ジェニーは笑ったようだった。
-ともあれ、おまえが最善を尽くせるよう、ある程度の便宜は図ってやろう。今回の後始末も、心配いらない。すでに委員会のスィーパーたちをそこに向かわせた。死体の処理もすべて彼らがやってくれるー
遠くからパトカーのサイレンの音が近づいてくる。
あれがそうなのだろうか。
-じゃあ、いずれまた。健闘を祈るー
目が閉じられ、脳内スクリーンに暗闇が戻った。
「あ、待って」
声に出して手まで伸ばしたが、遅かった。
いずなとヤチカのことなど、聞きたいことは山ほどあった。
なのにもう、ジェニーの気配はどこにもない。
「終わったのか?」
心配そうに眉根を寄せて、ルナが訊いてきた。
小さくうなずいて、杏里は答えた。
「後始末なら、心配いらないって」
「ずいぶん長かったが、たったそれだけか?」
ルナは探るような眼をしている。
杏里は、ため息をついた。
「それから、もうひとつ。今度の学園祭イベントに、”裏委員会”の妨害が入るかもしれないんだって」
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