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第9部 倒錯のイグニス
#155 ルナの涙
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部室で着替えた杏里をルナが誘ったのは、学校の敷地の隣にある小さな児童公園だった。
灌木で囲まれた公園は、学校の敷地からは死角になっている。
だから杏里もこんな所に公園があるとは、今の今まで知らなかった。
並んでブランコに腰かける頃には、杏里の身体はほぼ元に戻っていた。
どこも痛くないし、骨もちゃんとつながったようだ。
乳房もいつのまにか張りを取り戻し、窮屈なほどブラウスを押し上げている。
我ながら、驚くべき回復力だった。
原始的な単細胞生物ならいざ知らず、プラナリアやトカゲでもこうはいくまいというほどの完成度である。
復元が終了して気持ちに余裕が出てきたのか、子どもみたいにブランコに座っている自分たちがおかしくなってきた。
「ルナったら、変なの。どうしてこんな所に?」
「ここなら誰も来ないだろう? 杏里、おまえに、話があるんだ」
「え? 話って?」
ルナはつま先を見つめたまま、杏里のほうを見ようともしない。
怒っているのかと心配になってそっとその横顔を窺うと、目尻に涙がたまっていた。
「勝ち進んでおめでとうと言いたいとこだけど、正直、見ていられなかった」
ルナの声が震えた。
「なあ、杏里。いくらタナトスだからって、どうしてあそこまでやる必要がある?」
杏里はかっと顔中が熱くなるのを感じた。
ルナは逐一、見ていたに違いない。
杏里が敵に責められるにつれ、激しく欲情し、己の性器を武器に相手を屈服させていくさまを。
「恥ずかしくないのか? あんなに大勢の人間の見ている前で、あんなこと、繰り返して…。わたしはいたたまれなかったぞ。悔しくて、恥ずかしくて、自分でも、叫び出さないのが不思議なくらいだった。わたしの大切な杏里が、あんなふうに見せ物になるなんて…」
最後の部分は小声だったが、それでも杏里にはしっかりと聞き取れた。
わたしの、大切な、杏里?
ルナ、今、そう言ってくれたよね?
ふいに、体温が急上昇したかのようだった。
窮屈なブラウスに押さえつけられた乳首が、またしても勃起し始めるのがわかった。
内腿にぬるりとしたお馴染みの感触を覚え、思わず強く股を閉じる。
「そう言ってくれるのはうれしいけど、仕方がなかったの」
ため息混じりに、杏里は答えた。
「ルナも見たでしょ? 今回は、相手チームの誰かに外来種が擬態してるのがわかってたから、それが誰か突き止めるまで、逃げるわけにはいかなかったのよ」
それが、まさか初戦敗退の美穂だっただなんて。
まるで推理小説のトリックを見せつけられたようなものだった。
最初に死んだはずの被害者が真犯人という、あの古典的なパターンである。
それにしても、色々とショックが大きかった。
まずは、人間の皮をかぶった外来種は、肌の接触では探知できないという事実。
あの時も、きっとそうだったのだ。
杏里は、いつかルナの家で、いずなに化けた外来種に襲われた時のことを思い出していた。
あの時、私は刻印(スティグマ)を見落としていたわけではなかったのだ。
初めから、刻印が現れなかったのである。
そして、もうひとつ気が重いのは、新種薔薇育成委員会の動向がはっきりしたこと。
これまでの状況からうすうす感づいてはいたけれど、彼らは杏里を狙っている。
この肉体が秘めた驚異の治癒能力を、何かに使いたいというわけだろう。
さらに厄介なのは、それとは別に、育成委員会に属していない外来種までもが、杏里をつけ狙っているらしいという事実である。
これでは、およそ周囲は敵ばかりということになってしまう。
どうしよう。
うなだれて、地面に目を落とした時だった。
何の前触れもなく、突然、頭の中で、声がした。
ー何を落ち込んでいる? まずは”おめでとう”だろう?ー
杏里ははっと顔を上げ、宙を睨んだ。
聞こえてきたのが、あの先天性四肢欠損症の超少女、サイコジェニーの”声”だったからである。
灌木で囲まれた公園は、学校の敷地からは死角になっている。
だから杏里もこんな所に公園があるとは、今の今まで知らなかった。
並んでブランコに腰かける頃には、杏里の身体はほぼ元に戻っていた。
どこも痛くないし、骨もちゃんとつながったようだ。
乳房もいつのまにか張りを取り戻し、窮屈なほどブラウスを押し上げている。
我ながら、驚くべき回復力だった。
原始的な単細胞生物ならいざ知らず、プラナリアやトカゲでもこうはいくまいというほどの完成度である。
復元が終了して気持ちに余裕が出てきたのか、子どもみたいにブランコに座っている自分たちがおかしくなってきた。
「ルナったら、変なの。どうしてこんな所に?」
「ここなら誰も来ないだろう? 杏里、おまえに、話があるんだ」
「え? 話って?」
ルナはつま先を見つめたまま、杏里のほうを見ようともしない。
怒っているのかと心配になってそっとその横顔を窺うと、目尻に涙がたまっていた。
「勝ち進んでおめでとうと言いたいとこだけど、正直、見ていられなかった」
ルナの声が震えた。
「なあ、杏里。いくらタナトスだからって、どうしてあそこまでやる必要がある?」
杏里はかっと顔中が熱くなるのを感じた。
ルナは逐一、見ていたに違いない。
杏里が敵に責められるにつれ、激しく欲情し、己の性器を武器に相手を屈服させていくさまを。
「恥ずかしくないのか? あんなに大勢の人間の見ている前で、あんなこと、繰り返して…。わたしはいたたまれなかったぞ。悔しくて、恥ずかしくて、自分でも、叫び出さないのが不思議なくらいだった。わたしの大切な杏里が、あんなふうに見せ物になるなんて…」
最後の部分は小声だったが、それでも杏里にはしっかりと聞き取れた。
わたしの、大切な、杏里?
ルナ、今、そう言ってくれたよね?
ふいに、体温が急上昇したかのようだった。
窮屈なブラウスに押さえつけられた乳首が、またしても勃起し始めるのがわかった。
内腿にぬるりとしたお馴染みの感触を覚え、思わず強く股を閉じる。
「そう言ってくれるのはうれしいけど、仕方がなかったの」
ため息混じりに、杏里は答えた。
「ルナも見たでしょ? 今回は、相手チームの誰かに外来種が擬態してるのがわかってたから、それが誰か突き止めるまで、逃げるわけにはいかなかったのよ」
それが、まさか初戦敗退の美穂だっただなんて。
まるで推理小説のトリックを見せつけられたようなものだった。
最初に死んだはずの被害者が真犯人という、あの古典的なパターンである。
それにしても、色々とショックが大きかった。
まずは、人間の皮をかぶった外来種は、肌の接触では探知できないという事実。
あの時も、きっとそうだったのだ。
杏里は、いつかルナの家で、いずなに化けた外来種に襲われた時のことを思い出していた。
あの時、私は刻印(スティグマ)を見落としていたわけではなかったのだ。
初めから、刻印が現れなかったのである。
そして、もうひとつ気が重いのは、新種薔薇育成委員会の動向がはっきりしたこと。
これまでの状況からうすうす感づいてはいたけれど、彼らは杏里を狙っている。
この肉体が秘めた驚異の治癒能力を、何かに使いたいというわけだろう。
さらに厄介なのは、それとは別に、育成委員会に属していない外来種までもが、杏里をつけ狙っているらしいという事実である。
これでは、およそ周囲は敵ばかりということになってしまう。
どうしよう。
うなだれて、地面に目を落とした時だった。
何の前触れもなく、突然、頭の中で、声がした。
ー何を落ち込んでいる? まずは”おめでとう”だろう?ー
杏里ははっと顔を上げ、宙を睨んだ。
聞こえてきたのが、あの先天性四肢欠損症の超少女、サイコジェニーの”声”だったからである。
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