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第9部 倒錯のイグニス
#128 紅白戦②
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「しかし、おまえがレスリングなんて…驚きだな」
肩を並べて歩き出すと、苦笑混じりにルナが言った。
「どう考えても、その体、格闘技には向いてないと思うんだが…」
「色々あってね」
こちらも苦笑するしかない。
それより杏里が気になるのは、歩くリズムに合わせて時折ルナの手が触れてくることだ。
思い切って手をつなぐことができたら…。
そしたら、どんなに気持ちが落ち着くことだろう。
「まあ、でも、とりあえず一勝すればいいだけだから…。特訓もしたし、なんとかなるよ」
相手はアニスか、ふみのどちらだろう。
できればアニスであってほしい。
ふみにはこちらの手の内を知られ過ぎている。
2度も浄化に失敗しているだけに、苦手意識が抜けないのだ。
その点アニスは、技こそ全国レベルだが、杏里のことを何も知らない。
そこにつけ入るスキが生まれるはずだった。
「そうか。それならいいが…。怪我をしないように、気をつけるんだな」
気乗りのしない口調で、ルナが言う。
玄関ロビーに近づくと、体育館のほうに人だかりができているのが自然と目に入ってきた。
なんだろう?
興味を引かれて、つい立ち止まる杏里。
人垣の中には、さっき先に教室に向かったはずの純の姿もあるようだ。
つま先立ちして、体育館の中をのぞこうとする杏里に、後ろからなおもルナが声をかけてきた。
「学園祭のイベントのことだが…あれは誰の発案なんだ? たぶん、一度に学校中の生徒を浄化しようという策なんだろうけど、いくらなんでも、無茶すぎやしないか?」
どうやら、ルナの本当の関心は、きょうの試合より、そのイベントのほうにあるようだ。
「言い出しっぺは校長先生だけど…。裏には委員会の意志が働いてるのかも。例えばサイコジェニーとか」
「サイコジェニーが? なんでまた? たかが地方の中学校の浄化なんかに」
「彼女、私を追い込むのが好きだから…。私に、タナトスとしての限界を突破させようとしているのかも」
「タナトスとしての、限界…?」
そうなのだ。
外来種をも浄化できるタナトスになれ、と彼女は言った。
”流出”は、始まっているのだとも…。
だが、今のところ、後者の言葉の意味は、杏里にもちんぷんかんぷんだ。
「ア、杏里、スゴイヨ。見ニ来テヨ」
突然アニスの声がして、杏里はルナから引き離された。
雑踏の中ニアニスがいて、杏里の左手首をつかんでいる。
「あ、アニス…。どうしたの? これ、いったい何の騒ぎ?」
アニスは人垣などおかまいなく、杏里の手を引いてずんずん体育館のほうへと向かっていく。
正面の両開きの扉は全開になっていて、人混みを抜け出すと内部の様子が視界に入ってきた。
「え? なにこれ?」
杏里が絶句したのも無理はない。
体育館の真ん中に設置されているのは、周囲にロープを張り巡らせたリングである。
アマチュアレスリングの舞台というより、プロレスのリングそのものだ。
「こ、これじゃ、まるで…」
「オドロクノハマダ早イヨ」
杏里の驚愕の表情を楽しげに見やって、弾むような調子でアニスが言った。
「サッキ璃子ニ聞イタンダケドネ、今日ノ試合、技モるーるモぷろれす仕様デイクンダッテ。シカモ勝敗ノ方法ハ、ちーむニ分カレタ上デノとーなめんと戦。勝者ハ誰カニ負ケルカ相手ちーむノめんばーヲ全員撃破スルマデ勝チ進ム。当然、勝者ノ居ルちーむガ勝チトナル。ソウイウワケ。ネ、ナンカスゴク面白ソウダト思ワナイ?」
「そ、そんなあ…」
杏里はぽかんと口を開けた。
そんなルール変更は聞いていない。
それでは、きのう咲良と純が立てた戦略は、まったくの無駄ということになってしまうではないか。
「フフ、案外、杏里が勝チ抜イタリシテネ」
黒い顔に真っ白な歯を光らせて、アニスがくすくす笑いながら杏里の肩を叩いてくる。
杏里は答えることができなかった。
不吉な予感が胸の底で渦巻くのを、感じないではいられなかったからである。
肩を並べて歩き出すと、苦笑混じりにルナが言った。
「どう考えても、その体、格闘技には向いてないと思うんだが…」
「色々あってね」
こちらも苦笑するしかない。
それより杏里が気になるのは、歩くリズムに合わせて時折ルナの手が触れてくることだ。
思い切って手をつなぐことができたら…。
そしたら、どんなに気持ちが落ち着くことだろう。
「まあ、でも、とりあえず一勝すればいいだけだから…。特訓もしたし、なんとかなるよ」
相手はアニスか、ふみのどちらだろう。
できればアニスであってほしい。
ふみにはこちらの手の内を知られ過ぎている。
2度も浄化に失敗しているだけに、苦手意識が抜けないのだ。
その点アニスは、技こそ全国レベルだが、杏里のことを何も知らない。
そこにつけ入るスキが生まれるはずだった。
「そうか。それならいいが…。怪我をしないように、気をつけるんだな」
気乗りのしない口調で、ルナが言う。
玄関ロビーに近づくと、体育館のほうに人だかりができているのが自然と目に入ってきた。
なんだろう?
興味を引かれて、つい立ち止まる杏里。
人垣の中には、さっき先に教室に向かったはずの純の姿もあるようだ。
つま先立ちして、体育館の中をのぞこうとする杏里に、後ろからなおもルナが声をかけてきた。
「学園祭のイベントのことだが…あれは誰の発案なんだ? たぶん、一度に学校中の生徒を浄化しようという策なんだろうけど、いくらなんでも、無茶すぎやしないか?」
どうやら、ルナの本当の関心は、きょうの試合より、そのイベントのほうにあるようだ。
「言い出しっぺは校長先生だけど…。裏には委員会の意志が働いてるのかも。例えばサイコジェニーとか」
「サイコジェニーが? なんでまた? たかが地方の中学校の浄化なんかに」
「彼女、私を追い込むのが好きだから…。私に、タナトスとしての限界を突破させようとしているのかも」
「タナトスとしての、限界…?」
そうなのだ。
外来種をも浄化できるタナトスになれ、と彼女は言った。
”流出”は、始まっているのだとも…。
だが、今のところ、後者の言葉の意味は、杏里にもちんぷんかんぷんだ。
「ア、杏里、スゴイヨ。見ニ来テヨ」
突然アニスの声がして、杏里はルナから引き離された。
雑踏の中ニアニスがいて、杏里の左手首をつかんでいる。
「あ、アニス…。どうしたの? これ、いったい何の騒ぎ?」
アニスは人垣などおかまいなく、杏里の手を引いてずんずん体育館のほうへと向かっていく。
正面の両開きの扉は全開になっていて、人混みを抜け出すと内部の様子が視界に入ってきた。
「え? なにこれ?」
杏里が絶句したのも無理はない。
体育館の真ん中に設置されているのは、周囲にロープを張り巡らせたリングである。
アマチュアレスリングの舞台というより、プロレスのリングそのものだ。
「こ、これじゃ、まるで…」
「オドロクノハマダ早イヨ」
杏里の驚愕の表情を楽しげに見やって、弾むような調子でアニスが言った。
「サッキ璃子ニ聞イタンダケドネ、今日ノ試合、技モるーるモぷろれす仕様デイクンダッテ。シカモ勝敗ノ方法ハ、ちーむニ分カレタ上デノとーなめんと戦。勝者ハ誰カニ負ケルカ相手ちーむノめんばーヲ全員撃破スルマデ勝チ進ム。当然、勝者ノ居ルちーむガ勝チトナル。ソウイウワケ。ネ、ナンカスゴク面白ソウダト思ワナイ?」
「そ、そんなあ…」
杏里はぽかんと口を開けた。
そんなルール変更は聞いていない。
それでは、きのう咲良と純が立てた戦略は、まったくの無駄ということになってしまうではないか。
「フフ、案外、杏里が勝チ抜イタリシテネ」
黒い顔に真っ白な歯を光らせて、アニスがくすくす笑いながら杏里の肩を叩いてくる。
杏里は答えることができなかった。
不吉な予感が胸の底で渦巻くのを、感じないではいられなかったからである。
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