124 / 463
第9部 倒錯のイグニス
#124 女王覚醒②
しおりを挟む
爆発音に似た音が耳をつんざき、みしりと扉がたわんだ。
間一髪、顔をそらした百足丸は、衝撃で大きくよろめいた。
肝っ玉が縮む思いとはこのことだった。
零がむき出しの腕を伸ばし、扉にこぶしを打ちつけている。
赤く輝くその眼は、己の腕と腕の間にはさまれた井沢をじっと睨みつけている。
それは、こんな時でなければ、つい吹き出してしまいそうな光景だった。
扉に押しつけられた井沢と、その井沢を見下ろす零の姿は、いわゆる漫画などでよくある”壁ドン”の構図そのものだったからである。
だが、百足丸は笑わなかった。
井沢と零の間で、不可視の火花が散っているのがひしひしと伝わってくる。
サングラスをはずした井沢の眼からは、毛細血管に覆われたふたつの眼球がせり出し、眼窩から今にもこぼれ落ちそうなほど膨れ上がってしまっている。
その奇妙なにらみ合いは、どれほどの時間、続いたのだろうか。
ふいに零が腕の力をゆるめ、ゆらりと上体を起こした。
「いい子だ」
零が離れていくのに合わせ、井沢が慎重に身を起こす。
「そう、それでいい。そのまま、ゆっくり、もとの場所にもどるんだ」
零は答えなかった。
井沢に言われるがまま、足をひきずるようにして後じさると、零は崩れるようにベッドの端に座り込んだ。
見ると、瞳孔の輝きが薄れかけていた。
あれほど強烈だった赤が、今は消えかけた炭火のように、おぼろげに瞳の奥でくすぶっているだけだ。
「零、心配することはない。我々は同類のあなたに危害を加えるつもりはないし、ましてやそんなことができるとも思っていない。我々はただ、種の繁栄のために、あなたに協力してもらいたいだけなのだ。それにはまず、あなたに生殖の悦びを知ってもらわなければならない。ここにいる百足丸は、そのために連れてきた」
井沢の言葉が聞こえているのかいないのか、零は何の反応も示さない。
ただ小首をかしげて井沢の口元を眺めている。
零も零だが、井沢も井沢だ、と百足丸は舌を巻く思いだった。
催眠術というにはあまりにも強力なマインドコントロール能力である。
井沢の視線には、何か未知の物理的な力でも備わっているのだろうか。
あれほど殺意に燃えていた零を、多少時間がかかったとはいえ、ひとにらみで手なずけてしまったのだ。
サングラスで眼を隠し、井沢が百足丸を振り向いた。
「では、さっそく、調教を始めよう。その衝立の向こうに、椅子がある。それをこっちに持ってきてくれないか」
ユニットバスとトイレのほうを顎で示して、そう言った。
「椅子だって?」
のぞいてみると、衝立に隠れるようにして、この独房にはおよそ不似合いな豪華な椅子が置いてある。
「こ、これか?」
幸い、キャスターがついているので、運び出すのに骨は折れなかった。
背もたれの長い、黒革張りの肘掛椅子である。
奥行きが深く、幅もあり、まるで王宮の調度のひとつのような、そんなぜいたくなつくりだった。
ただ不気味なのは、肘掛けや椅子の基板の部分に、革の拘束具がついていることである。
百足丸が椅子を部屋の中央に置くと、ベッドにかけた零に向かって、井沢が命じた。
「さあ、零、ここにきて、この椅子に座りなさい」
抵抗のそぶりも見せず、ふらりと零が立ち上がる。
「座ったら、膝を曲げて、椅子の上に足を乗せるんだ」
大きな椅子に深々と腰かけ、零が長くしなやかな脚を持ちあげる。
「百足丸、拘束しろ」
「お、俺がか…?」
渋々近づき、零が動かないのを確認すると、百足丸はその手首を肘掛けに、足首を基板に革バンドで固定した。
思いきり膝を曲げ、これ以上ないというくらい股を開いた零は、産婦人科の診察台の上の妊婦さながらだ。
青白い太腿の内側で縦長の唇がぴたりと閉じているのが、白熱灯の光に照らされて丸見えになっている。
陰毛の影すらもない綺麗な股間だが、陰裂には指をこじ入れる隙間もなさそうだ。
こいつは、なかなかガードが堅い…。
ふとそんなことを思った時、すべてに興味を失ったような口調で、井沢が言った。
「それじゃ、百足丸、あとは頼んだぞ」
間一髪、顔をそらした百足丸は、衝撃で大きくよろめいた。
肝っ玉が縮む思いとはこのことだった。
零がむき出しの腕を伸ばし、扉にこぶしを打ちつけている。
赤く輝くその眼は、己の腕と腕の間にはさまれた井沢をじっと睨みつけている。
それは、こんな時でなければ、つい吹き出してしまいそうな光景だった。
扉に押しつけられた井沢と、その井沢を見下ろす零の姿は、いわゆる漫画などでよくある”壁ドン”の構図そのものだったからである。
だが、百足丸は笑わなかった。
井沢と零の間で、不可視の火花が散っているのがひしひしと伝わってくる。
サングラスをはずした井沢の眼からは、毛細血管に覆われたふたつの眼球がせり出し、眼窩から今にもこぼれ落ちそうなほど膨れ上がってしまっている。
その奇妙なにらみ合いは、どれほどの時間、続いたのだろうか。
ふいに零が腕の力をゆるめ、ゆらりと上体を起こした。
「いい子だ」
零が離れていくのに合わせ、井沢が慎重に身を起こす。
「そう、それでいい。そのまま、ゆっくり、もとの場所にもどるんだ」
零は答えなかった。
井沢に言われるがまま、足をひきずるようにして後じさると、零は崩れるようにベッドの端に座り込んだ。
見ると、瞳孔の輝きが薄れかけていた。
あれほど強烈だった赤が、今は消えかけた炭火のように、おぼろげに瞳の奥でくすぶっているだけだ。
「零、心配することはない。我々は同類のあなたに危害を加えるつもりはないし、ましてやそんなことができるとも思っていない。我々はただ、種の繁栄のために、あなたに協力してもらいたいだけなのだ。それにはまず、あなたに生殖の悦びを知ってもらわなければならない。ここにいる百足丸は、そのために連れてきた」
井沢の言葉が聞こえているのかいないのか、零は何の反応も示さない。
ただ小首をかしげて井沢の口元を眺めている。
零も零だが、井沢も井沢だ、と百足丸は舌を巻く思いだった。
催眠術というにはあまりにも強力なマインドコントロール能力である。
井沢の視線には、何か未知の物理的な力でも備わっているのだろうか。
あれほど殺意に燃えていた零を、多少時間がかかったとはいえ、ひとにらみで手なずけてしまったのだ。
サングラスで眼を隠し、井沢が百足丸を振り向いた。
「では、さっそく、調教を始めよう。その衝立の向こうに、椅子がある。それをこっちに持ってきてくれないか」
ユニットバスとトイレのほうを顎で示して、そう言った。
「椅子だって?」
のぞいてみると、衝立に隠れるようにして、この独房にはおよそ不似合いな豪華な椅子が置いてある。
「こ、これか?」
幸い、キャスターがついているので、運び出すのに骨は折れなかった。
背もたれの長い、黒革張りの肘掛椅子である。
奥行きが深く、幅もあり、まるで王宮の調度のひとつのような、そんなぜいたくなつくりだった。
ただ不気味なのは、肘掛けや椅子の基板の部分に、革の拘束具がついていることである。
百足丸が椅子を部屋の中央に置くと、ベッドにかけた零に向かって、井沢が命じた。
「さあ、零、ここにきて、この椅子に座りなさい」
抵抗のそぶりも見せず、ふらりと零が立ち上がる。
「座ったら、膝を曲げて、椅子の上に足を乗せるんだ」
大きな椅子に深々と腰かけ、零が長くしなやかな脚を持ちあげる。
「百足丸、拘束しろ」
「お、俺がか…?」
渋々近づき、零が動かないのを確認すると、百足丸はその手首を肘掛けに、足首を基板に革バンドで固定した。
思いきり膝を曲げ、これ以上ないというくらい股を開いた零は、産婦人科の診察台の上の妊婦さながらだ。
青白い太腿の内側で縦長の唇がぴたりと閉じているのが、白熱灯の光に照らされて丸見えになっている。
陰毛の影すらもない綺麗な股間だが、陰裂には指をこじ入れる隙間もなさそうだ。
こいつは、なかなかガードが堅い…。
ふとそんなことを思った時、すべてに興味を失ったような口調で、井沢が言った。
「それじゃ、百足丸、あとは頼んだぞ」
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる