激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#116 魔女捕獲指令③

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 路駐した大型のワゴン車に、担架にロープでくくりつけられた零が運びこまれていく。
 救急車に偽装した、白いボックスタイプの車である。
 指紋は拭いた。
 もう俺の痕跡は残っていないはずだ。
 爪をひっこめ、指先の開いた革手袋をはめた。
 ふたりの犠牲者の死骸は、残していくしかなかった。
 損壊がひどすぎて、ほとんど回収不能なのだ。
 どの道、優性種関連の事件は表沙汰になることはない。
 一般大衆の眼から優生種の存在を隠匿するために、警察上層部が事件をもみ消してしまうからである。
 優生種事案は、マスコミすらも報道できない、いわば国家機密にあたるからだ。
「どこに運ぶ?」
 井沢の後に続いてワゴン車に乗り込むと、担架からなるべく離れた位置に陣取って、百足丸はたずねた。
 車内には井沢と百足丸のほか、救急隊員に扮装した係員がふたりと運転手しかいない。
 たった5人では、この女が目を覚ましたが最後、あっという間に瞬殺されてしまうに違いない。
「工房の裏の民間医院だ。先月、ばあさんが買い取った。工房の地下からそのまま行き来できるから、何かと便利がいいんでね」
 井沢は女の傍らに膝をつき、なにやら熱心に調べている。
「若干だが、左右で腕の長さが違う。片方は、引きちぎられた後、新しく生えてきたもののようだ」
「げ。そんなこともできるのか、こいつ、トカゲかよ」
「杏里と同じさ。純粋の雌優生種というのは、そういうものなんだ」
「委員会本部を抜け出す時、やられたのか?」
「たぶんな。委員会内部のスパイから、パトスとの大規模な戦闘があったと聞いている。おそらく相手は、杏里のガードをしていた榊由羅。あれ以来、姿が見えないからな」
「病院に運んで、どうする気だ? こいつが俺たちの言うことを聞くとは、とても思えないが」
「まず、身体から毒を抜いてやらないとな。見たところ、零は神経毒を注射されているようだ。作用はかなり緩和されているが、まだ完全には解毒に至っていない。わずか3人で捕らえることができたのは、たぶんそのせいだ」
「じゃあ、その毒の作用とやらがなかったら…」
 百足丸は恐ろしげに身を震わせた。
「ああ、今頃おまえも死んでいる」
 その百足丸を無表情に見つめ、にべもない口調で井沢が言った。


 古代ローマの大浴場を模した空間である。
 湯気の中に、大勢の老人たちがひしめいている。
 金のライオンの蛇口の代わりに、浴槽を見下ろす壁にはりつけにされているのは、全裸の少女である。
 ほのかにふくらんだ乳房。
 未成熟な腰。
 細い手足。
 そのつるりとした下腹部には赤い亀裂が開き、そこから断続的に透明な液体を吹き上げている。
 乳首に装着された電極から流れる微細な電流。
 それが少女の性感帯を絶え間なく刺激しているのだ。
 少女の真下にはひとりの老婆が座り、頭からその淫汁を浴びている。
 しなびた乳房を段々腹の上に垂らした、3頭身の魁偉な容貌の老婆である。
「零を捕まえたとな?」
 前を隠しもせず、大股に近づくと、半眼になって老婆が訊いてきた。
「さすがお耳が早い」
 サングラスの陰で、にやりとする井沢。
「何に使う気じゃ? 零は兵器にはならぬだろう? あまりにも気まぐれで危険すぎる」
「種を救うためです」
 真布の隣にしゃがみこんで、井沢は答えた。
 少女の愛液を浴びながら、のんびりと湯につかる。
 真布と知り合って初めて知った、奇妙な風習だった。
「杏里のエキスだけでは、現存の仲間を癒すことにしかなりません。我々は個体を増やす必要があるのでね」
「なるほど、零に子を産ませようと、そういうわけか」
「ええ。”女王”には、この際、我らの地母神として、子宮に徹してもらおうかと」
「そんなことができるのか」
「ええ。たぶん」
 井沢は薄く笑った。
「私のこの眼と、百足丸の爪さえあれば」





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