激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#115 魔女捕獲指令②

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 息を詰めて、百足丸は右の人差し指の爪を、女のうなじからそろそろと抜き去った。
 慎重に慎重を期すに越したことはない。
 脱力した女の身体が、ぐったりともたれかかってくる。
 危なかった…。
 その骨のないクラゲのように軟らかい裸体を背後から抱き留めて、百足丸は大きく肩で息をした。
 一歩間違えば、彼自身も殺されていたはずである。
 それほど女の動きは敏捷で、狂気に満ちたものだったのだ。
 薄暗い居間に、血と臓物をまき散らした若い女の残骸が転がっている。
 足元にうずくまっているのは、頭蓋を粉砕された男のなれの果てだった。
 床に飛び散った灰色の脳漿に血が混ざり、まるでイチゴケーキをぶちまけたような様相を呈している。
 -零があのふたりに気を取られているうちに、おまえがやれー
 井沢はそう言った。
 その作戦が、間一髪、功を奏したというわけだった。
 華奢な体つきをしているくせに、気を失った女は予想外に重かった。 
 筋組織や骨密度が、そもそも人間とは比較にならないほど高いのだろう。
 体重100キロは、優に超えているに違いない。
 百足丸は、標的の”ツボ”を、赤い小さな点として認識することが可能である。
 どこを刺激すれば、肉体がどう反応するのか、それも熟知している。
 ツボ、すなわちチャクラと神経組織の関係は、人間も優性種もたいして変わらない。
 だからこそ、一瞬の早わざで零の動きを封じることができたのだが、いかんせん、腕力はからきしだった。
 仕方なく、両方の腋の下に手を突っ込んで、カーペットの上をずるずると引きずった。
 ようやく建物の外まで引きずり出し、女の身体を横たえて手の甲で額の汗をぬぐった。
 暮れかかる夕日の残光の下で見る女の裸身は、息をするのも忘れてしまうほど、淫靡で美しかった。
 これが、俺たちの”女王”…?
 意志とは無関係に、自然と目が吸い寄せられてしまう。
 身長170センチは超えているだろうか。
 女としては、かなり上背のあるほうだ。
 だが、手足が長く、頭部が小さいので、見事なまでの8頭身をしている。
 おまけに、女はぞっとするほど整った顔立ちの持ち主だった。
 日本人形を思わせる漆黒のストレートヘア。
 まっすぐに切りそろえられた前髪の下で閉じられている目は、長い睫毛に縁どられている。
 百足丸は、好奇の視線を女の顔からその身体へと移した。
 浮き出た鎖骨の下の乳房は、小ぶりだが形よくつんと上を向いている。
 腰は細く、腹はなめらかなカーブを描いてへこんでいる。
 長い脚のつけ根には陰毛が1本もなく、人形の股間のようにつるりとしており、桜色の”唇”がわずかな盛り上がりを見せている。
 百足丸には、いまだに信じられなかった。
 このモデルか女優のように華奢な身体のどこに、あんな爆発的な力が潜んでいるのか。
 火事場の馬鹿力か?
 いいや、あれはそんなレベルじゃない。
 女は百足丸に秘孔を突かれて、動く気配もない。
 じっと目を閉じたまま、裸身を惜しげもなく百足丸の前にさらしている。
 百足丸は混乱していた。
 いい女だ、と思う。
 できれば今すぐ抱きたいくらいだ。
 が、半面、感じる恐怖も半端ではない。
 井沢の話では、この女、これでまだ、人間にして15歳程度なのだという。
 しかも、天性の残虐行為淫乱症で、これまでに何十人もの人を殺してきているらしい。
「よくやった」
 ふと肩に手を置かれ、顔を上げると、当の井沢がこちらを見下ろしていた。
 特徴のない顔に、いつものように”邪眼”封じのサングラスをかけている。
「やっぱり、おまえを潜ませておいて、正解だったな」
「死ぬかと思ったぜ」
 黒野零の裸身に視線を戻して、百足丸はつぶやいた。
「気づかれたら、俺もバラバラにされるとこだった」
「悪かったな」
 井沢が笑った。
「だが、おかげで貴重な戦力が手に入った」
「大丈夫か? 今は意識を失っているからいいが、目を覚ましたらどうする? こんな化け物、誰が制御するんだよ?」
「決まってるじゃないか」
 井沢が笑みを引っ込めて、百足丸を見た。
「おまえだよ。ほかに誰がいる?」

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