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第9部 倒錯のイグニス
#113 幻影少女たち
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「どういうことだ? 夢でも見たんじゃないか?」
柱から背中を離し、体を起こして、ルナが問い質す。
「それとも、サイコジェニーにからかわれたのか…。大方、そんなところじゃないのか?」
「夢なんかじゃないよ。それに、ジェニーには気づかれていないさ。僕だって、ヒュプノスの端くれだ。その気になれば、そのくらいのことはできるんだから」
重人は不満そうに頬をふくらませている。
「ねえ。あなたの見たもの、もう少し詳しく話してくれない? 裸の私がたくさん居たって言ったよね? それはたとえば、どんな場所? 何人くらいいたのかしら?」
杏里の問いに、重人が宙に視線を据え、自分の頭の中を覗き込むように眉間に縦じわを寄せた。
「10人くらいかな。薄暗い部屋の中だった…。赤いカーペットに、赤いビロードを貼った大きなソファ…。床にもソファにも、白い身体の杏里たちが、お互い複雑に絡み合うみたいにして、思い思いの恰好で寝そべっていたんだ…」
「動きはあったの? それは静止画像みたいなもの? それとも動画?」
「うーん、どっちかっていうと、静止画像に近いかな。杏里たちは、みんな眠っているようにも見えたし…」
そうか。
杏里は納得した。
そういうことだったのか。
重人の幻視の持つ意味が、ようやく腑に落ちたのだ。
でも、そうすると、これはどういうことなのだろう…?
いずなとヤチカは、なぜそんなところに居るのか?
それに、私がいつか見せられたあの光景は、何?
「わかったのか?」
杏里の様子の変化に気づいたのか、ルナが杏里に顔を向けた。
気恥ずかしさを、好奇心が上回ったらしい。
「重人の見たのは、私じゃないわ。でも、幻やフェイクでもなくて、それは現実に存在する…」
「あ」
重人が声を上げた。
杏里の言わんとすることがわかったのだろう。
「そう。重人、あなたが見たのは、おそらく、私をモデルにしてつくられたラブドール。そして、そんなものがある場所と言えば、あそこしかない」
「沼人形工房…」
うわ言のように、重人がつぶやいた。
「そうか。いつか正一さんが、杏里に無断でたくさんつくってたもんね。杏里仕様のラブドールを」
「ラブドール?」
ルナが眉をひそめた。
「何だ? そのラブドールっていうのは?」
杏里は重人と顔を見合わせた。
外見にそぐわずうぶなルナに、ここはどう説明したものか…。
二人ともに、迷いが生じた証拠である。
が、説明役を買って出たのは、結局、重人のほうだった。
「ラブドールというのは、性欲の処理を第一の目的で製作された、人間そっくりの人形だよ。現在普及してるのはね、肌触りも、性器の構造も、まるで生きてる女性そのものの製品なんだって。沼人形工房は、この町の老舗の人形作りの店なんだけど、裏でそうした製品の製作も請け負ってるんだ」
「杏里そっくりの、セックスのための、人形…?」
ルナの顔に複雑な表情が浮かんで、消えた。
それはどこか嫉妬に似ているようで、杏里の胸をかすかにざわつかせた。
「でも、いずなちゃんとヤチカさん、どうしてまた、そんなところに?」
これ以上ルナを傷つけないために、杏里は話の方向を変えることにした。
「こういうことは考えられないかな。外来種に襲われたふたりを、工房の人たちが助け出し、安全な場所にかくまったって。だってあのばあさんのネットワークなら、町のどこで何が起こってるか、全部筒抜けになるってことでしょ? ヤチカさんの屋敷が襲われたのも、リリーの目を通して、きっと見てたに違いないと思うんだ。あ、リリーって言うのはね、ヤチカさんちにある、監視カメラ内蔵の人形の名前なんだけど」
最後の部分はルナに向けて、重人が言った。
「じゃあ、ふたりは安全だってこと?」
杏里は重人の目を見た。
「そうだね。ばあさんは僕らのよき理解者だから、そういうことになるだろうね」
「話が見えない」
ルナが忌々し気にかぶりを振った。
「何らかの理由で、もう助けに行く必要はない…。そう言いたいのか?」
「うん。たぶん」
重人が妙な請け負い方をした。
重人も確信が持てないでいるのだ、と杏里は思った。
そう、ちょうどこの私のように…。
柱から背中を離し、体を起こして、ルナが問い質す。
「それとも、サイコジェニーにからかわれたのか…。大方、そんなところじゃないのか?」
「夢なんかじゃないよ。それに、ジェニーには気づかれていないさ。僕だって、ヒュプノスの端くれだ。その気になれば、そのくらいのことはできるんだから」
重人は不満そうに頬をふくらませている。
「ねえ。あなたの見たもの、もう少し詳しく話してくれない? 裸の私がたくさん居たって言ったよね? それはたとえば、どんな場所? 何人くらいいたのかしら?」
杏里の問いに、重人が宙に視線を据え、自分の頭の中を覗き込むように眉間に縦じわを寄せた。
「10人くらいかな。薄暗い部屋の中だった…。赤いカーペットに、赤いビロードを貼った大きなソファ…。床にもソファにも、白い身体の杏里たちが、お互い複雑に絡み合うみたいにして、思い思いの恰好で寝そべっていたんだ…」
「動きはあったの? それは静止画像みたいなもの? それとも動画?」
「うーん、どっちかっていうと、静止画像に近いかな。杏里たちは、みんな眠っているようにも見えたし…」
そうか。
杏里は納得した。
そういうことだったのか。
重人の幻視の持つ意味が、ようやく腑に落ちたのだ。
でも、そうすると、これはどういうことなのだろう…?
いずなとヤチカは、なぜそんなところに居るのか?
それに、私がいつか見せられたあの光景は、何?
「わかったのか?」
杏里の様子の変化に気づいたのか、ルナが杏里に顔を向けた。
気恥ずかしさを、好奇心が上回ったらしい。
「重人の見たのは、私じゃないわ。でも、幻やフェイクでもなくて、それは現実に存在する…」
「あ」
重人が声を上げた。
杏里の言わんとすることがわかったのだろう。
「そう。重人、あなたが見たのは、おそらく、私をモデルにしてつくられたラブドール。そして、そんなものがある場所と言えば、あそこしかない」
「沼人形工房…」
うわ言のように、重人がつぶやいた。
「そうか。いつか正一さんが、杏里に無断でたくさんつくってたもんね。杏里仕様のラブドールを」
「ラブドール?」
ルナが眉をひそめた。
「何だ? そのラブドールっていうのは?」
杏里は重人と顔を見合わせた。
外見にそぐわずうぶなルナに、ここはどう説明したものか…。
二人ともに、迷いが生じた証拠である。
が、説明役を買って出たのは、結局、重人のほうだった。
「ラブドールというのは、性欲の処理を第一の目的で製作された、人間そっくりの人形だよ。現在普及してるのはね、肌触りも、性器の構造も、まるで生きてる女性そのものの製品なんだって。沼人形工房は、この町の老舗の人形作りの店なんだけど、裏でそうした製品の製作も請け負ってるんだ」
「杏里そっくりの、セックスのための、人形…?」
ルナの顔に複雑な表情が浮かんで、消えた。
それはどこか嫉妬に似ているようで、杏里の胸をかすかにざわつかせた。
「でも、いずなちゃんとヤチカさん、どうしてまた、そんなところに?」
これ以上ルナを傷つけないために、杏里は話の方向を変えることにした。
「こういうことは考えられないかな。外来種に襲われたふたりを、工房の人たちが助け出し、安全な場所にかくまったって。だってあのばあさんのネットワークなら、町のどこで何が起こってるか、全部筒抜けになるってことでしょ? ヤチカさんの屋敷が襲われたのも、リリーの目を通して、きっと見てたに違いないと思うんだ。あ、リリーって言うのはね、ヤチカさんちにある、監視カメラ内蔵の人形の名前なんだけど」
最後の部分はルナに向けて、重人が言った。
「じゃあ、ふたりは安全だってこと?」
杏里は重人の目を見た。
「そうだね。ばあさんは僕らのよき理解者だから、そういうことになるだろうね」
「話が見えない」
ルナが忌々し気にかぶりを振った。
「何らかの理由で、もう助けに行く必要はない…。そう言いたいのか?」
「うん。たぶん」
重人が妙な請け負い方をした。
重人も確信が持てないでいるのだ、と杏里は思った。
そう、ちょうどこの私のように…。
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