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第9部 倒錯のイグニス

#112 重人の幻視

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 ショーツ一枚の上に、Tシャツを着ただけのルナが、柱の陰にうずくまっている。
 長い金色の髪で胸を隠したその姿は、得も言われぬほどセクシーだ。
 杏里は、今更のように逃した獲物の貴重さを思い知らされる気分だった。
「勝手に入ってこないでよ。ほんと、重人ったら、デリカシーないんだから!」
 八つ当たり気味に、重人に向かって怒りをぶちまけた。
 杏里は、下にパンティこそ穿いているものの、上半身裸のままである。
 釣り鐘型の双丘が、入口に佇む重人を糾弾するかのように胸から突き出している。
 が、重人はその見事なセックスシンボルには、目もくれない。
 先月、本部でサイコジェニーのメンテを受けて以来、精神的に去勢されてしまっているからだ。
「怒んないでよ。だいたい、杏里が悪いんじゃないか。ひとんちに勝手に上がりこんで、ルナを誘惑するなんて。わかるだろ? ルナはああ見えても、性的には杏里よりずっとオクテなんだよ。僕でさえ、ひそかに処女じゃないかと疑ってるぐらいなんだ」
「もういい」
 口をはさんだのは、当事者のルナだった。
 ようやく自分を取り戻したらしい。
「わたしにだって、人肌が恋しくなる時くらい、ある。そこにたまたま、杏里が来たというだけだ」
 口調はいつものルナに戻っているが、顔を背けたまま、杏里のほうを見ようとはしなかった。
「ルナ…」
 ふいに愛おしさがこみあげてきて、杏里がつぶやきかけた時である。
「それで、何なんだ? その最新情報ってのは? サイコジェニーとコネクトできたのか?」
 ルナが早口で杏里をさえぎった。
「うん」
 得意そうに鼻の頭を指でこする重人。
「ひやひやものだったけどさ、なんとか気づかれずにジェニーの記憶をのぞくことができたよ。ほんの、コンマ数秒ってとこだったけど」
「それで、何が見えたんだ? いずなとヤチカは居たのか?」
 ルナは、一刻も早く話題の矛先を自分から逸らしたいようだ。
 重人のほうにだけ顔を向け、熱心な口調で訊いている。
「それが…」
 それまで自信満々だった重人が、ふと言いよどんだ。
「ふたりの気配はあったんだけど…実際に見えたのは」
 そこで一呼吸置くと、
「杏里だったんだ」
 とやにわに杏里を指さした。
「え? 私?」
 今度は、杏里が重人の口元を凝視する番だった。
「だって私は、ずっとここに居たよ。その前は、学校だったし」
「僕にだって、わかんないよ。あれがいつの、どこの光景なのか…。とにかく、言えるのは、杏里はひとりじゃなかったってこと。裸の杏里が何人もいてさ、ちょうど今、杏里がルナとしてたみたいなこと、自分たち同士で、してたんだよ…」


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