激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#108 ブロンドの誘惑②

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 ぞくぞくする…。
 そうつぶやいたルナの眼元には、恥じらいの色に似た何かが浮かんでいる。
 杏里の胸の底に、じんわりと多幸感が広がった。 
 意外だ、という思いと、勝った、という思いが交叉する。
 ルナの気持ちが、動いた。
 その手ごたえを、感じたのだ。
「ルナって、そういうの、興味ないかと思ってた…」
 上目遣いにルナのアクアマリンの瞳を見つめながら、控えめな口調で杏里は言った。
「だって、私は見ての通り女だし、ルナってとっても、男の人にモテそうだもの」
「わたしだって…」
 杏里の執拗な凝視に耐え切れぬように、ルナが目を逸らす。
「杏里に会うまでは、そんなこと、想像したこともなかったさ…。話には聞くけど、自分には関係ないって思ってた…」
「そんなことって?」
 杏里はすでに腰を浮かせ始めている。
「ねえ、教えて。そんなことって、なあに?」
「そ、それは…」
 ルナがゆるゆるとかぶりを振った。
「あのさ、もっと近くでルナのお顔、見ていいかな?」
 子猫のような気まぐれさを装って、杏里はすぐさま話題を変えた。
 返事も待たずに立ち上がると、テーブルの角を回って、そっとルナの隣に腰を落ちつけた。
 親密度を増すには、このテーブルの天板の幅は広すぎる。
 本能的に、そう判断したからだ。
「ルナって、ほんとに綺麗…」
 下からのぞき込むように、じっとルナの顔を見つめた。 
「いや、そんなにじろじろ見ないで。恥ずかしいよ」
 ルナの口調が変わった。
 男っぽさが消え、歳相応の少女らしさがにじみ出ている。
「だって」
 杏里は子猫が甘えるように身体を押しつけた。
 ルナのむき出しの二の腕に、杏里のもっちりした肌が密着する。
「綺麗なんだもの。ルナって、こうして見てるだけで胸が痛くなるほど、綺麗なんだもの」
 杏里が自分から積極的に他人にアプローチするのは、生まれて初めてのことだった。
 由羅の時も、ヤチカの時も、杏里の恋は”受け身”から始まった。
 相手のペースに巻き込まれていくうちに、いつしか恋に落ちている己に気づく。
 それがこれまでのパターンだったのである。
 なのに、今はなぜか自分から仕掛けようとしているのだ。
 寂しさが長く続きすぎたのかもしれない、と思った。
 自分では自立しているつもりても、本当はそうじゃない…。
 誰かに愛していてもらわないと、不安でたまらない。
 普段は意識していないけど、何かの拍子に突然湧出する、底知れぬ虚しさの正体。
 それは…。
 本来、天涯孤独なはずのタナトスが、下手に愛を知ってしまったばかりに陥った陥穽だ。
 今になって、つくづくそう思わずにはいられない。
「やめろよ」
 ルナが元の口調に戻って、杏里を押しのけようとした。
「わたしの顔は、生まれつきこうなんだから、仕方がない。そりゃ、ロシア人の父さんの血には感謝してるさ。でも、だからといって、外見なんてその人間の属性のひとつにすぎないだろう?」
「そうだね」
 押しのけられても、杏里はひるまない。
 ルナの膝の上に手を伸ばすと、ショートパンツから伸びる太腿に、そうっと手のひらを置いた。
「でも、古い言葉だけど、ひと目惚れって、本当にあるんだよ。それには内面とか、性格なんて、ぜんぜん関係ない。少なくとも、私の場合は、そう」
「杏里…おまえ、何が言いたいの?」
 ルナが身を硬くして、おびえたような視線を杏里に向けた。
「さっき、私を見てると、『ぞくぞくする』って言ってくれたよね」
 杏里は、その気になれば、自分がどれほどまででも甘えた声が出せることに気づいていた。
「ふふ、あの時、私ね、ちょっぴり興奮しちゃったの」
「…」
 ルナは頬を赤くしたまま、答えない。
 その手を取ると、杏里はやにわに己の胸に押しつけた。
「わかる? ここ…。硬いでしょ? 乳首が、固くなってるの」
 杏里のブラは、下乳を押上げるだけの機能しか持っていない。
 乳輪すれすれの位置までしか面積がないため、乳首が勃起すると、すぐにへりから飛び出してしまう。
 今がちょうど、そうだった。
 薄いブラウスの生地を、コチコチに屹立した乳首があられもなく押し上げているのだ。
「どうしてこうなったか、わかる? それはね、ルナのせい。ルナが、あんなこと、言うから」
「ご、ごめん」
 杏里の胸に手のひらを当てたまま、ルナがうなだれた。
「気を悪くしたなら、謝るよ。わたしはただ、きょうの杏里があんまりにも、その、大人っぽく見えたから、つい…」
「ううん。謝る必要なんてない」
 杏里はきっぱりと言った。
「だって、私、うれしかったんだもの。やっとルナが、私のこと、ちゃんと見てくれたんだな、と思って」
「杏里…」
 ルナが顔を上げた。
 アクアマリンの瞳が揺れている。
 あの小道で初めて会った時、ルナの瞳に燃え盛った情欲の炎。
 思えばこの子も、あの瞬間から、私を求めていたのに違いない。
「ねえ。キスして、いいかな」
 ルナの身体にしなだれかかり、徐々に体重を預けながら、杏里はささやいた。
「お願い。嫌だなんて言わないで。好きだよ。好き。もう、たまらない。ねえ、ルナ、杏里、我慢できないよ」
 ルナの躰から、ボディソープの香りに混じって、かぐわしい雌の匂いが漂ってくる。
 それに呼応するように、杏里の全身からも、目に見えない濃厚なフェロモンが立ち上り始めていた。
 タナトスとしての本能が、覚醒したのだ。


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