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第9部 倒錯のイグニス
#99 錯綜する思惑
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帰りはタクシーを奮発した。
一時的に見えなくなっているルナの眼を慮ってのことだ。
タクシー代は重人に出させた。
肝心なところで気を失って、ルナを援助できなかった罰である。
ヤチカの屋敷からだと杏里の家のほうが近い。
「何かあったら連絡して」
そう念を押して、杏里は先にタクシーを降りた。
汚れた制服と下着を洗濯機に放り込み、まずシャワーを浴びた。
食道と直腸の痛みはほとんど収まっていたが、むやみに疲れていた。
バスタオルで身体を拭き、新しい下着をつけると、杏里は8畳間の真ん中にごろりと寝転がった。
ピンクのブラを押上げる豊満なバストが規則正しく上下して、平らな腹が時折ひくひくと動く。
大の字に投げ出したむき出しの手足は、お湯を浴びたせいでほんのりと桜色に染まっている。
この尋常でない眠気は、性露丸の副作用なのだろうか。
薄く口を開けたまま、杏里はいつしか深い眠りの縁に落ち込んでいった。
そして、夢を見た。
暗黒の空間で微光を放つ巨大なシリンダー。
そのなかに満たされた飴色の液体に、四肢の欠落した少女の裸身が浮遊している。
無重力空間に浮かぶ宇宙飛行士のようにゆっくりと身体を回転させ、少女が杏里のほうを見た。
少女には目がひとつしかない。
鼻も口も小作りであるのに比して、そのひとつ目だけが不自然に大きい。
虹彩の真ん中にルビーのような赤い点の光る、謎めいた瞳である。
-ジェニー…。
心の中で、杏里は呼びかけた。
-あなたなら、わかるでしょ? いずなちゃんとヤチカさんが、どこに行ったのか?
圧倒的な超能力を持つ不具の少女、サイコジェニーは答えない。
代わりに杏里の脳内スクリーンに投影されたのは、信じがたい光景だった。
たくましいふたりの男に両側から乳房をつかまれ、耳を吸われて悶え狂うヤチカ。
その細い首には、なぜか赤い首輪がはめられている。
ページをめくるように画面が切り替わり、いずなが映った。
温泉の大浴場のような場所である。
全裸のいずなが岩の壁にはりつけにされ、淫らに股を開いて陰部をさらけ出している。
両の乳首には電極が貼りつけられ、岩肌の中へとコードの端が伸びている。
そのコードを時々電流が流れるらしく、そのたびにいずなは甘い喘ぎ声を漏らしては、開き切った秘裂の間から透明な潮を吹き上げていた。
-これは…何?
夢の中で、杏里は目を見張った。
-どこなの? そこは?
が。
結局、最後までジェニーの返事はなかった。
肩を揺すられて眼を開けると、蛍光灯の光を背に、小田切がのぞきこんでいた。
「こんなところで寝てると、風邪を引くぞ。それに、その恰好はなんだ」
「ああ…勇次」
杏里は上半身を起こして、気だるげに首を横に振った。
どうやら、いつものしどけない姿のまま、睡魔に負けて眠ってしまったようだ。
相手が宦官同然の小田切でなかったら、寝込みを襲われて犯されているところである。
「遅かったね」
小田切は両手にコンビニの袋をぶら下げている。
中に入っているのは、ふたり分のコンビニ弁当に違いない。
「まあ、色々あってな」
折り畳み式のちゃぶ台を出してきて、その上に袋の中身を広げると、缶ビールのプルトップをめくって小田切が言った。
杏里の後見人である小田切の表向きの仕事は、非常勤の高校のスクールカウンセラーだ。
その合間を縫って、委員会の下部組織のNPO法人で、民間人相手のカウンセラーをも担当しているらしい。
らしい、というのは、小田切の仕事について、杏里がよく知らないからである。
DV被害を受けた女性や虐待された児童のケア。
そんな内容だといつか聞いたことがあるぐらいだ。
「いずなちゃんは?」
ちゃぶ台に両肘をついて対面の小田切を見つめると、単刀直入に杏里はたずねた。
「隠してもだめだよ。もう突き止めてるんでしょう? だって委員会には、あのジェニーがいるんだもの」
今さっき見た映像。
あれは夢ではないと思う。
サイコジェニーからのメッセージなのだ。
いずなとヤチカは同じ場所に捕らえられている。
そして、なんだか大変な目に遭っている。
それは、もう、間違いない。
「たぶん、ジェニーには、わかっているだろうな」
割り箸で弁当を口に運びながら、小田切が妙に歯切れの悪い言い方をした。
「『ジェニーには』って、それ、どういうこと?」
胸の谷間を強調するように、杏里は更に身を乗り出した。
少年期に実の母親の手で去勢された小田切には、性欲がない。
だからこんなポーズをとっても無意味なのだが、ついいつもの癖が出てしまう。
案の定、今にもこぼれ出そうな杏里の乳房にも、小田切はてんで無関心だった。
さも暑苦しいものでも見るように一瞥しただけで、ビールをお茶代わりにして、平然と飯を口に運び続けている。
「泳がせておけ、ということだそうだ。それが上層部の、いや、サイコジェニーの意向らしい。敵のアジトが一か所だけなのか、それとももっと規模の大きい組織なのかどうか、そいつを確かめたいんだとさ」
「やっぱりわかってたんだ。で、どこなの? いずなちゃんが監禁されてるのは?」
「そんな機密情報、俺みたいな下っ端のところにまで下りてくると思うか? あるいは冬美は知っているかもしれないが、訊いたところで答えてはくれまい」
重人の後見人である冬美のほうが、組織内では位が上らしいのを杏里は思い出した。
言ってみれば、彼女のほうが小田切より、ずっと体制寄りの立場にいるというわけだ。
「もう、勇次ったら情けなさすぎるよ」
杏里は口を尖らせた。
「そんなことで、いずなちゃんが殺されちゃったらどうするの?」
「その可能性は低い。そうジェニーは予測しているらしいんだ。だから、あわてることはない、と」
「ひどいよ。それじゃ、まるで生贄みたいじゃない」
「俺に怒ったってしょうがないだろ」
小田切は取り合わない。
「それより、おまえも食べろ。夕飯、まだなんだろう」
代わりに箸で、杏里の分の海苔弁当を押し出してくる始末である。
「おなか、空いてない」
杏里は立ち上がった。
まったく、大人って、ほんと、当てにならない。
由羅のことにしたって、そうだ。
どうなったのか、いまだに教えてくれないままなのだ。
私たち子どもが、陰でこんなに苦労してるっていうのに…。
「自慢の乳がしぼんでも知らないぞ」
愚にもつかないセクハラ発言が飛んできた。
「いいよ。じゃあ、自分の部屋で食べるから」
立ち去り際にコンビニ弁当をつかむと、乱暴にふすまを開き、憤然として杏里は隣の部屋に閉じこもった。
一時的に見えなくなっているルナの眼を慮ってのことだ。
タクシー代は重人に出させた。
肝心なところで気を失って、ルナを援助できなかった罰である。
ヤチカの屋敷からだと杏里の家のほうが近い。
「何かあったら連絡して」
そう念を押して、杏里は先にタクシーを降りた。
汚れた制服と下着を洗濯機に放り込み、まずシャワーを浴びた。
食道と直腸の痛みはほとんど収まっていたが、むやみに疲れていた。
バスタオルで身体を拭き、新しい下着をつけると、杏里は8畳間の真ん中にごろりと寝転がった。
ピンクのブラを押上げる豊満なバストが規則正しく上下して、平らな腹が時折ひくひくと動く。
大の字に投げ出したむき出しの手足は、お湯を浴びたせいでほんのりと桜色に染まっている。
この尋常でない眠気は、性露丸の副作用なのだろうか。
薄く口を開けたまま、杏里はいつしか深い眠りの縁に落ち込んでいった。
そして、夢を見た。
暗黒の空間で微光を放つ巨大なシリンダー。
そのなかに満たされた飴色の液体に、四肢の欠落した少女の裸身が浮遊している。
無重力空間に浮かぶ宇宙飛行士のようにゆっくりと身体を回転させ、少女が杏里のほうを見た。
少女には目がひとつしかない。
鼻も口も小作りであるのに比して、そのひとつ目だけが不自然に大きい。
虹彩の真ん中にルビーのような赤い点の光る、謎めいた瞳である。
-ジェニー…。
心の中で、杏里は呼びかけた。
-あなたなら、わかるでしょ? いずなちゃんとヤチカさんが、どこに行ったのか?
圧倒的な超能力を持つ不具の少女、サイコジェニーは答えない。
代わりに杏里の脳内スクリーンに投影されたのは、信じがたい光景だった。
たくましいふたりの男に両側から乳房をつかまれ、耳を吸われて悶え狂うヤチカ。
その細い首には、なぜか赤い首輪がはめられている。
ページをめくるように画面が切り替わり、いずなが映った。
温泉の大浴場のような場所である。
全裸のいずなが岩の壁にはりつけにされ、淫らに股を開いて陰部をさらけ出している。
両の乳首には電極が貼りつけられ、岩肌の中へとコードの端が伸びている。
そのコードを時々電流が流れるらしく、そのたびにいずなは甘い喘ぎ声を漏らしては、開き切った秘裂の間から透明な潮を吹き上げていた。
-これは…何?
夢の中で、杏里は目を見張った。
-どこなの? そこは?
が。
結局、最後までジェニーの返事はなかった。
肩を揺すられて眼を開けると、蛍光灯の光を背に、小田切がのぞきこんでいた。
「こんなところで寝てると、風邪を引くぞ。それに、その恰好はなんだ」
「ああ…勇次」
杏里は上半身を起こして、気だるげに首を横に振った。
どうやら、いつものしどけない姿のまま、睡魔に負けて眠ってしまったようだ。
相手が宦官同然の小田切でなかったら、寝込みを襲われて犯されているところである。
「遅かったね」
小田切は両手にコンビニの袋をぶら下げている。
中に入っているのは、ふたり分のコンビニ弁当に違いない。
「まあ、色々あってな」
折り畳み式のちゃぶ台を出してきて、その上に袋の中身を広げると、缶ビールのプルトップをめくって小田切が言った。
杏里の後見人である小田切の表向きの仕事は、非常勤の高校のスクールカウンセラーだ。
その合間を縫って、委員会の下部組織のNPO法人で、民間人相手のカウンセラーをも担当しているらしい。
らしい、というのは、小田切の仕事について、杏里がよく知らないからである。
DV被害を受けた女性や虐待された児童のケア。
そんな内容だといつか聞いたことがあるぐらいだ。
「いずなちゃんは?」
ちゃぶ台に両肘をついて対面の小田切を見つめると、単刀直入に杏里はたずねた。
「隠してもだめだよ。もう突き止めてるんでしょう? だって委員会には、あのジェニーがいるんだもの」
今さっき見た映像。
あれは夢ではないと思う。
サイコジェニーからのメッセージなのだ。
いずなとヤチカは同じ場所に捕らえられている。
そして、なんだか大変な目に遭っている。
それは、もう、間違いない。
「たぶん、ジェニーには、わかっているだろうな」
割り箸で弁当を口に運びながら、小田切が妙に歯切れの悪い言い方をした。
「『ジェニーには』って、それ、どういうこと?」
胸の谷間を強調するように、杏里は更に身を乗り出した。
少年期に実の母親の手で去勢された小田切には、性欲がない。
だからこんなポーズをとっても無意味なのだが、ついいつもの癖が出てしまう。
案の定、今にもこぼれ出そうな杏里の乳房にも、小田切はてんで無関心だった。
さも暑苦しいものでも見るように一瞥しただけで、ビールをお茶代わりにして、平然と飯を口に運び続けている。
「泳がせておけ、ということだそうだ。それが上層部の、いや、サイコジェニーの意向らしい。敵のアジトが一か所だけなのか、それとももっと規模の大きい組織なのかどうか、そいつを確かめたいんだとさ」
「やっぱりわかってたんだ。で、どこなの? いずなちゃんが監禁されてるのは?」
「そんな機密情報、俺みたいな下っ端のところにまで下りてくると思うか? あるいは冬美は知っているかもしれないが、訊いたところで答えてはくれまい」
重人の後見人である冬美のほうが、組織内では位が上らしいのを杏里は思い出した。
言ってみれば、彼女のほうが小田切より、ずっと体制寄りの立場にいるというわけだ。
「もう、勇次ったら情けなさすぎるよ」
杏里は口を尖らせた。
「そんなことで、いずなちゃんが殺されちゃったらどうするの?」
「その可能性は低い。そうジェニーは予測しているらしいんだ。だから、あわてることはない、と」
「ひどいよ。それじゃ、まるで生贄みたいじゃない」
「俺に怒ったってしょうがないだろ」
小田切は取り合わない。
「それより、おまえも食べろ。夕飯、まだなんだろう」
代わりに箸で、杏里の分の海苔弁当を押し出してくる始末である。
「おなか、空いてない」
杏里は立ち上がった。
まったく、大人って、ほんと、当てにならない。
由羅のことにしたって、そうだ。
どうなったのか、いまだに教えてくれないままなのだ。
私たち子どもが、陰でこんなに苦労してるっていうのに…。
「自慢の乳がしぼんでも知らないぞ」
愚にもつかないセクハラ発言が飛んできた。
「いいよ。じゃあ、自分の部屋で食べるから」
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