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第9部 倒錯のイグニス

#92 サイキック②

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 煙草を吸っていない時、井沢は多くの場合、飴を舐めるか、ガムを噛んでいる。
 そうでもしないと、口の中が寂しくてならないからだ。
 今もミルク味ののど飴を舌の上で転がしながら、ふとこれが杏里の乳首だったら、と井沢は妄想した。
 以前読んだ小説に、殺した女の乳首を持ち運び、ポケットの中でいじるのが趣味、というサイコパスをサブキャラにした優れものがあった。
 あの男と同じように、つねに杏里の硬い乳首を口に含んだままでいられたら…。
 そんな妄想に囚われながら、椅子に縛られてすすり泣く全裸のヤチカを眺めていると、腰をくの字に折った真布が、杖でバランスを取りながら、のそのそと部屋に入ってきた。
「今、連絡が入った。杏里たちが、ヤチカの屋敷に向かっておるそうじゃ。あのルナとかいう新米のパトスも一緒らしい。どうだ? 少し茶々を入れてみんかね?」
「俺の出番?」
 その声に、ソファに横たわってコミックを読みふけっていた百足丸が顔を上げた。
「いや。おまえはまだだ」
 井沢はかぶりを振った。
「”最終兵器”が、そんなにほいほい敵に正体をさらしてどうするんだ」
「そうか」
 苦笑して、またコミックに戻る百足丸。
「ルナの力を試すいい機会かもしれませんね」
 真布に座り心地のいい椅子をすすめると、丁寧な口調に戻って、井沢は言った。
「幸い、変異種のストックはある。どうせ殺処分にする予定のやつらですからね」
「じゃが、それも、元はと言えば、あんたらの仲間じゃろう」
 真布が呆れたように言った。
「ヒトラーは劣等種の人間にすぎませんが、彼の優生学には見るべきものがある。我々は、種の発展のために、純血を守らねばならないのです」
「まあ、あんたがそう言うのなら、止めはせぬが…。ヤチカの屋敷はここから近い。なんなら車を出してやろう」
「ありがたい。恩にきます」
 井沢は深々と頭を下げた。
 杏里についた新しいパトスは、目撃証言によると、日本人と白人のハーフだという。
 それも、輝くばかりのブロンドの髪をした、日本人離れした美少女らしい。
 ヤチカの屋敷は、当然、真布のドールズ・ネットワーク網に組み入れられている。
 今回は、杏里だけでなく、そのニューフェイスの素顔も拝めそうだ。
「一緒に来るかい? 瞑想室に」
 真布が言った。
「首尾をその目で見たいだろう?」
「お願いします」
 神妙に、井沢は答えた。
 人間ではあるが、年輪を刻んでいるだけあって、真布は賢いし、役に立つ。
 少なくとも、杏里を完全に手に入れるまでは、このまま共闘関係を続けるべきだろう。
 そう。
 俺が、飴玉の代わりに、切り取った杏里の乳首を、この口で舐められるようになるまでは…。



 

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