激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#91 サイキック①

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 土曜日だというのに、バスの中はかなりの混雑ぶりだった。
 ルナと重人に少し遅れてタラップを上がった杏里は、通路中央でたちまち乗客たちに取り囲まれてしまった。
 媚薬の影響がまだ残っていたのか、あるいは小百合とふみに弄ばれた性器がまだ潤っているせいか。
 杏里が全身から発散する不可視の性フェロモンが、周囲の人間たちの情欲に火をつけたようだった。
 人垣の向こうに、座席に座った重人とルナの頭の先だけが見えている。
 車内に入ってきた杏里の姿を目に止めるなり、何人かの乗客が席を立ったため、空席ができたからだろう。
 何もこんなところで…。
 重人はともかく、ルナが見てるのに…。
 チラっとそう後悔したが、今更仕方がなかった。
 歩いていくには、隣町のはずれにあるヤチカの屋敷は遠すぎる。
 まあ、いつものことだから、私がちょっとの間、我慢すればいいことだし…。
 後ろから伸びてきた手が、腋の下から入り込み、ブラウスの襟元に指を突っ込んでくる。
 ただでさえ短いスカートは、尻の上までたくし上げられ、薄いパンティに包まれた尻が完全に露出してしまっている。
 次第に杏里の肌があらわになってくると、更に何本かの手が伸びてきて、無遠慮に身体中をまさぐり始めた。
 腋の下、乳房のつけ根、乳首、下腹、性器、尻…。
 ありとあらゆる部位を弄り回されているうちに、杏里は次第に恍惚とした気分になってきた。
 それが癖になってしまったらしく、脳裏にはそんな自分を客観的に俯瞰した映像が浮かんでいる。
 この幻視を自在に操れるようになったことで、杏里の性の対象へのハードルはほぼゼロに近くなっている。
 いや、それどころか、相手の容姿が自分とかけ離れていればいるほど、あるいは相手の人数が多ければ多いほど性的に燃えられるように、杏里自身の受け止め方が変わってきているのだ。
 杏里の中に、倒錯的、嗜虐的な行為を求める性向が根付いた証拠だろう。
 ちょうど今もそうだった。
 全部別々の人間の手で身体中を弄ばれ、次第に感じ始めているひとりの少女。
 そのイメージに、杏里は半ば酔いかけていた。
 疲れている時は乗るのが嫌だった満員バスも、まるで苦にならない。
 それどころか、これだけの人間たちを、自分自身のエクスタシーに巻き込んで一気に浄化させることができたら、どんなに気持ちいいだろう。
 異変が起こったのは、いつのまにかそんなことまで考え始めていた、その矢先のことである。
 ふいに、何の前触れもなく、バーンという大きな音が響き渡った。
 杏里を取り囲んでいた乗客たちがだしぬけに吹っ飛んだかと思うと、通路の奥に向けてドミノ倒しに次々と転倒し始めたのだ。
 ひと呼吸遅れて、バスの運転手が急ブレーキを踏む音が響き渡る。
 がくんとバスが揺れて停車すると、床に折り重なってうめいている人の山の向こうで、ルナが立ち上がった。
 ルナは怒っているようだった。
 さっきまでポニーテールに結んでいたブロンドの髪が、美しい顔の周りに後光のように広がって、ざわざわと生き物のようにうごめいている。
 アクアマリンの瞳が、憤怒の色を宿して倒れた乗客たちを眺め渡し、やがて杏里のほうをじっとを見つめてきた。
 乗客たちが倒れたせいで、杏里ひとりが立っている。
 その恰好はと言えば、ブラウスを引きむしられ、右の乳房を完全に露出させた見るも無残な姿である。
 ルナがサイコキネシスを使ったのだとわかるまでに、しばらくかかった。
「こいつらはケダモノか? 杏里も杏里だ。事態は悪くなる一方だってのに、いったい何考えてる?」
「だって…」
 こぼれた乳房をブラジャーの中に押し込み、ブラウスのボタンをかけながら、杏里は言った。
「だって、これもタナトスの”仕事”のうちだよ? そんなの、ルナだって知ってるでしょ?」
「それはそうだけど…」
 真正面から見つめてやると、ルナは少しばかり怯んだように見えた。
 瞳にたぎった怒りが徐々に和らぎ、全身から噴き上がった熱いオーラのようなものが引いていった。
「だけど、のべつまくなしに浄化しなくてもいいだろう? 自分の狙った相手だけにその力を使えばそれでいい」
 釈然としないといった口調で、ルナが言い返す。
 杏里はゆるゆるとかぶりを振った。
「そうはいかないよ。私に惹かれる人間は、みんな破壊衝動を抱え込んでる。それはできるだけ浄化しなきゃならないし、それに、多くの人に接すれば接するほど、外来種との遭遇率も高まるでしょう?」
「そんな無茶なタナトスは初めて見た。それじゃ、身体がいくつあっても足りないぞ」
「それが杏里のやり方なんだよ」
 座席に座ったまま、重人が横から口を挟んできた。
「杏里がわずか半年で最強のタナトスになったのは、もちろんもともとの素質もあっただろうけど、このやり方で自分を鍛えたからだと思うよ」
「しかし、こんなの、ただの集団レイプじゃないか。もしもおまえが見かけ通りの未成年の人間の女なら、こいつらはみんな明らかに性犯罪者だぞ」
 ルナは無駄に正義感が強いのか、まだ完全には怒りが収まり切らないようだ。
 そんなルナに、杏里はそっけない言葉を投げつけた。
「そうね。でも、私は人間じゃない。そのこともルナ、あなたはよく知ってるはずだよね?」


 


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