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第9部 倒錯のイグニス
#89 漆黒の毒爪①
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鑑賞会を中座して井沢が向かったのは、シアターと廊下をはさんで向かい合うシークレットルームである。
伊沢義雄がこの沼人形工房の地下迷宮に潜伏して、もうすぐ1か月になる。
70年以上前に掘られた日本陸軍の塹壕。
それをつなげてつくられた広大な地下空間は、工房と庭園を合わせた地上部の面積にほぼ等しく、大小さまざまな部屋に分かれている。
その中でもこのシークレットルームは、いわば伊沢の私室にあたっている。
新たな仲間が見つかった時、最初に面接するのが井沢の役目だ。
使えそうなほど知能が高く精神がある程度正常であれば、仲間として迎え入れる。
が、いくら身体能力が優れていても、あまりに変異が進んでしまっている者は、”狂眼”で意志を奪った後、抹殺する。
伊沢の悩みは、最近、後者が増えてきていることだった。
まともな”優越種”のほうが少なくなってきている。
ついこの間までまともだった者が、突然妖怪じみた化け物に変異する。
そんな例が後を絶たないからだ。
図らずも真布が指摘した通り、このままでは種自体の存続が危うい。
そのことは、井沢自身にもわかりすぎるほどわかっている。
真布にはああ言ったものの、本当は杏里の肉体が喉から手が出るほど欲しい。
あの娘の持つ驚異的な治癒能力。
そこにこそ、変異を止める鍵がある。
そう、井沢は確信していた。
優越種の頂点に立つクィーン、黒野零をもしのぐあの力を、なんとしてでも、手に入れなければ…。
ドアを開けると、そこは井沢が”仕事”に使う、無味乾燥な待合室だ。
その奥にもうひとつ広い部屋があり、もっぱら伊沢はそこを己の根城にしている。
首につけたロープを引いてヤチカを引き寄せると、むき出しの尻を足蹴にして、カーペットの上に転がした。
「さっきのはなんだ? 俺がいいと言うまで、言葉を発するなと言ってあったはずだろう? いいか。おまえは家畜なんだ。まさか、その家畜の分際で、自分の意志を取り戻しましたなんて言い出すんじゃあるまいな?」
無様に転がったヤチカの顔を、分厚い靴の底で踏みつけながら、憎々しげに井沢は言った。
ヤチカは答えない。
スレンダーな裸身を横たえて、死んだように眼をつぶっているだけだ。
その体を抱え起こすと、井沢はヤチカを部屋の中央にある肘掛け椅子に座らせた。
両手首を肘掛けに拘束し、両足を椅子の上に上げさせて、M字開脚の形にロープで固定する。
「仕方がない。お仕置きだ」
目を閉じたままのヤチカの顔に唾を吐くと、部屋の奥に向かって声をかけた。
「そこにいるんだろう? 百足丸。ちょっと出てきて、手を貸してくれないか」
「おお」とも「ああ」ともつかぬ不明瞭な返事が返ってきて、壁際のソファで黒い影がのっそりと起き上がる。
部屋の奥から姿を現したのは、伸び放題の長髪を蜘蛛の巣のようにざんばらに貌に垂らした背の高い男である。
黒いTシャツに同色のコットンパンツ。
足は裸足で、長い前髪の間から妙に白目の部分の多い片目だけがのぞいている。
「調教の続きか」
肘掛け椅子に縛りつけられた全裸のヤチカを見るなり、能面のような顔でそう言った。
「やはり催眠術とセックスだけでは、限界があるってことだな」
「そうかもしれない。この女、何かを思い出しかけているようだ。危険だが、いたしかたない。やってくれ」
「俺はかまわんが、廃人になっても知らないぞ」
「かまわない。どうせすでに廃人に近い状態だ。この女は、囮になってくれさえすれば、それでいい」
伊沢の言葉に、百足丸と呼ばれた男がヤチカに近づき、その前に胡坐をかいた。
百足丸は、つい最近、井沢のところにやってきた優越種のひとりである。
井沢がこのむさくるしいホームレスをチームに迎え入れたのは、百足丸が意外な能力を持っていたからだ。
「乳首から行くか」
百足丸が顔の前に両手を掲げた。
右手も左手も、人差し指の爪だけが異様に長く、先が注射針のように尖っている。
腕を伸ばすと、それをヤチカの裸の胸に突きつけた。
ヤチカのおわん型の乳房の頂で、少し色の濃い乳首が痛々しいほど勃起している。
その乳頭のくぼみに、ずぶりと針状の爪の先が突き刺さる。
カッとヤチカが目を開けた。
「うう…」
喉の奥でうめいた。
「俺の針は天下一品でね」
百足丸が、聞き取りにくい声でつぶやいた。
「ひと突きで、性感帯が爆発しちまうのさ」
男の言葉に嘘はなかった。
ヤチカの恐怖に見開かれた目が、艶めかしい官能の色に塗り替わるのに、長くはかからなかった。
伊沢義雄がこの沼人形工房の地下迷宮に潜伏して、もうすぐ1か月になる。
70年以上前に掘られた日本陸軍の塹壕。
それをつなげてつくられた広大な地下空間は、工房と庭園を合わせた地上部の面積にほぼ等しく、大小さまざまな部屋に分かれている。
その中でもこのシークレットルームは、いわば伊沢の私室にあたっている。
新たな仲間が見つかった時、最初に面接するのが井沢の役目だ。
使えそうなほど知能が高く精神がある程度正常であれば、仲間として迎え入れる。
が、いくら身体能力が優れていても、あまりに変異が進んでしまっている者は、”狂眼”で意志を奪った後、抹殺する。
伊沢の悩みは、最近、後者が増えてきていることだった。
まともな”優越種”のほうが少なくなってきている。
ついこの間までまともだった者が、突然妖怪じみた化け物に変異する。
そんな例が後を絶たないからだ。
図らずも真布が指摘した通り、このままでは種自体の存続が危うい。
そのことは、井沢自身にもわかりすぎるほどわかっている。
真布にはああ言ったものの、本当は杏里の肉体が喉から手が出るほど欲しい。
あの娘の持つ驚異的な治癒能力。
そこにこそ、変異を止める鍵がある。
そう、井沢は確信していた。
優越種の頂点に立つクィーン、黒野零をもしのぐあの力を、なんとしてでも、手に入れなければ…。
ドアを開けると、そこは井沢が”仕事”に使う、無味乾燥な待合室だ。
その奥にもうひとつ広い部屋があり、もっぱら伊沢はそこを己の根城にしている。
首につけたロープを引いてヤチカを引き寄せると、むき出しの尻を足蹴にして、カーペットの上に転がした。
「さっきのはなんだ? 俺がいいと言うまで、言葉を発するなと言ってあったはずだろう? いいか。おまえは家畜なんだ。まさか、その家畜の分際で、自分の意志を取り戻しましたなんて言い出すんじゃあるまいな?」
無様に転がったヤチカの顔を、分厚い靴の底で踏みつけながら、憎々しげに井沢は言った。
ヤチカは答えない。
スレンダーな裸身を横たえて、死んだように眼をつぶっているだけだ。
その体を抱え起こすと、井沢はヤチカを部屋の中央にある肘掛け椅子に座らせた。
両手首を肘掛けに拘束し、両足を椅子の上に上げさせて、M字開脚の形にロープで固定する。
「仕方がない。お仕置きだ」
目を閉じたままのヤチカの顔に唾を吐くと、部屋の奥に向かって声をかけた。
「そこにいるんだろう? 百足丸。ちょっと出てきて、手を貸してくれないか」
「おお」とも「ああ」ともつかぬ不明瞭な返事が返ってきて、壁際のソファで黒い影がのっそりと起き上がる。
部屋の奥から姿を現したのは、伸び放題の長髪を蜘蛛の巣のようにざんばらに貌に垂らした背の高い男である。
黒いTシャツに同色のコットンパンツ。
足は裸足で、長い前髪の間から妙に白目の部分の多い片目だけがのぞいている。
「調教の続きか」
肘掛け椅子に縛りつけられた全裸のヤチカを見るなり、能面のような顔でそう言った。
「やはり催眠術とセックスだけでは、限界があるってことだな」
「そうかもしれない。この女、何かを思い出しかけているようだ。危険だが、いたしかたない。やってくれ」
「俺はかまわんが、廃人になっても知らないぞ」
「かまわない。どうせすでに廃人に近い状態だ。この女は、囮になってくれさえすれば、それでいい」
伊沢の言葉に、百足丸と呼ばれた男がヤチカに近づき、その前に胡坐をかいた。
百足丸は、つい最近、井沢のところにやってきた優越種のひとりである。
井沢がこのむさくるしいホームレスをチームに迎え入れたのは、百足丸が意外な能力を持っていたからだ。
「乳首から行くか」
百足丸が顔の前に両手を掲げた。
右手も左手も、人差し指の爪だけが異様に長く、先が注射針のように尖っている。
腕を伸ばすと、それをヤチカの裸の胸に突きつけた。
ヤチカのおわん型の乳房の頂で、少し色の濃い乳首が痛々しいほど勃起している。
その乳頭のくぼみに、ずぶりと針状の爪の先が突き刺さる。
カッとヤチカが目を開けた。
「うう…」
喉の奥でうめいた。
「俺の針は天下一品でね」
百足丸が、聞き取りにくい声でつぶやいた。
「ひと突きで、性感帯が爆発しちまうのさ」
男の言葉に嘘はなかった。
ヤチカの恐怖に見開かれた目が、艶めかしい官能の色に塗り替わるのに、長くはかからなかった。
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