激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
90 / 463
第9部 倒錯のイグニス

#89 漆黒の毒爪①

しおりを挟む
 鑑賞会を中座して井沢が向かったのは、シアターと廊下をはさんで向かい合うシークレットルームである。
 伊沢義雄がこの沼人形工房の地下迷宮に潜伏して、もうすぐ1か月になる。
 70年以上前に掘られた日本陸軍の塹壕。
 それをつなげてつくられた広大な地下空間は、工房と庭園を合わせた地上部の面積にほぼ等しく、大小さまざまな部屋に分かれている。
 その中でもこのシークレットルームは、いわば伊沢の私室にあたっている。
 新たな仲間が見つかった時、最初に面接するのが井沢の役目だ。
 使えそうなほど知能が高く精神がある程度正常であれば、仲間として迎え入れる。
 が、いくら身体能力が優れていても、あまりに変異が進んでしまっている者は、”狂眼”で意志を奪った後、抹殺する。
 伊沢の悩みは、最近、後者が増えてきていることだった。
 まともな”優越種”のほうが少なくなってきている。
 ついこの間までまともだった者が、突然妖怪じみた化け物に変異する。
 そんな例が後を絶たないからだ。
 図らずも真布が指摘した通り、このままでは種自体の存続が危うい。
 そのことは、井沢自身にもわかりすぎるほどわかっている。
 真布にはああ言ったものの、本当は杏里の肉体が喉から手が出るほど欲しい。
 あの娘の持つ驚異的な治癒能力。
 そこにこそ、変異を止める鍵がある。
 そう、井沢は確信していた。
 優越種の頂点に立つクィーン、黒野零をもしのぐあの力を、なんとしてでも、手に入れなければ…。

 ドアを開けると、そこは井沢が”仕事”に使う、無味乾燥な待合室だ。
 その奥にもうひとつ広い部屋があり、もっぱら伊沢はそこを己の根城にしている。
 首につけたロープを引いてヤチカを引き寄せると、むき出しの尻を足蹴にして、カーペットの上に転がした。
「さっきのはなんだ? 俺がいいと言うまで、言葉を発するなと言ってあったはずだろう? いいか。おまえは家畜なんだ。まさか、その家畜の分際で、自分の意志を取り戻しましたなんて言い出すんじゃあるまいな?」
 無様に転がったヤチカの顔を、分厚い靴の底で踏みつけながら、憎々しげに井沢は言った。
 ヤチカは答えない。
 スレンダーな裸身を横たえて、死んだように眼をつぶっているだけだ。
 その体を抱え起こすと、井沢はヤチカを部屋の中央にある肘掛け椅子に座らせた。
 両手首を肘掛けに拘束し、両足を椅子の上に上げさせて、M字開脚の形にロープで固定する。
「仕方がない。お仕置きだ」
 目を閉じたままのヤチカの顔に唾を吐くと、部屋の奥に向かって声をかけた。
「そこにいるんだろう? 百足丸。ちょっと出てきて、手を貸してくれないか」
「おお」とも「ああ」ともつかぬ不明瞭な返事が返ってきて、壁際のソファで黒い影がのっそりと起き上がる。
 部屋の奥から姿を現したのは、伸び放題の長髪を蜘蛛の巣のようにざんばらに貌に垂らした背の高い男である。
 黒いTシャツに同色のコットンパンツ。
 足は裸足で、長い前髪の間から妙に白目の部分の多い片目だけがのぞいている。
「調教の続きか」
 肘掛け椅子に縛りつけられた全裸のヤチカを見るなり、能面のような顔でそう言った。
「やはり催眠術とセックスだけでは、限界があるってことだな」
「そうかもしれない。この女、何かを思い出しかけているようだ。危険だが、いたしかたない。やってくれ」
「俺はかまわんが、廃人になっても知らないぞ」
「かまわない。どうせすでに廃人に近い状態だ。この女は、囮になってくれさえすれば、それでいい」
 伊沢の言葉に、百足丸と呼ばれた男がヤチカに近づき、その前に胡坐をかいた。
 百足丸は、つい最近、井沢のところにやってきた優越種のひとりである。
 井沢がこのむさくるしいホームレスをチームに迎え入れたのは、百足丸が意外な能力を持っていたからだ。
「乳首から行くか」
 百足丸が顔の前に両手を掲げた。
 右手も左手も、人差し指の爪だけが異様に長く、先が注射針のように尖っている。
 腕を伸ばすと、それをヤチカの裸の胸に突きつけた。
 ヤチカのおわん型の乳房の頂で、少し色の濃い乳首が痛々しいほど勃起している。
 その乳頭のくぼみに、ずぶりと針状の爪の先が突き刺さる。
 カッとヤチカが目を開けた。
「うう…」
 喉の奥でうめいた。
「俺の針は天下一品でね」
 百足丸が、聞き取りにくい声でつぶやいた。
「ひと突きで、性感帯が爆発しちまうのさ」
 男の言葉に嘘はなかった。
 ヤチカの恐怖に見開かれた目が、艶めかしい官能の色に塗り替わるのに、長くはかからなかった。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

処理中です...