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第9部 倒錯のイグニス
#77 暴露
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「どうして…?」
言いかけて、杏里は口をつぐんだ。
下手に訊き返したら、逆に墓穴を掘りかねない。
そう思ったからだ。
が、全部口にしなくても、璃子は顔色から杏里の疑問を読み取ったようだった。
「校長だよ。校長に頼まれてたんだ。小百合先生が行きすぎないように、よく見張っとけって。なのに、少し目を離したら、このざまだ。ったく、ふみの野郎が朝寝坊するからだぜ」
「校長先生が…?」
そんなことがあるだろうか。
杏里を使って学校中を一気に浄化しようと企む校長自らが、よりによって一介の生徒に過ぎない璃子に杏里の正体をばらすだなんて…。
「最初はしょうがないから言うこと聞くふりしてたけど、あんまりうるさいから脅してこっちから訊き出してやった。なんで笹原にそんなにこだわるんだってな。そしたら、おまえは教育委員会から差し向けられた、空気清浄機みたいなものだっていうじゃないか。美里のせいで汚れ切ったこの学校の空気を浄化する、特別な存在なんだってな。ただ、そのやり方が問題で、エロスの限りを尽くして過剰な人間の欲望を引き出し、それを吸収する。その過程で、相手は一時的な記憶喪失に陥るか、老衰間際のジジイみたいに腑抜けになっちまう。それがタナトスのやり口なんだって。まあ、確かにあの時もそうだったよな。あたしとふみでおまえをシメようとした時だよ。途中でふみのやつがおかしくなって、危うくあたしまで幻覚みたいなのにやられるところだった」
璃子が言うのは、いつかのクラブハウスでの一件だろう。
あの時杏里は”触手”の力を借りてかろうじて難を逃れることができたのだが、逆に言えば、そのせいでふたりの浄化には失敗していたのである。
璃子とふみがいまだに杏里に絡んでくるのは、あの時決着をつけられなかったからなのだ。
「けどな、ちょっとエロいからって、いい気になるんじゃない。タナトスだか娼婦だか知らないが、あたしは小百合とは違うんだ」
璃子は忌々しげに言うと、スカートのポケットから黒い布切れを取り出して、顔に装着した。
それは妙に頑丈そうなマスクだった。
鼻と口を完全に覆ったその黒いマスクのせいで、璃子の顔がふと烏天狗みたいに見え、杏里はぞっとした。
「それで…私を、どうするつもりなの…?」
背筋が凍るような嫌な予感に襲われて、おずおずと杏里はたずねた。
幸いなことに近くにあのふみの気配はない。
だが、璃子が恨み言を吐き出しただけで解放してくれるとも思えなかった。
「ちょっと、お灸を据えとこうと思ってさ。小百合が元に戻るには、かなり時間と手間がかかりそうだ。だから、その間、おまえが手出しできないように、痛い目に遭わせてやる」
「手出しだなんて、そんな…」
もとよりこの個人教授は小百合からの提案なのである。
杏里の側には、小百合をどうにかしようという魂胆など、あるわけがない。
それを璃子は、杏里のほうから小百合を誘惑したと誤解しているのだろうか。
「ま、すぐ終わるから、観念しな」
言うなり、突然璃子が肘で杏里を突き飛ばした。
「う」
衝立の支柱に背中をぶつけ、床にくず折れる杏里。
「な、何するの?」
「いいから股を開くんだ」
璃子が上履きで杏里の足を蹴った。
そして、ポケットから取り出したものを見て、杏里は皿のように目を見開いた。
「い、いや…。や、やめて…」
言いかけて、杏里は口をつぐんだ。
下手に訊き返したら、逆に墓穴を掘りかねない。
そう思ったからだ。
が、全部口にしなくても、璃子は顔色から杏里の疑問を読み取ったようだった。
「校長だよ。校長に頼まれてたんだ。小百合先生が行きすぎないように、よく見張っとけって。なのに、少し目を離したら、このざまだ。ったく、ふみの野郎が朝寝坊するからだぜ」
「校長先生が…?」
そんなことがあるだろうか。
杏里を使って学校中を一気に浄化しようと企む校長自らが、よりによって一介の生徒に過ぎない璃子に杏里の正体をばらすだなんて…。
「最初はしょうがないから言うこと聞くふりしてたけど、あんまりうるさいから脅してこっちから訊き出してやった。なんで笹原にそんなにこだわるんだってな。そしたら、おまえは教育委員会から差し向けられた、空気清浄機みたいなものだっていうじゃないか。美里のせいで汚れ切ったこの学校の空気を浄化する、特別な存在なんだってな。ただ、そのやり方が問題で、エロスの限りを尽くして過剰な人間の欲望を引き出し、それを吸収する。その過程で、相手は一時的な記憶喪失に陥るか、老衰間際のジジイみたいに腑抜けになっちまう。それがタナトスのやり口なんだって。まあ、確かにあの時もそうだったよな。あたしとふみでおまえをシメようとした時だよ。途中でふみのやつがおかしくなって、危うくあたしまで幻覚みたいなのにやられるところだった」
璃子が言うのは、いつかのクラブハウスでの一件だろう。
あの時杏里は”触手”の力を借りてかろうじて難を逃れることができたのだが、逆に言えば、そのせいでふたりの浄化には失敗していたのである。
璃子とふみがいまだに杏里に絡んでくるのは、あの時決着をつけられなかったからなのだ。
「けどな、ちょっとエロいからって、いい気になるんじゃない。タナトスだか娼婦だか知らないが、あたしは小百合とは違うんだ」
璃子は忌々しげに言うと、スカートのポケットから黒い布切れを取り出して、顔に装着した。
それは妙に頑丈そうなマスクだった。
鼻と口を完全に覆ったその黒いマスクのせいで、璃子の顔がふと烏天狗みたいに見え、杏里はぞっとした。
「それで…私を、どうするつもりなの…?」
背筋が凍るような嫌な予感に襲われて、おずおずと杏里はたずねた。
幸いなことに近くにあのふみの気配はない。
だが、璃子が恨み言を吐き出しただけで解放してくれるとも思えなかった。
「ちょっと、お灸を据えとこうと思ってさ。小百合が元に戻るには、かなり時間と手間がかかりそうだ。だから、その間、おまえが手出しできないように、痛い目に遭わせてやる」
「手出しだなんて、そんな…」
もとよりこの個人教授は小百合からの提案なのである。
杏里の側には、小百合をどうにかしようという魂胆など、あるわけがない。
それを璃子は、杏里のほうから小百合を誘惑したと誤解しているのだろうか。
「ま、すぐ終わるから、観念しな」
言うなり、突然璃子が肘で杏里を突き飛ばした。
「う」
衝立の支柱に背中をぶつけ、床にくず折れる杏里。
「な、何するの?」
「いいから股を開くんだ」
璃子が上履きで杏里の足を蹴った。
そして、ポケットから取り出したものを見て、杏里は皿のように目を見開いた。
「い、いや…。や、やめて…」
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