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第9部 倒錯のイグニス

#67 生命の樹

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「新種、薔薇育成委員会?」
 茫然と、杏里はその耳慣れぬ単語を、口の中で転がしてみた。
 杏里たちが所属する”原種薔薇保存委員会”の『薔薇』は、いうまでもなく、純潔のホモサピエンスのことだ。
 となれば、新種の薔薇というのは、当然、外来種を指すことになるのだろう。
「私たちはこれまで、彼らを人類の亜種くらいにしか考えてこなかった。人間より強靭な生命力を備えた、突然変異の亜人類、それが外来種だと」
「違うのか?」
 冬美に噛みついたのは、ルナである。
「そりゃ、確かにあいつらは、個々の能力で比べれば人間に勝ってるけど、しょせんは出来損ないの奇形に過ぎないんだろう? その証拠にやつらには心がない。あるのは本能だけ。昔っからお偉いさんたちは、みんな口を酸っぱくしてそう言ってたじゃないか」
「ええ。ついこの前まではね」
 冬美が憐れむような眼で、いきり立つルナを見た。
「でも、委員会の最近の見解は、少し変わってきているの。私たち人間が気づかなかっただけで、実はこの地球には、もうひとつ別の生命の系統樹が存在してるのではないか。ひとくちに外来種といっても、そこには実はさまざまな生物種が含まれているのではないか、と…。でないと、最近の彼らの多様化が説明できないの。もう、突然変異の域を飛び越えてしまっている。今回の相手だって、そうでしょう? 美術教師の姿をした一匹は、いずなちゃんに化けた同類を犯した上に、卵を生みつけた形跡がある。いくらなんでも、人間からかけ離れすぎてるわ」
 冬美の言葉は、杏里が漠然と抱いていた疑問にひとつの答えを与えるものだった。
 違い過ぎるのだ。
 以前、杏里が対峙した外来種たちは、あの黒野零をも含めて、少なくとも外観は人間そっくりだった。
 ところが、今度の2匹はそうではない。
 最初こそ人の形をとってはいたが、最後に現れた本体はまるで昆虫そのものだった。
 思えば、あの美里がそうだったのだ。
 タナトス試作品である美里も、最終的には化け物じみた姿に変貌し、杏里に”触手”を植えつけて死んでいった。
 あの頃から、何かが致命的に狂い始めたのかもしれない…。
「”新種薔薇育成委員会”は、外来種を頂点にした、もうひとつの生態系で地球を覆い尽くそうとしているのかもしれない」
 遠くを見るような眼で、そんなことをつぶやく冬美。
「まあ、仮にそうだとしてもだ」
 寝ぐせのついた長い髪をかきあげて、小田切が言う。
「一番の問題は、この星に外来種を持ち込んだのは誰か、ということだと思う。アリゲーターガーやワニガメを日本に持ち込んだのは、人間だ。じゃあ、この地球にやつら外来種を持ち込んだのは、いったい誰なんだ?」






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