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第9部 倒錯のイグニス
#66 トロイの木馬
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「そう。たぶん、こういうことじゃないかしら。いずなちゃんそっくりに擬態した外来種の中に、もう一匹の外来種が産卵し、育った幼虫に杏里ちゃんを襲わせる。目的は、杏里ちゃんの体内に潜入して、意識ごと身体を乗っ取ること。なぜそんな手の込んだことをしたかと言えば、それは富樫さん、あなたのせい。敵はいずなちゃんと杏里ちゃんに新たなパトスが配備されたのを知っていた。あなたが超強力な念動力者だということもね。だから、あなたに気取られないように、杏里ちゃんを我が物にする必要があった。それには、杏里ちゃんを身体ごと乗っ取るのが一番いい。そう考えたのではないかしら」
冬美はルナを”富樫さん”と呼んだ。
杏里と年齢は変わらないのに、ルナには”ちゃん”づけで呼べない近寄り難さがある。
それを意識してのことだろう。
「うん、確かにあれが外来種だなんて、全然わからなかった。だって、あいつ、どこから見ても、いずなそっくりだったから。でも、いつすり替わったんだろう? あの日の朝会って言葉を交わした相手は、間違いなくいずな本人だったと思うんだけど」
金色のおくれ毛を指先にくるくる巻きつけながら、不本意そうな口調でルナが言った。
「拉致監禁事件の時には、すでに入れ替わった後だったんでしょうね。あれは2匹の外来種による茶番だった。富樫さんとともに、杏里ちゃんを呼び寄せるための、公開交尾のようなものだったのよ」
「だが、その仮説には矛盾があるな」
ぽつりと口を挟んだのは、小田切だった。
「だって、考えてもみろ。いずなに化けたのが外来種だったとしたら、なぜ杏里は”刻印”に気づかなかったんだ? いくら外見が人間にそっくりでも、外来種と肌を触れ合わせれば、タナトスの肌には刻印が浮かび上がるはずだろう? それとも、杏里、おまえは性的興奮が勝って、その兆候を見逃したとでもいうのか?」
「そんなこと、ないよ。そりゃあ、確かに、ある程度の準備はしていったけど…」
杏里はスカートのポケットの中のローターを、無意識のうちに握りしめていた。
「まあ、でもきょうはとにかく、いずなちゃんの変わり果てた姿に動転しちゃって、とてもそこまで気が回らなかったというのが、本当のところかな…」
言いながら、杏里は小さくかぶりを振った。
そう。
あの時たとえ刻印が浮かび上がっていたとしても、気づかなかった可能性は十分ある…。
学校でいずなを助けようとして美術教師に襲われた時には、確かにいつもの位置ー鎖骨の間ーに、五芒星の痣が浮かび上がっていたように思う。
が、その後の応急処置の時どうだったかについては、ほとんど覚えていない。
外来種に犯された直後だったから、たとえその時まだ刻印が消えていなかったとしても、無意識のうちにその名残りだと思い込んで見過ごしていたのかもしれない。
そしてきょうのルナの家での一件については、裸にはなったものの、触れ合ったのはほんの短い時間だったから、刻印がまだ現れていなかったという可能性も捨てきれないだろう。
そう説明すると、
「敵はそこまで計算してたのかもしれないわね。あるいは、多少の接触ではタナトスに感知されない新種の個体が出現したという証なのかもしれないし」
「あのさ。さっきから気になってたんだけど」
いつになく饒舌な冬美を、その時、不機嫌そうな口調でルナがさえぎった。
「冬美さん、あんたの言う”敵”って、いったい何者なのさ? 外来種は確かにわたしたちの敵だ。それはわかってる。でも、あんたの口ぶりでは、まるで相手に大きな組織を想定してるみたいな、そんな印象を受けるんだけど。外来種って、個々の能力は人間より高いけど、あくまで単体で行動する生き物じゃないのか? ”研修”じゃ、種族保存本能だけが異常に強い、協調性のない生命体。それが外来種だと教えられた気がするんだが」
「そう。彼らに対するこれまでの私たちの認識は、まさにそれだった。でも、その認識が間違っていたとしたら? 外来種の中にも飛び抜けて知性の高い者がいて、仲間を集め社会的集団を組織しようと企んでいるとしたら?」
「それは初耳だな。そんな兆候があるのか?」
下っ端の悲しさか、小田切も冬美の言葉には少なからず驚いているようだった。
そんな小田切を、感情のこもらないまなざしで見つめ、冬美が答えた。
「私たち”原種薔薇保存委員会”に対抗して、”新種薔薇育成委員会”。彼らはそう名乗っているわ。まったくもって、ふざけたネーミングでしょう? そう思わない?」
ってやつ」
冬美はルナを”富樫さん”と呼んだ。
杏里と年齢は変わらないのに、ルナには”ちゃん”づけで呼べない近寄り難さがある。
それを意識してのことだろう。
「うん、確かにあれが外来種だなんて、全然わからなかった。だって、あいつ、どこから見ても、いずなそっくりだったから。でも、いつすり替わったんだろう? あの日の朝会って言葉を交わした相手は、間違いなくいずな本人だったと思うんだけど」
金色のおくれ毛を指先にくるくる巻きつけながら、不本意そうな口調でルナが言った。
「拉致監禁事件の時には、すでに入れ替わった後だったんでしょうね。あれは2匹の外来種による茶番だった。富樫さんとともに、杏里ちゃんを呼び寄せるための、公開交尾のようなものだったのよ」
「だが、その仮説には矛盾があるな」
ぽつりと口を挟んだのは、小田切だった。
「だって、考えてもみろ。いずなに化けたのが外来種だったとしたら、なぜ杏里は”刻印”に気づかなかったんだ? いくら外見が人間にそっくりでも、外来種と肌を触れ合わせれば、タナトスの肌には刻印が浮かび上がるはずだろう? それとも、杏里、おまえは性的興奮が勝って、その兆候を見逃したとでもいうのか?」
「そんなこと、ないよ。そりゃあ、確かに、ある程度の準備はしていったけど…」
杏里はスカートのポケットの中のローターを、無意識のうちに握りしめていた。
「まあ、でもきょうはとにかく、いずなちゃんの変わり果てた姿に動転しちゃって、とてもそこまで気が回らなかったというのが、本当のところかな…」
言いながら、杏里は小さくかぶりを振った。
そう。
あの時たとえ刻印が浮かび上がっていたとしても、気づかなかった可能性は十分ある…。
学校でいずなを助けようとして美術教師に襲われた時には、確かにいつもの位置ー鎖骨の間ーに、五芒星の痣が浮かび上がっていたように思う。
が、その後の応急処置の時どうだったかについては、ほとんど覚えていない。
外来種に犯された直後だったから、たとえその時まだ刻印が消えていなかったとしても、無意識のうちにその名残りだと思い込んで見過ごしていたのかもしれない。
そしてきょうのルナの家での一件については、裸にはなったものの、触れ合ったのはほんの短い時間だったから、刻印がまだ現れていなかったという可能性も捨てきれないだろう。
そう説明すると、
「敵はそこまで計算してたのかもしれないわね。あるいは、多少の接触ではタナトスに感知されない新種の個体が出現したという証なのかもしれないし」
「あのさ。さっきから気になってたんだけど」
いつになく饒舌な冬美を、その時、不機嫌そうな口調でルナがさえぎった。
「冬美さん、あんたの言う”敵”って、いったい何者なのさ? 外来種は確かにわたしたちの敵だ。それはわかってる。でも、あんたの口ぶりでは、まるで相手に大きな組織を想定してるみたいな、そんな印象を受けるんだけど。外来種って、個々の能力は人間より高いけど、あくまで単体で行動する生き物じゃないのか? ”研修”じゃ、種族保存本能だけが異常に強い、協調性のない生命体。それが外来種だと教えられた気がするんだが」
「そう。彼らに対するこれまでの私たちの認識は、まさにそれだった。でも、その認識が間違っていたとしたら? 外来種の中にも飛び抜けて知性の高い者がいて、仲間を集め社会的集団を組織しようと企んでいるとしたら?」
「それは初耳だな。そんな兆候があるのか?」
下っ端の悲しさか、小田切も冬美の言葉には少なからず驚いているようだった。
そんな小田切を、感情のこもらないまなざしで見つめ、冬美が答えた。
「私たち”原種薔薇保存委員会”に対抗して、”新種薔薇育成委員会”。彼らはそう名乗っているわ。まったくもって、ふざけたネーミングでしょう? そう思わない?」
ってやつ」
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