激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

文字の大きさ
上 下
67 / 463
第9部 倒錯のイグニス

#66 トロイの木馬

しおりを挟む
「そう。たぶん、こういうことじゃないかしら。いずなちゃんそっくりに擬態した外来種の中に、もう一匹の外来種が産卵し、育った幼虫に杏里ちゃんを襲わせる。目的は、杏里ちゃんの体内に潜入して、意識ごと身体を乗っ取ること。なぜそんな手の込んだことをしたかと言えば、それは富樫さん、あなたのせい。敵はいずなちゃんと杏里ちゃんに新たなパトスが配備されたのを知っていた。あなたが超強力な念動力者だということもね。だから、あなたに気取られないように、杏里ちゃんを我が物にする必要があった。それには、杏里ちゃんを身体ごと乗っ取るのが一番いい。そう考えたのではないかしら」
 冬美はルナを”富樫さん”と呼んだ。
 杏里と年齢は変わらないのに、ルナには”ちゃん”づけで呼べない近寄り難さがある。
 それを意識してのことだろう。
「うん、確かにあれが外来種だなんて、全然わからなかった。だって、あいつ、どこから見ても、いずなそっくりだったから。でも、いつすり替わったんだろう? あの日の朝会って言葉を交わした相手は、間違いなくいずな本人だったと思うんだけど」
 金色のおくれ毛を指先にくるくる巻きつけながら、不本意そうな口調でルナが言った。
「拉致監禁事件の時には、すでに入れ替わった後だったんでしょうね。あれは2匹の外来種による茶番だった。富樫さんとともに、杏里ちゃんを呼び寄せるための、公開交尾のようなものだったのよ」
「だが、その仮説には矛盾があるな」
 ぽつりと口を挟んだのは、小田切だった。
「だって、考えてもみろ。いずなに化けたのが外来種だったとしたら、なぜ杏里は”刻印”に気づかなかったんだ? いくら外見が人間にそっくりでも、外来種と肌を触れ合わせれば、タナトスの肌には刻印が浮かび上がるはずだろう? それとも、杏里、おまえは性的興奮が勝って、その兆候を見逃したとでもいうのか?」
「そんなこと、ないよ。そりゃあ、確かに、ある程度の準備はしていったけど…」
 杏里はスカートのポケットの中のローターを、無意識のうちに握りしめていた。
「まあ、でもきょうはとにかく、いずなちゃんの変わり果てた姿に動転しちゃって、とてもそこまで気が回らなかったというのが、本当のところかな…」
 言いながら、杏里は小さくかぶりを振った。
 そう。
 あの時たとえ刻印が浮かび上がっていたとしても、気づかなかった可能性は十分ある…。
 学校でいずなを助けようとして美術教師に襲われた時には、確かにいつもの位置ー鎖骨の間ーに、五芒星の痣が浮かび上がっていたように思う。
 が、その後の応急処置の時どうだったかについては、ほとんど覚えていない。
 外来種に犯された直後だったから、たとえその時まだ刻印が消えていなかったとしても、無意識のうちにその名残りだと思い込んで見過ごしていたのかもしれない。
 そしてきょうのルナの家での一件については、裸にはなったものの、触れ合ったのはほんの短い時間だったから、刻印がまだ現れていなかったという可能性も捨てきれないだろう。
 そう説明すると、
「敵はそこまで計算してたのかもしれないわね。あるいは、多少の接触ではタナトスに感知されない新種の個体が出現したという証なのかもしれないし」
「あのさ。さっきから気になってたんだけど」
 いつになく饒舌な冬美を、その時、不機嫌そうな口調でルナがさえぎった。
「冬美さん、あんたの言う”敵”って、いったい何者なのさ? 外来種は確かにわたしたちの敵だ。それはわかってる。でも、あんたの口ぶりでは、まるで相手に大きな組織を想定してるみたいな、そんな印象を受けるんだけど。外来種って、個々の能力は人間より高いけど、あくまで単体で行動する生き物じゃないのか? ”研修”じゃ、種族保存本能だけが異常に強い、協調性のない生命体。それが外来種だと教えられた気がするんだが」
「そう。彼らに対するこれまでの私たちの認識は、まさにそれだった。でも、その認識が間違っていたとしたら? 外来種の中にも飛び抜けて知性の高い者がいて、仲間を集め社会的集団を組織しようと企んでいるとしたら?」
「それは初耳だな。そんな兆候があるのか?」
 下っ端の悲しさか、小田切も冬美の言葉には少なからず驚いているようだった。
 そんな小田切を、感情のこもらないまなざしで見つめ、冬美が答えた。
「私たち”原種薔薇保存委員会”に対抗して、”新種薔薇育成委員会”。彼らはそう名乗っているわ。まったくもって、ふざけたネーミングでしょう? そう思わない?」

 








ってやつ」
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

ナースコール

wawabubu
青春
腹膜炎で緊急手術になったおれ。若い看護師さんに剃毛されるが…

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

処理中です...