上 下
59 / 463
第9部 倒錯のイグニス

#58 検査

しおりを挟む
 杏里は裸でベッドに寝かされている。
 カーテンで四方を囲まれた狭い診察室である。
 ルナとともに杏里が運ばれたのは、東雲市の中心にある有名な総合病院だった。
 大学病院だ、と小田切は言った。
 旧帝大に属する大学病院には、外来種専門病棟が設けられることになり、そこはそのひとつなのだと。
 ルナとは別の検査室に送られた杏里は、薬液によるシャワー洗浄とCT検査の後、ここにこうしてベッドに寝かされている。
 直接外来種と接触したからには、更に精密な検査が必要とされたからだった。
 今、何時ごろなのだろう。
 天井を見上げながら、そんなことを思う。
 明日は土曜日で授業はないのだが、午前中から部活の練習が待っている。
 気は進まないものの、さぼって小百合の怒った顔を見るのは怖かった。
 自分の中に残るそんな子供っぽさが、時々杏里には不思議に思えてならないことがある。
 杏里は一介の中学生である前に、タナトスである。
 人間の”浄化”とともに、外来種殲滅の一端を担う”生体兵器”のようなものだ。
 なのに、その精神、行動ともに、”学校”という枠組みにがんじがらめに縛られてしまっている。
 だから、むやみに学校を休んだり、教師との約束を反故にしたりする気にはとてもなれないのだ。
 大怪我をして登校できない状態ならまだしも、幸か不幸か乳首に開けられた穴も脇腹の裂傷も、今や跡形もなく治っている。
 できれば検査など手っ取り早く済ませて、家に帰りたい。
 そんなことに思いを巡らせていると、
「お待たせしました」
 鈴の鳴るような声がして、カーテンを開けて白衣の人物がふたり、入ってきた。
 医者とその助手の看護師だろうか。
 白衣と帽子、そしてマスクで細かいところはよくわからないが、意外なことにふたりとも女性らしい。
「笹原杏里さんですね。かねがね、あなたのお噂はうかがってますよ」
 マスクの奥からくぐもった声で年配のほうが言った。
 年配といっても、マスクと帽子の間からのぞく目や肌の艶からして、20代後半か30代前半くらいだろうか。
 雰囲気的には、トレーナーの冬美と同年配といったところである。
 杏里は答えない。
 若いほう、まだ20代前半と見える看護師が、点滴のチューブをはずし、検温、採血とてきぱき作業をこなしていくさまを、ぼんやりとただ眺めている。
「検査といっても、大したものではありません。すでにCT検査の結果も出ていますし、それによれば、今のあなたにはどこも異常はなさそうですから。だから、これはあくまで形式的なものだと思ってください」
 だったら早く帰してよ。
 そう言い返したかったが、杏里はあえて黙っていた。
 いずなの変貌のショックがまだ尾を引いているのか、心が麻痺してしまったかのように、何もかもが気だるい。
 ーあれが、本物のいずなだったのかどうか、今となっては自信がないー
 ルナの台詞が耳の奥によみがえる。
 それが本当なら、どんなにいいだろう。
 痛いほどそう思った。
 もしそうなら、いずなはまだどこかで生きている可能性があるからだ。
 あの蛇の抜け殻みたいな皮をかぶった骨の残骸。
 あれがいずなちゃんだなんて、そんなのいやだ。
 何かの間違いに決まっている。
 でも、もしルナの予想が正しいとすると、これはいったいどういうことになるのだろう?
 拉致事件をも含めて、なんだか手の込んだ罠のような気がする。
 何のための罠かと言えば…。
 そう、おそらく、この私を殺すか、捕らえるための。
「さ、じゃあ、検査のほう、進めさせていただきますね」
 女医の声に、杏里ははっと我に返った。
 シーツはすでにはがされ、明るい照明の下で杏里はすっかり裸に剥かれてしまっている。
「まずは、下半身から」
 ビニール手袋をはずし、両手に乳液のようなものを塗りたくると、ふたりが左右に分かれ、杏里の乳房の周囲をゆっくりと撫でまわし始めた。
 女性特有の繊細な指遣いに、杏里の肌がすぐさま紅潮する。
 ふたりの手の動きは、検査というより、性感エステのマッサージに酷似している。
 最も敏感な乳首だけを避け、入念に乳房を揉まれているうちに、杏里はだんだんと淫蕩な気分に陥ってきた。
 時折快感のパルスが奔り、腰がびくんと跳ね上がる。
 そのたびにふたりの女性が、喉の奥でくっくと含み笑いの声を立てる。
「おやおや、どうしました? ここの、この乳首、ずいぶん硬くなっちゃってるみたいですけど」


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

OLサラリーマン

廣瀬純一
ファンタジー
女性社員と体が入れ替わるサラリーマンの話

隣人の女性がDVされてたから助けてみたら、なぜかその人(年下の女子大生)と同棲することになった(なんで?)

チドリ正明@不労所得発売中!!
青春
マンションの隣の部屋から女性の悲鳴と男性の怒鳴り声が聞こえた。 主人公 時田宗利(ときたむねとし)の判断は早かった。迷わず訪問し時間を稼ぎ、確証が取れた段階で警察に通報。DV男を現行犯でとっちめることに成功した。 ちっぽけな勇気と小心者が持つ単なる親切心でやった宗利は日常に戻る。 しかし、しばらくして宗時は見覚えのある女性が部屋の前にしゃがみ込んでいる姿を発見した。 その女性はDVを受けていたあの時の隣人だった。 「頼れる人がいないんです……私と一緒に暮らしてくれませんか?」 これはDVから女性を守ったことで始まる新たな恋物語。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

処理中です...