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第9部 倒錯のイグニス
#58 検査
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杏里は裸でベッドに寝かされている。
カーテンで四方を囲まれた狭い診察室である。
ルナとともに杏里が運ばれたのは、東雲市の中心にある有名な総合病院だった。
大学病院だ、と小田切は言った。
旧帝大に属する大学病院には、外来種専門病棟が設けられることになり、そこはそのひとつなのだと。
ルナとは別の検査室に送られた杏里は、薬液によるシャワー洗浄とCT検査の後、ここにこうしてベッドに寝かされている。
直接外来種と接触したからには、更に精密な検査が必要とされたからだった。
今、何時ごろなのだろう。
天井を見上げながら、そんなことを思う。
明日は土曜日で授業はないのだが、午前中から部活の練習が待っている。
気は進まないものの、さぼって小百合の怒った顔を見るのは怖かった。
自分の中に残るそんな子供っぽさが、時々杏里には不思議に思えてならないことがある。
杏里は一介の中学生である前に、タナトスである。
人間の”浄化”とともに、外来種殲滅の一端を担う”生体兵器”のようなものだ。
なのに、その精神、行動ともに、”学校”という枠組みにがんじがらめに縛られてしまっている。
だから、むやみに学校を休んだり、教師との約束を反故にしたりする気にはとてもなれないのだ。
大怪我をして登校できない状態ならまだしも、幸か不幸か乳首に開けられた穴も脇腹の裂傷も、今や跡形もなく治っている。
できれば検査など手っ取り早く済ませて、家に帰りたい。
そんなことに思いを巡らせていると、
「お待たせしました」
鈴の鳴るような声がして、カーテンを開けて白衣の人物がふたり、入ってきた。
医者とその助手の看護師だろうか。
白衣と帽子、そしてマスクで細かいところはよくわからないが、意外なことにふたりとも女性らしい。
「笹原杏里さんですね。かねがね、あなたのお噂はうかがってますよ」
マスクの奥からくぐもった声で年配のほうが言った。
年配といっても、マスクと帽子の間からのぞく目や肌の艶からして、20代後半か30代前半くらいだろうか。
雰囲気的には、トレーナーの冬美と同年配といったところである。
杏里は答えない。
若いほう、まだ20代前半と見える看護師が、点滴のチューブをはずし、検温、採血とてきぱき作業をこなしていくさまを、ぼんやりとただ眺めている。
「検査といっても、大したものではありません。すでにCT検査の結果も出ていますし、それによれば、今のあなたにはどこも異常はなさそうですから。だから、これはあくまで形式的なものだと思ってください」
だったら早く帰してよ。
そう言い返したかったが、杏里はあえて黙っていた。
いずなの変貌のショックがまだ尾を引いているのか、心が麻痺してしまったかのように、何もかもが気だるい。
ーあれが、本物のいずなだったのかどうか、今となっては自信がないー
ルナの台詞が耳の奥によみがえる。
それが本当なら、どんなにいいだろう。
痛いほどそう思った。
もしそうなら、いずなはまだどこかで生きている可能性があるからだ。
あの蛇の抜け殻みたいな皮をかぶった骨の残骸。
あれがいずなちゃんだなんて、そんなのいやだ。
何かの間違いに決まっている。
でも、もしルナの予想が正しいとすると、これはいったいどういうことになるのだろう?
拉致事件をも含めて、なんだか手の込んだ罠のような気がする。
何のための罠かと言えば…。
そう、おそらく、この私を殺すか、捕らえるための。
「さ、じゃあ、検査のほう、進めさせていただきますね」
女医の声に、杏里ははっと我に返った。
シーツはすでにはがされ、明るい照明の下で杏里はすっかり裸に剥かれてしまっている。
「まずは、下半身から」
ビニール手袋をはずし、両手に乳液のようなものを塗りたくると、ふたりが左右に分かれ、杏里の乳房の周囲をゆっくりと撫でまわし始めた。
女性特有の繊細な指遣いに、杏里の肌がすぐさま紅潮する。
ふたりの手の動きは、検査というより、性感エステのマッサージに酷似している。
最も敏感な乳首だけを避け、入念に乳房を揉まれているうちに、杏里はだんだんと淫蕩な気分に陥ってきた。
時折快感のパルスが奔り、腰がびくんと跳ね上がる。
そのたびにふたりの女性が、喉の奥でくっくと含み笑いの声を立てる。
「おやおや、どうしました? ここの、この乳首、ずいぶん硬くなっちゃってるみたいですけど」
カーテンで四方を囲まれた狭い診察室である。
ルナとともに杏里が運ばれたのは、東雲市の中心にある有名な総合病院だった。
大学病院だ、と小田切は言った。
旧帝大に属する大学病院には、外来種専門病棟が設けられることになり、そこはそのひとつなのだと。
ルナとは別の検査室に送られた杏里は、薬液によるシャワー洗浄とCT検査の後、ここにこうしてベッドに寝かされている。
直接外来種と接触したからには、更に精密な検査が必要とされたからだった。
今、何時ごろなのだろう。
天井を見上げながら、そんなことを思う。
明日は土曜日で授業はないのだが、午前中から部活の練習が待っている。
気は進まないものの、さぼって小百合の怒った顔を見るのは怖かった。
自分の中に残るそんな子供っぽさが、時々杏里には不思議に思えてならないことがある。
杏里は一介の中学生である前に、タナトスである。
人間の”浄化”とともに、外来種殲滅の一端を担う”生体兵器”のようなものだ。
なのに、その精神、行動ともに、”学校”という枠組みにがんじがらめに縛られてしまっている。
だから、むやみに学校を休んだり、教師との約束を反故にしたりする気にはとてもなれないのだ。
大怪我をして登校できない状態ならまだしも、幸か不幸か乳首に開けられた穴も脇腹の裂傷も、今や跡形もなく治っている。
できれば検査など手っ取り早く済ませて、家に帰りたい。
そんなことに思いを巡らせていると、
「お待たせしました」
鈴の鳴るような声がして、カーテンを開けて白衣の人物がふたり、入ってきた。
医者とその助手の看護師だろうか。
白衣と帽子、そしてマスクで細かいところはよくわからないが、意外なことにふたりとも女性らしい。
「笹原杏里さんですね。かねがね、あなたのお噂はうかがってますよ」
マスクの奥からくぐもった声で年配のほうが言った。
年配といっても、マスクと帽子の間からのぞく目や肌の艶からして、20代後半か30代前半くらいだろうか。
雰囲気的には、トレーナーの冬美と同年配といったところである。
杏里は答えない。
若いほう、まだ20代前半と見える看護師が、点滴のチューブをはずし、検温、採血とてきぱき作業をこなしていくさまを、ぼんやりとただ眺めている。
「検査といっても、大したものではありません。すでにCT検査の結果も出ていますし、それによれば、今のあなたにはどこも異常はなさそうですから。だから、これはあくまで形式的なものだと思ってください」
だったら早く帰してよ。
そう言い返したかったが、杏里はあえて黙っていた。
いずなの変貌のショックがまだ尾を引いているのか、心が麻痺してしまったかのように、何もかもが気だるい。
ーあれが、本物のいずなだったのかどうか、今となっては自信がないー
ルナの台詞が耳の奥によみがえる。
それが本当なら、どんなにいいだろう。
痛いほどそう思った。
もしそうなら、いずなはまだどこかで生きている可能性があるからだ。
あの蛇の抜け殻みたいな皮をかぶった骨の残骸。
あれがいずなちゃんだなんて、そんなのいやだ。
何かの間違いに決まっている。
でも、もしルナの予想が正しいとすると、これはいったいどういうことになるのだろう?
拉致事件をも含めて、なんだか手の込んだ罠のような気がする。
何のための罠かと言えば…。
そう、おそらく、この私を殺すか、捕らえるための。
「さ、じゃあ、検査のほう、進めさせていただきますね」
女医の声に、杏里ははっと我に返った。
シーツはすでにはがされ、明るい照明の下で杏里はすっかり裸に剥かれてしまっている。
「まずは、下半身から」
ビニール手袋をはずし、両手に乳液のようなものを塗りたくると、ふたりが左右に分かれ、杏里の乳房の周囲をゆっくりと撫でまわし始めた。
女性特有の繊細な指遣いに、杏里の肌がすぐさま紅潮する。
ふたりの手の動きは、検査というより、性感エステのマッサージに酷似している。
最も敏感な乳首だけを避け、入念に乳房を揉まれているうちに、杏里はだんだんと淫蕩な気分に陥ってきた。
時折快感のパルスが奔り、腰がびくんと跳ね上がる。
そのたびにふたりの女性が、喉の奥でくっくと含み笑いの声を立てる。
「おやおや、どうしました? ここの、この乳首、ずいぶん硬くなっちゃってるみたいですけど」
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