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第9部 倒錯のイグニス
#46 基礎訓練⑮
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「遅かったな」
更衣室で新しいレオタードに着替えていると、乱暴にドアを開け放って小百合が入ってきた。
太い首筋とこめかみに血管が浮かび上がっているところを見ると、かなり機嫌が悪いらしい。
「すみません。校長先生に呼ばれていたものですから」
あわててレオタードの肩ひもを肩にかけ、杏里は弁解した。
材質は同じだが、きょうのレオタードは紺色である。
だから、一見したところ、スクール水着のように見える。
レオタードは都合三着、璃子から渡されていた。
白とベージュ、そしてこの紺色だ。
練習が毎日あっても、洗濯さえ怠らなければ、三着で十分間に合う。
ただ、できれば、ほかのメンバーのように、早くちゃんとしたユニフォームがほしいと思う。
「イベントの話なら、聞いている」
若干表情を和らげて、小百合が言った。
「私も参加するように言われている。どんな役割なのかは、まだ聞かされていないが」
「先生も…ですか?」
そういえば、大山もそのようなことを口の端にのぼせていた。
もしかしたら、と杏里は思う。
小百合とのこの個人練習も、そのイベントの準備なのではないだろうか。
効率よく逃げながら、鬼たちを浄化していく技を身につけるための…。
小百合にその意図はないにしろ、もしかしたら、校長の大山が陰でそれとなく、そう仕向けているのかも…。
「時間がない。きょうは走り込みはいいから、すぐ私の部屋に来い。きのうに続いて、プロレス技を解く練習をする」
「でも、レスリングとプロレスは違うんですよね…? どうしてそんな、プロレスの技ばっかり…」
それも疑問だった。
ネットで少し調べてみたら、レスリングの技は、安全第一が基本だと書いてあったのだ。
例えばきのうかけられた絞め技は、だから危険すぎて本来なら反則なのではあるまいか。
「そう、その通り。プロレスの技には、危険なものが多い。そのまま試合で使えば反則だ。ただ、これは練習だから、反則もなにもない。むしろ危険な技を回避する技術を身につけることで、おまえはほかのメンバーたちよりずっと優位に立てる。これは、そのための個人練習なのだ。準備ができ次第、部屋に来い。私は先に行っている」
その逆三角形のたくましい背中を見送りながら、杏里は深いため息をついた。
最近、ため息ばかりついている気がする。
今のため息は、きょうのメニューを思い出したからだ。
キャメルクラッチ。
ネットの画像で見た。
信じられないくらい、痛そうだった。
が、自分がもはや、痛みを感じない身体だということはわかっている。
いや、むしろ、その技をかけられている自分の姿を想像すると…。
更衣室にも、鏡はあった。
杏里はその前に立つと、きわどいレオタードに包まれたはちきれそうな己の肢体をしげしげと観察した。
乳房の形も、乳輪も、乳首もへそも恥丘のスリットも、すべてが克明にトレースされた極薄の布は、ある意味全裸よりエロチックだ。
鏡の中の自分に顔を近づけると、杏里はその唇にそっと己の唇を押し当てた。
いとしい分身の唇は、とても冷たく、かすかに埃っぽい味がした。
更衣室で新しいレオタードに着替えていると、乱暴にドアを開け放って小百合が入ってきた。
太い首筋とこめかみに血管が浮かび上がっているところを見ると、かなり機嫌が悪いらしい。
「すみません。校長先生に呼ばれていたものですから」
あわててレオタードの肩ひもを肩にかけ、杏里は弁解した。
材質は同じだが、きょうのレオタードは紺色である。
だから、一見したところ、スクール水着のように見える。
レオタードは都合三着、璃子から渡されていた。
白とベージュ、そしてこの紺色だ。
練習が毎日あっても、洗濯さえ怠らなければ、三着で十分間に合う。
ただ、できれば、ほかのメンバーのように、早くちゃんとしたユニフォームがほしいと思う。
「イベントの話なら、聞いている」
若干表情を和らげて、小百合が言った。
「私も参加するように言われている。どんな役割なのかは、まだ聞かされていないが」
「先生も…ですか?」
そういえば、大山もそのようなことを口の端にのぼせていた。
もしかしたら、と杏里は思う。
小百合とのこの個人練習も、そのイベントの準備なのではないだろうか。
効率よく逃げながら、鬼たちを浄化していく技を身につけるための…。
小百合にその意図はないにしろ、もしかしたら、校長の大山が陰でそれとなく、そう仕向けているのかも…。
「時間がない。きょうは走り込みはいいから、すぐ私の部屋に来い。きのうに続いて、プロレス技を解く練習をする」
「でも、レスリングとプロレスは違うんですよね…? どうしてそんな、プロレスの技ばっかり…」
それも疑問だった。
ネットで少し調べてみたら、レスリングの技は、安全第一が基本だと書いてあったのだ。
例えばきのうかけられた絞め技は、だから危険すぎて本来なら反則なのではあるまいか。
「そう、その通り。プロレスの技には、危険なものが多い。そのまま試合で使えば反則だ。ただ、これは練習だから、反則もなにもない。むしろ危険な技を回避する技術を身につけることで、おまえはほかのメンバーたちよりずっと優位に立てる。これは、そのための個人練習なのだ。準備ができ次第、部屋に来い。私は先に行っている」
その逆三角形のたくましい背中を見送りながら、杏里は深いため息をついた。
最近、ため息ばかりついている気がする。
今のため息は、きょうのメニューを思い出したからだ。
キャメルクラッチ。
ネットの画像で見た。
信じられないくらい、痛そうだった。
が、自分がもはや、痛みを感じない身体だということはわかっている。
いや、むしろ、その技をかけられている自分の姿を想像すると…。
更衣室にも、鏡はあった。
杏里はその前に立つと、きわどいレオタードに包まれたはちきれそうな己の肢体をしげしげと観察した。
乳房の形も、乳輪も、乳首もへそも恥丘のスリットも、すべてが克明にトレースされた極薄の布は、ある意味全裸よりエロチックだ。
鏡の中の自分に顔を近づけると、杏里はその唇にそっと己の唇を押し当てた。
いとしい分身の唇は、とても冷たく、かすかに埃っぽい味がした。
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