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第9部 倒錯のイグニス
#36 基礎訓練⑤
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頭ひとつ分背の高い小百合に抱かれると、杏里の顔はちょうどその胸のあたりに来る。
目と鼻の先で、さらしのように巻いただけのトップスを、硬そうなふたつの突起がつき上げている。
杏里の太腿ほどもある両腕のつけ根から、かすかに腋臭が臭った。
「レスリングについては、どれだけ知っている?」
杏里を抱きしめ、背中をグローブのような手のひらでなでながら、小百合が訊いた。
「知らないです…全然」
正直に、杏里は答えた。
「純に、いえ、入江さんに誘われて、つき合いで入部審査を受けただけなので…」
「つき合いで、か」
頭の上で、小百合が苦笑するのがわかった。
「ま、きっかけは何でもいい。ルールなども、細かいことはアニスが教えてくれるだろう。今は、大まかにこれだけ説明しておこう。レスリングは、2分間の勝負を3回行い、各ピリオドごとに奪ったポイントによってその勝敗が決まる。技によって、1ポイントから5ポイントまで点数がつけられ、2ピリオド取った者が勝者になるというわけだ。もっとも、勝利の手段は、ポイントだけではない。たとえポイントで負けていても、フォールを決めれば、決めた者が勝ちとなる。フォールというのは、相手の両肩を、マットに1秒間つけること。試合のスタイルには、上半身のみを使って戦うグレコローマンと、全身のどこを使ってもいいフリースタイルの2種がある。うちの部は初心者ばかりだから、今度の紅白戦では、後者を採用するつもりでいる。そのほうが、おまえもやりやすいだろうからな」
フリースタイルが、なぜやりやすいのか、杏里にはまるでピンとこない。
2分間3セットというのは、長いのか短いのか。
相手の両肩をマットにつけるというのはプロレスと同じみたいだが、1秒間というのは試合中はどれくらいの長さに感じられるものなのだろう…?
わからないことばかりで、頭は混乱するいっぽうだ。
「それでこの特別指導だが、笹原、おまえにも勝てる方法を教えてやろうと思う」
杏里を抱きしめる腕に力を込めて、小百合が言った。
「無理です…そんな」
苦しくなり、身をよじる杏里。
ただでさえかさばる乳房が、小百合の6つに割れた腹筋に押しつけられ、半ばつぶれてしまっている。
「確かにおまえ以外のメンバーは、こと運動面、体力面に関しては、この学校でトップクラスの者ばかりだ。校庭10周のランニングにも耐えられない非力なおまえが正面から立ち向かっても、勝てるはずがない。だが、やり方さえ間違えなければ、おまえでも勝つことは十分可能なのだ。それは、私が保証する」
「そんな…」
信じられない、と杏里は思う。
メンバーの中で一番小柄なトモですら、杏里の数倍すばしっこくて強そうなのだ。
「私には無理です。むしろ、紅白戦からははずしてもらったほうが…」
小百合の腕から逃れるのをあきらめて、杏里は体の力を抜いた。
押しつけられた鋼鉄のような筋肉は、かすかに湿っていて、熱い。
腋臭の臭いは徐々に強くなってくるようだ。
小百合が興奮し始めている証拠だった。
「なあに、大丈夫だ。アニスの必殺技をかわしたおまえなら」
小百合は笑ったようだった。
「あれのキャメルクラッチは天下一品。普通、かけられたら、この私ですら逃れるのにひと苦労するほどなのに」
「ただの、偶然です…私は、別に、何も…」
かぶりを振る杏里。
「そうかな」
顎をつかまれ、顔を上げさせられた。
ごつい岩のような馬面の中で、落ちくぼんだふたつの目が、杏里をじっと見下ろしている。
「きょうは、それを試してみようと思う。フリースタイルでは、寝技や締め技をかけられる機会が多くなる。まずはそれをいかにはずすかがポイントになる。おまえはそれを徹底的に追求するのだ。私相手に、な」
目と鼻の先で、さらしのように巻いただけのトップスを、硬そうなふたつの突起がつき上げている。
杏里の太腿ほどもある両腕のつけ根から、かすかに腋臭が臭った。
「レスリングについては、どれだけ知っている?」
杏里を抱きしめ、背中をグローブのような手のひらでなでながら、小百合が訊いた。
「知らないです…全然」
正直に、杏里は答えた。
「純に、いえ、入江さんに誘われて、つき合いで入部審査を受けただけなので…」
「つき合いで、か」
頭の上で、小百合が苦笑するのがわかった。
「ま、きっかけは何でもいい。ルールなども、細かいことはアニスが教えてくれるだろう。今は、大まかにこれだけ説明しておこう。レスリングは、2分間の勝負を3回行い、各ピリオドごとに奪ったポイントによってその勝敗が決まる。技によって、1ポイントから5ポイントまで点数がつけられ、2ピリオド取った者が勝者になるというわけだ。もっとも、勝利の手段は、ポイントだけではない。たとえポイントで負けていても、フォールを決めれば、決めた者が勝ちとなる。フォールというのは、相手の両肩を、マットに1秒間つけること。試合のスタイルには、上半身のみを使って戦うグレコローマンと、全身のどこを使ってもいいフリースタイルの2種がある。うちの部は初心者ばかりだから、今度の紅白戦では、後者を採用するつもりでいる。そのほうが、おまえもやりやすいだろうからな」
フリースタイルが、なぜやりやすいのか、杏里にはまるでピンとこない。
2分間3セットというのは、長いのか短いのか。
相手の両肩をマットにつけるというのはプロレスと同じみたいだが、1秒間というのは試合中はどれくらいの長さに感じられるものなのだろう…?
わからないことばかりで、頭は混乱するいっぽうだ。
「それでこの特別指導だが、笹原、おまえにも勝てる方法を教えてやろうと思う」
杏里を抱きしめる腕に力を込めて、小百合が言った。
「無理です…そんな」
苦しくなり、身をよじる杏里。
ただでさえかさばる乳房が、小百合の6つに割れた腹筋に押しつけられ、半ばつぶれてしまっている。
「確かにおまえ以外のメンバーは、こと運動面、体力面に関しては、この学校でトップクラスの者ばかりだ。校庭10周のランニングにも耐えられない非力なおまえが正面から立ち向かっても、勝てるはずがない。だが、やり方さえ間違えなければ、おまえでも勝つことは十分可能なのだ。それは、私が保証する」
「そんな…」
信じられない、と杏里は思う。
メンバーの中で一番小柄なトモですら、杏里の数倍すばしっこくて強そうなのだ。
「私には無理です。むしろ、紅白戦からははずしてもらったほうが…」
小百合の腕から逃れるのをあきらめて、杏里は体の力を抜いた。
押しつけられた鋼鉄のような筋肉は、かすかに湿っていて、熱い。
腋臭の臭いは徐々に強くなってくるようだ。
小百合が興奮し始めている証拠だった。
「なあに、大丈夫だ。アニスの必殺技をかわしたおまえなら」
小百合は笑ったようだった。
「あれのキャメルクラッチは天下一品。普通、かけられたら、この私ですら逃れるのにひと苦労するほどなのに」
「ただの、偶然です…私は、別に、何も…」
かぶりを振る杏里。
「そうかな」
顎をつかまれ、顔を上げさせられた。
ごつい岩のような馬面の中で、落ちくぼんだふたつの目が、杏里をじっと見下ろしている。
「きょうは、それを試してみようと思う。フリースタイルでは、寝技や締め技をかけられる機会が多くなる。まずはそれをいかにはずすかがポイントになる。おまえはそれを徹底的に追求するのだ。私相手に、な」
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