激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#21 緊急事態③

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「私、行かなきゃ」
 スマホを純の胸に押しつけると、ひったくるようにリュックを取って杏里は駆け出した。
「行くってどこに?」
 驚いたような純の声を背に、廊下にまろび出る。
 いずなは杏里の”後輩”だ。
 歳は同じだが、タナトスとしての後輩なのである。
 初任務に怯えるいずなを調教して、性の歓びを教えたのも杏里だった。
 何があったのかはわからない。
 だが、放ってはおけない、と思う。
 由羅がいない今となっては、いずなは数少ない同胞である。
 これ以上、仲間を失うわけにはいかないのだ。
 転がるように正門を出た時だった。
 門をふさぐように、大型タクシーが停まった。
 窓の向こうから、アクアマリンの瞳が杏里を見た。
 ドアが開いて下りてきたのは、背の高い金髪の少女である。
「ルナ…」
 杏里は立ち止まった。
 きょうのルナは、杏里たちと同じグレーのブレザーではなく、ワインレッドのセーラー服を着ている。
 いずなの通う荘内橋中学の制服だ。
「杏里、手を貸して」
 杏里が口を開くより早く、ルナが言った。
 西洋人形のように端正な顔が、心なしか強張っている。
「いずなちゃんのこと?」
「ああ。済まない。わたしのせいだ」
「何があったの?」
 タクシーに戻るルナに続いて、杏里も後部座席に乗り込んだ。
「外来種だと思う」
 助手席から振り向いたのは、ボブカットの眼鏡男子、栗栖重人である。
 いつのまにか、重人はルナと顔見知りになったらしい。
「でも、様子が変なんだ」
 杏里のほうに身を乗り出し、その重人が続けた。
「僕、思うんだけど、最近、種としての外来種に何か大きな変化が起きてるのかもしれない」
「どういうこと?」
 杏里は眉をひそめた。
 重人の言うことは、難しすぎて時々意味がわからない。
「変異種が多すぎる。たとえば、あの美里先生みたいな…」
「美里は人間だったでしょ。外来種じゃない」
「そうかな? その境界線が崩れてきてる気がするんだよ」
 人間と外来種の境界線?
 でも、それなら、杏里たちこそまさにその境界線上に位置する生物であるはずだ。
「曙中にこの秋転任してきた教師。それが外来種だった。いずなはその外来種の浄化に失敗したんだ。わたしが少し目を離した隙に」
 運転手に行先を告げ、シートに背を戻すと、苦渋に満ちた口調でルナが言った。
「あなた、いずなちゃんを優先して守るって言ってたじゃない。あなたの力なら、たとえ相手が外来種だろうと、すぐに助けられるんじゃなかったの?」
 現にルナは、杏里の目の前で、交通事故に見せかけて外来種をひとり殺している。
 あのサイコキネシスがあれば、無敵ではないのか。
 非力な私の出る幕があるなんて、とても思えない…。
「現場を見ればわかる。あの状況では、わたしひとりではとうてい無理だ。どうしてもおまえの助けが要る」
 念動力者のルナすらも、さじを投げる状況。
 それがどんなものなのか、杏里には想像もつかなかった。
 重人の言葉と何か関係があるのだろうか。
 最近、外来種には、変異種が多すぎる…。
 美里はタナトスではなく、本当は外来種だった…?
「停めて」
 運河を渡り、住宅街に入ったところでルナが短く言った。
「ここで降ろして。おつりは要らないから」
 運転手にそう告げて、ドアが開くのももどかしく、車外に出ていった。
 建売住宅の間から、学校の建物の一部が見えている。
 どうやらここは裏門の近くのようだ。
「正門は、マスコミや警官隊でいっぱいだから、裏から入る。もちろん裏門にも誰かいるだろうけど、それはわたしが排除する」
 ブロンドの前髪をかき上げて、ルナが言った。
「重人は外で待機。テレパシーで周囲の状況を逐一教えて。杏里はわたしと一緒に来るの。いずなは4階にいる」
「私、どうすれば…」
 途方に暮れて、杏里はつぶやいた。
 助けなければならない。
 そう心に決めたものの、どうするのかはまるで考えていなかったのだ。
「ジェニーに聞いた。おまえは、外来種をも浄化できるタナトスだと。今こそ、その力を試すんだ」
 そう言って杏里の目を覗き込んだルナの瞳は、南極の氷河の下の湖のように、ひんやりと冷たく澄んでいた。
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