21 / 463
第9部 倒錯のイグニス
#20 緊急事態②
しおりを挟む
「あ、璃子」
ふみの腕の力が緩んだ。
ふみは璃子に弱い。
なぜだかわからないが、このふたりの間には確固とした主従関係が成立しているらしいのだ。
杏里はふみの腕を振りほどいた。
巨体の下から転がり出ると、部屋の隅まで逃れてスカートとブラウスを直した。
「前から言ってるだろ? 学園祭まで我慢しろって。学祭が来れば、好きなだけそいつを抱けるんだ。今暴走して、そのチャンスをふいにしたいのか?」
璃子がハスキーヴォイスでまくし立てた。
「わかったよ…」
ふみの顔には完全に怯えの表情が浮かんでいる。
杏里はひっかかるものを感じて戸口の璃子を見た。
この子、知ってるのだろうか?
学園祭最終日に行われる、あの秘密のイベントの内容を?
でも、まだ正式な発表もないのに、なぜ?
「ということだ、笹原」
璃子が意味ありげな視線を返してくる。
「ここは大人しく引いてやるけど、これで終わったと思うなよ。いつか、おまえの化けの皮、あたしらが剥がしてやるからな」
未練たっぷりに杏里のほうを振り返りながら、璃子に連れられてふみが出ていった。
楽屋の中には、ニンニク臭いふみの口臭が色濃く漂っている。
廊下にふたりの姿がないのを確かめ、杏里も外に出た。
裏口から校舎裏を回り、遠回りして教室に戻った。
人気のない教室に、すらりとした人影。
振り向いたのは、純である。
「待っててくれたの?」
その姿を目に止め、杏里は少しうれしくなった。
あたたかいものが、胸の底からこみ上げてくる。
「うん、まあ…」
生返事をしたものの、純は様子がおかしかった。
スマホの画面を食い入るように覗き込んでいるのだ。
「どうしたの?」
そばによると、
「それがさ、なんだか、隣町の中学、今大変なことになってるみたい」
そう言って、スマホの画面を差し出してきた。
画面の映っているのは、LINEニュースである。
『異常者、女子生徒を盾に学校に籠城』
そんなぶっそうなテロップが踊っている。
「隣町の中学って…?」
隣町と言えば、杏里の住んでいる区域である。
そしてここから一番近いのは、荘内橋中学だ。
荘内橋は、本当は杏里が通うはずだった学校だった。
そして、杏里の代わりに配置されたのは…。
嫌な予感がした。
とてつもなく嫌な予感。
「荘内橋中だよ。ああ、なんとかしてあげないと、この子、やばいかも」
「この子?」
「ほら、窓のところに人影が見えるでしょ? 犯人は陰に隠れてるけど、窓のところに女の子が」
「貸して」
杏里は奪い取るように純からスマホを譲り受けると、小さな画面に目を凝らした。
不鮮明な画像は、地上から見上げた校舎の窓だった。
教室の窓のひとつに、こちらを向いて窓ガラスに張りついた少女の姿が見える。
三つ編みのそのあどけない顔には見覚えがあった。
「いずなちゃん…」
杏里は呆然とつぶやいた。
籠城した異常者に人質にされている少女。
それは間違いなく、あの稲盛いずなだったのだ。
ふみの腕の力が緩んだ。
ふみは璃子に弱い。
なぜだかわからないが、このふたりの間には確固とした主従関係が成立しているらしいのだ。
杏里はふみの腕を振りほどいた。
巨体の下から転がり出ると、部屋の隅まで逃れてスカートとブラウスを直した。
「前から言ってるだろ? 学園祭まで我慢しろって。学祭が来れば、好きなだけそいつを抱けるんだ。今暴走して、そのチャンスをふいにしたいのか?」
璃子がハスキーヴォイスでまくし立てた。
「わかったよ…」
ふみの顔には完全に怯えの表情が浮かんでいる。
杏里はひっかかるものを感じて戸口の璃子を見た。
この子、知ってるのだろうか?
学園祭最終日に行われる、あの秘密のイベントの内容を?
でも、まだ正式な発表もないのに、なぜ?
「ということだ、笹原」
璃子が意味ありげな視線を返してくる。
「ここは大人しく引いてやるけど、これで終わったと思うなよ。いつか、おまえの化けの皮、あたしらが剥がしてやるからな」
未練たっぷりに杏里のほうを振り返りながら、璃子に連れられてふみが出ていった。
楽屋の中には、ニンニク臭いふみの口臭が色濃く漂っている。
廊下にふたりの姿がないのを確かめ、杏里も外に出た。
裏口から校舎裏を回り、遠回りして教室に戻った。
人気のない教室に、すらりとした人影。
振り向いたのは、純である。
「待っててくれたの?」
その姿を目に止め、杏里は少しうれしくなった。
あたたかいものが、胸の底からこみ上げてくる。
「うん、まあ…」
生返事をしたものの、純は様子がおかしかった。
スマホの画面を食い入るように覗き込んでいるのだ。
「どうしたの?」
そばによると、
「それがさ、なんだか、隣町の中学、今大変なことになってるみたい」
そう言って、スマホの画面を差し出してきた。
画面の映っているのは、LINEニュースである。
『異常者、女子生徒を盾に学校に籠城』
そんなぶっそうなテロップが踊っている。
「隣町の中学って…?」
隣町と言えば、杏里の住んでいる区域である。
そしてここから一番近いのは、荘内橋中学だ。
荘内橋は、本当は杏里が通うはずだった学校だった。
そして、杏里の代わりに配置されたのは…。
嫌な予感がした。
とてつもなく嫌な予感。
「荘内橋中だよ。ああ、なんとかしてあげないと、この子、やばいかも」
「この子?」
「ほら、窓のところに人影が見えるでしょ? 犯人は陰に隠れてるけど、窓のところに女の子が」
「貸して」
杏里は奪い取るように純からスマホを譲り受けると、小さな画面に目を凝らした。
不鮮明な画像は、地上から見上げた校舎の窓だった。
教室の窓のひとつに、こちらを向いて窓ガラスに張りついた少女の姿が見える。
三つ編みのそのあどけない顔には見覚えがあった。
「いずなちゃん…」
杏里は呆然とつぶやいた。
籠城した異常者に人質にされている少女。
それは間違いなく、あの稲盛いずなだったのだ。
0
お気に入りに追加
32
あなたにおすすめの小説
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

会社の上司の妻との禁断の関係に溺れた男の物語
六角
恋愛
日本の大都市で働くサラリーマンが、偶然出会った上司の妻に一目惚れしてしまう。彼女に強く引き寄せられるように、彼女との禁断の関係に溺れていく。しかし、会社に知られてしまい、別れを余儀なくされる。彼女との別れに苦しみ、彼女を忘れることができずにいる。彼女との関係は、運命的なものであり、彼女との愛は一生忘れることができない。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる