激甚のタナトス ~世界でおまえが生きる意味について~【激闘編】

戸影絵麻

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第9部 倒錯のイグニス

#3 黒い噂

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「ね、いいでしょ? レスリング部。あの小谷選手の指導がタダで受けられるんだよ。こんなチャンス、逃す手、ないじゃん」
 その日の昼休み。
 教室の片隅で、途方に暮れた杏里を相手に、純が口角泡を飛ばして機関銃のようにしゃべっている。
 箸の先に突き刺した弁当のウインナーは、よく動く純の口の前で止まったままになっている。
「でね、さっき職員室で聞いてきたんだけどさ、明日からさっそく部員の募集始めるんだって。早い者勝ちってことはないと思うけど、さっそく行ってみようよ、体験入部」
 校長の”禁止令”は、心身ともに疲弊しきった杏里にとって、ある意味好都合だった。
 クラスの連中は遠巻きに杏里を眺めるだけで、近寄ってこようとしないのだ。
 あの璃子とふみでさえ、そうだった。
 ただ、ねっとりした視線を遠くの席から送ってくるだけなのである。
 が、杏里にとっての最大の誤算は、この純だった。
 ひとりだけ”浄化”の済んでいる純は、何の屈託もなく、友だち気取りで積極的に杏里に話しかけてくるのだ。
 これまで純正の人間の友だちというものを持ったことのない杏里は、純の押しの強さに戸惑うばかりだ。
 浄化が済むや否や、次の学校へと転校する。
 それが今までの杏里の行動パターンだったため、浄化後の人間と懇意に接したことがなかったからである。
「でも、純はもうほかの部活に入ってるんでしょ? その体格ならレギュラーなんじゃないの?」
 矛先をかわそうとそう突っ込んでみたが、純は眉ひとつ動かさず、
「まあね。一応バレー部の副キャプテン。でも、いいんだよ。もう決めたんだから。あたしはバレーやめて、レスリング部に入る。もちろん、杏里、あんたと一緒にね」
 ウインナーで杏里の鼻を指しながら、きっぱりと言い切る始末だった。
「そんな…勝手に決めないで」
 杏里は困り果てていた。
 どうしてこの子、こんなにも私につきまとうのだろう?
 浄化の時の記憶は失っているけど、潜在意識の中に私の肌との親和性みたいなものが残っているのだろうか。
 ほとんど初対面と変わらないのに、純は昔からの友だち同士のような顔で杏里に接してくるのだ。
「私、本当に運動って駄目なんだから」
 杏里は気弱げに苦笑して、純の顔の前でひらひらと手を振った。
 と、純が長らく宙に浮かせていたウインナーをぽいと口に頬り込み、声をひそめてささやいた。
「あのさ、杏里も護身術ぐらい身につけとかないとヤバいんだって。ニュースで見たでしょ? 隣町の運河で、若い女の人の惨殺死体が発見されたって事件。おとといの土曜日だったっけ。どうやら通り魔の犯行らしいって。隣町って言ったら、あんたの住んでるとこじゃない。まだ近くをうろついてるかもしれないんだよ。その殺人鬼が」
「殺人鬼…?」
 ぞくりとうなじの毛が逆立った。
 土曜日と言えば、杏里が委員会の本部に召集された日だ。
 きのうまで缶詰め状態だったから、当然新聞もニュースも見ていない。
 外来種? 
 脳裏をかすめたのはその思いだった。
 雄外来種は、子孫を残そうと狂ったように人間の女性を襲う。
 雌が極端に少ないせいだ。
 だが、性器の形状が合わないため、接合はたいてい失敗し、人間の女性のほうはそのほとんどが行為の最中に命を落としてしまうのだ。
 運河と言えば、杏里の家からもそう遠くない。
 もしそれが外来種の仕業で、私を狙ってきたのだとしたら…。
 これ以上、被害者を出さないためにも、なんとか食い止めなければならない…。
 食べかけの弁当箱の蓋を閉じると、純のほうに身を乗り出して、杏里は言った。
「わかったわ。部活のことは前向きに考えてみる。だからその事件のこと、私に詳しく話してくれないかな」
 

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