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第3話 ずっとあなたとしたかった
#64 光あるところ闇②
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美和の家の前でタクシーを降りる時、あの竜馬に出くわしたらどうしようと一瞬身構えてしまった。
が、幸い、美和がすぐに家の中に入れてくれたので、それも杞憂に終わった。
1階の居間で介抱され、出されたダージリンティーを飲み干すと、杏里はようやく生きた心地を取り戻すことができた。
正直、泣きたい気分だった。
ラブホテルに連れ込まれたのは、ある意味、自業自得である。
合意の上と言われれば、それまでだ。
SMルームで凌辱されかけたのも、まだ我慢できる。
杏里自身、激しい快感を覚えたのは、事実なのだから。
でも、問題は、その後だった。
那智は、杏里を見捨てて逃げたのである。
いくら杏里が、肉体だけでつながったセフレだとはいえ、それはないと思う。
第一、那智は教師で、しかも杏里のクラスの担任なのだ。
己の保身のために、教え子を見殺しにして自分だけ逃げるだなんて…。
教師の風上にも置けやしない。
が、杏里が虚しさを感じるのは、那智が教師としての本分を放棄したからではなかった。
那智にとって、自分はしょせん、道具にすぎなかったのだ。
その認識が、心に黒い影を落としている。
浮気した、罰かな。
ね、みい。
弱々しく笑った。
気のせいか、紅茶は舌を刺すような味がした。
「シャワーを浴びてらっしゃいな」
美和の勧めで、階段脇の通路を奥に入った風呂場を借りた。
すっきりした気分で居間に戻ると、二言三言会話を交わさぬうちに、だんだん眠くなってきた。
そうしていつのまにか、ぐっすり眠ってしまっていたらしい。
次に目を覚ましたのは、どこか見覚えのある部屋だった。
杏里はなぜか、全裸で椅子に腰かけている。
目の前には綺麗に飾られた長テーブルがあり、ふたりの人物が向かい側に座っている。
向かって右手が背広姿の姿勢のいい紳士。
向かって左手が、柔らかそうな白いドレスに身を包んだ上品な中年女性である。
あの部屋だ。
瞬間的に悟った。
竜馬に襲われて気を失った後、夢の中で見た、あの部屋…。
とすると、この人たちは、美和のご両親?
あの時とは見る角度が違うだけで、私はまた、同じ夢を見てるってこと?
「あ、あの…」
途方に暮れ、杏里は声をしぼり出した。
今気づいたのだが、手足が動かせないのだ。
足首が椅子の脚のところで、両手が椅子の背もたれの後ろで、それぞれ何かに拘束されているらしい。
何これ?
ひょっとして、私、まだあのラブホテルの部屋の中?
そこで縛られたまま、幻覚でも見ているってわけ?
声をかけたにもかかわらず、大人ふたりは答えない。
口元に柔和な笑みをたたえ、ガラス細工のような眼でじっと杏里を見つめているだけである。
ガラス細工…?
その連想に、一瞬、杏里はどきっとした。
ま、まさか…。
こみ上げる恐怖を押さえて、まじまじとふたりの顔を見た。
つやつやした顔の皮膚は、まるで蝋細工の人形だ。
毛穴も皺も見えるけど、なんとなく全体的につくりものくさい。
この人たち、息をしていない…。
ふたりとも、胸が動いていないじゃない…。
その事実に思い至り、杏里はまたしても、背筋に氷柱を当てられたような気分に陥った。
人形だろうか?
外国の蝋人形館にあるような、本物そっくりの、蝋人形…。
でも、それにしては、よくできている。
いや、出来過ぎているといったほうがいいだろう。
こんな、毛穴や黒子、染みやしわまで再現した人形が、この世に存在するはずがない…。
じゃあ、これは、いったい…?
と、その時、ドアの開く音がした。
音のしたほうに首をひねると、戸口に着換えを済ませた美和が立っていた。
不思議の国のアリスが着るような、可愛らしいドレスに身を包んでいる。
問いかけるような杏里の視線を受け止めると、その美和が、やんわりと微笑んで口を開いた。
「目が覚めた? ようこそ杏里、私の第3展示室へ」
が、幸い、美和がすぐに家の中に入れてくれたので、それも杞憂に終わった。
1階の居間で介抱され、出されたダージリンティーを飲み干すと、杏里はようやく生きた心地を取り戻すことができた。
正直、泣きたい気分だった。
ラブホテルに連れ込まれたのは、ある意味、自業自得である。
合意の上と言われれば、それまでだ。
SMルームで凌辱されかけたのも、まだ我慢できる。
杏里自身、激しい快感を覚えたのは、事実なのだから。
でも、問題は、その後だった。
那智は、杏里を見捨てて逃げたのである。
いくら杏里が、肉体だけでつながったセフレだとはいえ、それはないと思う。
第一、那智は教師で、しかも杏里のクラスの担任なのだ。
己の保身のために、教え子を見殺しにして自分だけ逃げるだなんて…。
教師の風上にも置けやしない。
が、杏里が虚しさを感じるのは、那智が教師としての本分を放棄したからではなかった。
那智にとって、自分はしょせん、道具にすぎなかったのだ。
その認識が、心に黒い影を落としている。
浮気した、罰かな。
ね、みい。
弱々しく笑った。
気のせいか、紅茶は舌を刺すような味がした。
「シャワーを浴びてらっしゃいな」
美和の勧めで、階段脇の通路を奥に入った風呂場を借りた。
すっきりした気分で居間に戻ると、二言三言会話を交わさぬうちに、だんだん眠くなってきた。
そうしていつのまにか、ぐっすり眠ってしまっていたらしい。
次に目を覚ましたのは、どこか見覚えのある部屋だった。
杏里はなぜか、全裸で椅子に腰かけている。
目の前には綺麗に飾られた長テーブルがあり、ふたりの人物が向かい側に座っている。
向かって右手が背広姿の姿勢のいい紳士。
向かって左手が、柔らかそうな白いドレスに身を包んだ上品な中年女性である。
あの部屋だ。
瞬間的に悟った。
竜馬に襲われて気を失った後、夢の中で見た、あの部屋…。
とすると、この人たちは、美和のご両親?
あの時とは見る角度が違うだけで、私はまた、同じ夢を見てるってこと?
「あ、あの…」
途方に暮れ、杏里は声をしぼり出した。
今気づいたのだが、手足が動かせないのだ。
足首が椅子の脚のところで、両手が椅子の背もたれの後ろで、それぞれ何かに拘束されているらしい。
何これ?
ひょっとして、私、まだあのラブホテルの部屋の中?
そこで縛られたまま、幻覚でも見ているってわけ?
声をかけたにもかかわらず、大人ふたりは答えない。
口元に柔和な笑みをたたえ、ガラス細工のような眼でじっと杏里を見つめているだけである。
ガラス細工…?
その連想に、一瞬、杏里はどきっとした。
ま、まさか…。
こみ上げる恐怖を押さえて、まじまじとふたりの顔を見た。
つやつやした顔の皮膚は、まるで蝋細工の人形だ。
毛穴も皺も見えるけど、なんとなく全体的につくりものくさい。
この人たち、息をしていない…。
ふたりとも、胸が動いていないじゃない…。
その事実に思い至り、杏里はまたしても、背筋に氷柱を当てられたような気分に陥った。
人形だろうか?
外国の蝋人形館にあるような、本物そっくりの、蝋人形…。
でも、それにしては、よくできている。
いや、出来過ぎているといったほうがいいだろう。
こんな、毛穴や黒子、染みやしわまで再現した人形が、この世に存在するはずがない…。
じゃあ、これは、いったい…?
と、その時、ドアの開く音がした。
音のしたほうに首をひねると、戸口に着換えを済ませた美和が立っていた。
不思議の国のアリスが着るような、可愛らしいドレスに身を包んでいる。
問いかけるような杏里の視線を受け止めると、その美和が、やんわりと微笑んで口を開いた。
「目が覚めた? ようこそ杏里、私の第3展示室へ」
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