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第3話 ずっとあなたとしたかった

#55 忍び寄る魔手⑬

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 まるで夢の中にいるような気分だった。
 マジで竜馬の唾液には、催淫剤みたいなものが含まれていたのかもしれない。
 ぼんやりした頭で、そんなことを思った。
 眼を開くと、天井の高い部屋の一部が見えた。
 杏里は、裸のまま、ソファに寝かされているようだった。
 広々とした、居間らしき部屋である。
 真ん中にテーブルがあり、こちらに背を向けて、背広姿の男性と、白いドレスを着た女性が座っている。
 その対面に座り、こちらに顔を向けているのは、美和だった。
「パパ、ママ、安心して」
 テーブルの上の皿から、ナイフで切り分けた肉を口に運びながら、美和がふたりに話しかけている。
「これまで、ずっとふたりきりで、寂しかったでしょう? でも、もうすぐ新しい家族が増えるのよ。私、やっと見つけたの。この家にふさわしい、可愛らしいお友達を」
 朦朧とした杏里の意識に、疑問が浮かび上がる。
 この人たちが、美和の両親?
 パパとママは、海外に行ってるんじゃなかったの?
 それとも、もう帰ってきたとでもいうの?


「着いたよ」
 美和の声に、今度こそ本当に、杏里は目を覚ました。
 車の中だった。
「え? ここは? 私、どうしちゃったの?」
 きょろきょろ周囲を見回す杏里に、済まなさそうな口調で、美和が言った。
「ごめんね。竜馬のせいでこんなことになってしまって。杏里があんまり気分悪そうだったから、タクシー呼んで、おうちまで送ることにしたの」
 なるほど、車窓の外に見えるのは、見慣れた『メゾン・ド・ハナコ』の玄関である。
 幸い、ちゃんと服も着ているようだ。
 でも、サイズが合わないのか、妙に窮屈だった。
 杏里の制服は、竜馬にびりびりに破られてしまったはずである。
 とすると、ひょっとしてこれは美和のものなのだろうか…。
「竜馬を恨まないであげてね。あの子、綺麗な女の子には眼がなくって…。悪気はないんだけど、ついついやり過ぎちゃうところがあって…」
「もう言わないで」
 杏里は耳のつけ根まで赤くなった。
 人間の女に欲情する土佐犬も相当な変態だが、何よりその変態に襲われて悦んでいた自分が怖かった。
「おわびのしるしに、今度来た時には、私のとっておきのコレクション、見せてあげるから。第三展示室、まだ見せてなかったでしょう? あ、その制服は、その時返してくれればいいからね。それから、竜馬が破いた制服代は、私が弁償するわ」
 美和が杏里の手を握って、言った。
「あ、ありがとう」
 その時、ふとホルマリンの匂いを嗅いだ気がして、杏里はかすかに眉根を寄せ、考え込んだ。
 あ、この匂い…。
 夢の中で嗅いだ匂いと、同じみたい…。


 

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