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第3話 ずっとあなたとしたかった
#52 忍び寄る魔手⑩
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徒歩で5分ほどのところにある、学校からほど近い高級住宅街。
高い塀に囲まれた、2階建ての瀟洒な洋館が、美和の家だ。
赤く塗られた三角の屋根とバルコニーが、さながらで異国の洋館といった雰囲気である。
精巧な装飾を施した門扉を入ると、車寄せの突き当りに分厚い樫の重厚な玄関扉が見える。
だが、美和が杏里を導いたのは、洋館の裏手に広がる花畑だった。
「うわあ、綺麗」
杏里は胸の前で両手を組み、感嘆の声を漏らした。
色とりどりの春から初夏の花に囲まれた円形の丘。
そのてっぺんに素朴なつくりのあずまやが建っている。
青空を背景にして、まるで一幅の絵画を見るような、美しい光景である。
「さすが、お金持ちは違うなあ」
孤児同然のわが身と引き比べ、しみじみそう思う。
「こんなの、たいしたことないよ。ママの道楽のひとつだから」
美和は意に介したふうもない。
「それより、こっち」
手招きされて丘の上にのぼると、あずまやに接して、大きな小屋があった。
「もうひとりの家族を紹介するね。うちのボディガードの竜馬だよ」
「竜馬?」
その瞬間、杏里は喉の奥でひっと悲鳴を上げた。
小屋の入口から現れたもの…。
それは肩までの高さが幼児の背丈ほどもある、巨大な犬だったのだ。
焦茶色の短い毛に覆われた、筋肉質の身体。
がっしりと肩幅が広く、四肢もたくましい。
顔は口と鼻の周りだけ黒く、三角の耳が垂れている。
しなやかな身のこなしで歩き出すと、美和の足に鼻づらをすり寄せ、くうんと鳴いた。
「土佐犬だから、竜馬。ふふ、かっこいいでしょう?」
制服のポケットから取り出した赤い丸薬を犬に与えながら、美和が言った。
「あ、そういうことか。坂本龍馬って、土佐藩だったもんね」
そのくらいのことは、勉強嫌いの杏里も知っている。
「竜馬はね、見かけによらず、すっごく大人しいの。絶対吠えたり噛みついたりしないから、安心してね」
「で、でも、なんか、すごい迫力」
杏里とて、別に犬は嫌いではないが、これはいくらなんでも大きすぎる、と思う。
ひょっとして、体重、私と変わらないんじゃないかな。
「じゃ、私、おやつの準備してくるから、杏里はここで竜馬と遊んでて。きょうは取って置きの紅茶とケーキ、用意してあるから、お楽しみにね」
そう言い残すと、手をひらひら振りながら、美和は屋敷の方へと丘を降りて行ってしまった。
残されたのは、杏里と土佐犬の竜馬である。
「マジですか」
途方に暮れる杏里。
と、竜馬がむっくり身を起こした。
のしのし近づいてくると、何を思ったか、いきなり後脚で立ち上がり、杏里にのしかかってきた。
「きゃ、やめて、竜馬ったら」
熱い舌でべろべろ顔を舐めまわしてくる。
犬に押し倒されそうになりながら、ふと鳩尾あたりに違和感を感じて、何げなく杏里は視線を下に落とした。
そして、凍りついたように硬直した。
竜馬の下腹から、毛むくじゃらの棒のようなものが斜めに突っ立ち、杏里の下腹を圧迫している。
それが何かは、もう、陽を見るよりも明らかだった。
やだ、この子…。
杏里は心の中でつぶやいた。
犬のくせに、私に欲情してる…?
高い塀に囲まれた、2階建ての瀟洒な洋館が、美和の家だ。
赤く塗られた三角の屋根とバルコニーが、さながらで異国の洋館といった雰囲気である。
精巧な装飾を施した門扉を入ると、車寄せの突き当りに分厚い樫の重厚な玄関扉が見える。
だが、美和が杏里を導いたのは、洋館の裏手に広がる花畑だった。
「うわあ、綺麗」
杏里は胸の前で両手を組み、感嘆の声を漏らした。
色とりどりの春から初夏の花に囲まれた円形の丘。
そのてっぺんに素朴なつくりのあずまやが建っている。
青空を背景にして、まるで一幅の絵画を見るような、美しい光景である。
「さすが、お金持ちは違うなあ」
孤児同然のわが身と引き比べ、しみじみそう思う。
「こんなの、たいしたことないよ。ママの道楽のひとつだから」
美和は意に介したふうもない。
「それより、こっち」
手招きされて丘の上にのぼると、あずまやに接して、大きな小屋があった。
「もうひとりの家族を紹介するね。うちのボディガードの竜馬だよ」
「竜馬?」
その瞬間、杏里は喉の奥でひっと悲鳴を上げた。
小屋の入口から現れたもの…。
それは肩までの高さが幼児の背丈ほどもある、巨大な犬だったのだ。
焦茶色の短い毛に覆われた、筋肉質の身体。
がっしりと肩幅が広く、四肢もたくましい。
顔は口と鼻の周りだけ黒く、三角の耳が垂れている。
しなやかな身のこなしで歩き出すと、美和の足に鼻づらをすり寄せ、くうんと鳴いた。
「土佐犬だから、竜馬。ふふ、かっこいいでしょう?」
制服のポケットから取り出した赤い丸薬を犬に与えながら、美和が言った。
「あ、そういうことか。坂本龍馬って、土佐藩だったもんね」
そのくらいのことは、勉強嫌いの杏里も知っている。
「竜馬はね、見かけによらず、すっごく大人しいの。絶対吠えたり噛みついたりしないから、安心してね」
「で、でも、なんか、すごい迫力」
杏里とて、別に犬は嫌いではないが、これはいくらなんでも大きすぎる、と思う。
ひょっとして、体重、私と変わらないんじゃないかな。
「じゃ、私、おやつの準備してくるから、杏里はここで竜馬と遊んでて。きょうは取って置きの紅茶とケーキ、用意してあるから、お楽しみにね」
そう言い残すと、手をひらひら振りながら、美和は屋敷の方へと丘を降りて行ってしまった。
残されたのは、杏里と土佐犬の竜馬である。
「マジですか」
途方に暮れる杏里。
と、竜馬がむっくり身を起こした。
のしのし近づいてくると、何を思ったか、いきなり後脚で立ち上がり、杏里にのしかかってきた。
「きゃ、やめて、竜馬ったら」
熱い舌でべろべろ顔を舐めまわしてくる。
犬に押し倒されそうになりながら、ふと鳩尾あたりに違和感を感じて、何げなく杏里は視線を下に落とした。
そして、凍りついたように硬直した。
竜馬の下腹から、毛むくじゃらの棒のようなものが斜めに突っ立ち、杏里の下腹を圧迫している。
それが何かは、もう、陽を見るよりも明らかだった。
やだ、この子…。
杏里は心の中でつぶやいた。
犬のくせに、私に欲情してる…?
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