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第3話 ずっとあなたとしたかった
#44 忍び寄る魔手②
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「あなたは…」
そこまで口にしたのはいいが、あとが出てこなかった。
杏里を見下ろしているのは、スーツ姿の大柄な中年女性である。
そのスーツがはちきれそうな豊満ボディと、細い眼鏡には見覚えがある。
いや、見覚えがあるどころか、この人ひょっとして…?
「私の顔、忘れたとは言わせないわよ。あなたの担任の鬼龍院那智。笹原杏里ね。何してるの? こんな時間にこんなところで?」
狐のように吊り上がった眼を怒らせて、女性がなじるように言った。
そうだった。
きょうが入学式で、まだ一度会っただけだから、すっかり忘れていた。
担任は女の先生だったな、という程度の認識しかなく、当然名前も覚えていなかったのだ。
それにしても、鬼龍院那智とはまた、ずいぶんと仰々しい名前である。
「い、いえ、私はただ、美和に呼び出されて…」
「美和って、うちのクラスの葛城美和? うそおっしゃい。誰もいないじゃないの」
周囲を見回してみると、なるほど確かにその通りである。
木立に沿ってサイクリングロードが伸びているだけで、近くには誰もいない。
「おかしいなあ…」
杏里は途方に暮れた。
「いい加減にしなさい」
那智の声が尖った。
「だいたい、何なの、あなたのその恰好は。校長が許しても、風紀を乱す者は私が許さない。ほら、立ちなさい」
胸倉をつかまれ、ひきずり上げられた。
スーツの間から突き出た爆乳が、威嚇するように杏里の顔に迫ってきた。
「なんていやらしい…。あなた、ブラジャーもつけていないじゃない」
乳首の浮き出た杏里のTシャツの胸を一瞥し、那智が吐き捨てるように言った。
「まさか、援助交際…。これから男と待ち合わせとか、そんなんじゃないでしょうね?」
胸倉をつかんだまま、杏里の背中を並木の1本に押しつけた。
女だてらに、ものすごい力である。
格闘技でもやっているのか、上半身は異様にたくましい。
「や、やめてください!」
抵抗したら、頬をはたかれた。
「黙りなさい!」
痛っ!
何よ、こいつ!
ついかっとなって、足を蹴飛ばした。
「何するの!」
投げ飛ばされそうになり、必死で腰にしがみつく。
と、だしぬけに膝がつき上げられ、鳩尾に食い込んだ。
うっ。
ひるんだとたん、足を払われた。
一瞬身体が宙に浮き、杏里は股を広げたまま、仰向けにひっくり返った。
露わになった股間を、パンプスのつま先が踏みつけてきた。
薄いパンティの上から恥丘の辺りを踏みつけられ、杏里はうめいた。
「思った通りだわ。あなた、とんでもないビッチね。明日、職員室に来なさい。そこでゆっくり話しましょ」
憎々しげにそう言い捨てると、杏里にたくましい背中を向けて、那智は足早に去っていった。
「なに、あれ? わけわかんない」
立ち上がろうとして、地面を手探りしたら、指先が何か硬いものに当たった。
スマホである。
サイクリングロードと木立を区切る段差の下に、黒いケースに入ったスマホが落ちている。
ケースの端に、白いロゴで『MIWA』の文字。
やっぱり美和はここにいたのだ。
でも、だとすると、いったいどこへ行ってしまったのだろう?
と、そこに声が飛んできた。
「どうしたんだ? こんなところで? 今、言い争う声が聞こえたような気がしたが?」
懐中電灯で照らされ、杏里は顔をしかめた。
自転車にまたがった初老の男性が、身を乗り出してこちらをのぞき込んでいる。
警官の制服を着ていた。
だからか。
ようやく腑に落ちた。
警官の姿が見えたから、那智はそそくさとこの場を離れていったのだ。
「な、なんでもありません。私なら、大丈夫です」
美和のスマホをポケットに忍ばせると、杏里は立ち上がった。
作り笑いを浮かべて、ぺろりと舌を出す。
「ジョギングしてたら、ついうっかり、転んじゃって…」
そこまで口にしたのはいいが、あとが出てこなかった。
杏里を見下ろしているのは、スーツ姿の大柄な中年女性である。
そのスーツがはちきれそうな豊満ボディと、細い眼鏡には見覚えがある。
いや、見覚えがあるどころか、この人ひょっとして…?
「私の顔、忘れたとは言わせないわよ。あなたの担任の鬼龍院那智。笹原杏里ね。何してるの? こんな時間にこんなところで?」
狐のように吊り上がった眼を怒らせて、女性がなじるように言った。
そうだった。
きょうが入学式で、まだ一度会っただけだから、すっかり忘れていた。
担任は女の先生だったな、という程度の認識しかなく、当然名前も覚えていなかったのだ。
それにしても、鬼龍院那智とはまた、ずいぶんと仰々しい名前である。
「い、いえ、私はただ、美和に呼び出されて…」
「美和って、うちのクラスの葛城美和? うそおっしゃい。誰もいないじゃないの」
周囲を見回してみると、なるほど確かにその通りである。
木立に沿ってサイクリングロードが伸びているだけで、近くには誰もいない。
「おかしいなあ…」
杏里は途方に暮れた。
「いい加減にしなさい」
那智の声が尖った。
「だいたい、何なの、あなたのその恰好は。校長が許しても、風紀を乱す者は私が許さない。ほら、立ちなさい」
胸倉をつかまれ、ひきずり上げられた。
スーツの間から突き出た爆乳が、威嚇するように杏里の顔に迫ってきた。
「なんていやらしい…。あなた、ブラジャーもつけていないじゃない」
乳首の浮き出た杏里のTシャツの胸を一瞥し、那智が吐き捨てるように言った。
「まさか、援助交際…。これから男と待ち合わせとか、そんなんじゃないでしょうね?」
胸倉をつかんだまま、杏里の背中を並木の1本に押しつけた。
女だてらに、ものすごい力である。
格闘技でもやっているのか、上半身は異様にたくましい。
「や、やめてください!」
抵抗したら、頬をはたかれた。
「黙りなさい!」
痛っ!
何よ、こいつ!
ついかっとなって、足を蹴飛ばした。
「何するの!」
投げ飛ばされそうになり、必死で腰にしがみつく。
と、だしぬけに膝がつき上げられ、鳩尾に食い込んだ。
うっ。
ひるんだとたん、足を払われた。
一瞬身体が宙に浮き、杏里は股を広げたまま、仰向けにひっくり返った。
露わになった股間を、パンプスのつま先が踏みつけてきた。
薄いパンティの上から恥丘の辺りを踏みつけられ、杏里はうめいた。
「思った通りだわ。あなた、とんでもないビッチね。明日、職員室に来なさい。そこでゆっくり話しましょ」
憎々しげにそう言い捨てると、杏里にたくましい背中を向けて、那智は足早に去っていった。
「なに、あれ? わけわかんない」
立ち上がろうとして、地面を手探りしたら、指先が何か硬いものに当たった。
スマホである。
サイクリングロードと木立を区切る段差の下に、黒いケースに入ったスマホが落ちている。
ケースの端に、白いロゴで『MIWA』の文字。
やっぱり美和はここにいたのだ。
でも、だとすると、いったいどこへ行ってしまったのだろう?
と、そこに声が飛んできた。
「どうしたんだ? こんなところで? 今、言い争う声が聞こえたような気がしたが?」
懐中電灯で照らされ、杏里は顔をしかめた。
自転車にまたがった初老の男性が、身を乗り出してこちらをのぞき込んでいる。
警官の制服を着ていた。
だからか。
ようやく腑に落ちた。
警官の姿が見えたから、那智はそそくさとこの場を離れていったのだ。
「な、なんでもありません。私なら、大丈夫です」
美和のスマホをポケットに忍ばせると、杏里は立ち上がった。
作り笑いを浮かべて、ぺろりと舌を出す。
「ジョギングしてたら、ついうっかり、転んじゃって…」
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