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第3話 ずっとあなたとしたかった
#27 女友だち④
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「ここはね、ちょっと刺激が強すぎるから、今までママにさえ見せたことがないの」
次の部屋の前で、美和が意味ありげにくつくつ笑った。
喉の奥で鈴を転がすようなその声に、杏里はわけもなくうすら寒いものを覚えてぞっとなる。
刺激が強すぎるって、どういうこと?
いったい、何が展示してあるというのだろう?
鍵がかかっているらしく、美和がノブの下の鍵穴にポケットから取り出した小さな銀色の鍵を差し込んだ。
カチッと金属音がして、ドアと壁の間にわずかに隙間ができた。
「さ、どうぞ」
背中を押されるようにして部屋の中に足を一歩踏み入れた杏里は、そこで金縛りに遭ったように立ちすくんだ。
今度の部屋には、壁際の棚のほかに、何列もの長机が並べられている。
その上にうずくまるのは、おびただしい数の鳥や動物たちである。
フクロウ、孔雀、カラス、犬、ヤマネコ、イタチ、タヌキ、キツネ、アライグマ…。
奥のほうには、もっと大型の豹やワニもいるようだ。
その横の棚に飾られているのは、ネズミやモグラみたいな小動物と、スズメやインコなどの小鳥の類いらしい。
「大丈夫、噛みつかないから」
ふるふる笑って、美和が言った。
「これって…みんな…」
杏里はそれ以上、声が出ない。
模型なのだろうか。
それにしても、リアルすぎる。
今にも動き出しそうな生き物たち。
どれもこれも、ガラス玉のような眼をこちらに向けて、杏里をじっと見つめているようだ。
「そう、はく製よ。そのまま買ったのもあるけれど、パパと一緒につくったものもあるわ。日本産の動物の多くはそうかな。たとえば、そこのカラスとか犬、タヌキなんかはそうね」
はく製たちを見回し、誇らしげに美和が言う。
「つ、つくった…?」
かすれ声で訊き返す杏里。
「うん。うちの地下にはね、それ専門の工房があるの。そこもママは立ち入り禁止。私とパパの秘密なの」
「す、すごいね」
杏里の頬は、すでに修復不可能なほど、引きつってしまっている。
昆虫の標本をつくると聞いただけでもぞっとするのに、動物のはく製だなんて…。
これが同じ年頃の女子の趣味とは、とても信じられなかった。
美和の趣味に比べれば、道具や鏡を駆使した杏里の倒錯的なオナニーなど、まだまだ可愛いほうである。
「でしょう? レッドデータブックに載ってる動物もいるのよ。ニホンカワウソとか、ニホンオオカミとかね。オークションに出したらすごい高値で売れるらしいんだけど、ここにあるのは売り物じゃないから。私とパパの宝物だから」
「さっきの部屋は昆虫で、ここは脊椎動物の部屋ってことかな?」
中学校の理科の授業で習った『動物の分類』を思い出し、杏里はたずねた。
早く話を切り上げて、下宿に帰りたい。
そうは思うが、反応しないでいるのも、なんだか美和に悪い気がしたのだ。
「うん、よくわかったね。ご名答」
うれしそうに笑う美和。
杏里をよき理解者とでも思い込んでいるのか、その笑顔は幸せいっぱいにも見える。
「そうすると、第三の展示室は、何が飾ってあるのかな? お魚? 貝? 微生物?」
「ううん。第一、第二、第三と進むにしたがって、生物進化の系統樹を上るようにデザインされてるから、魚や貝類に後戻りすることはないの。ふふっ、展示が完成したら、呼んであげる。ううん、というかね。実を言うと」
そこで美和は、何のつもりか声をひそめ、杏里の耳元にそっとささやいた。
「最後の展示室は、杏里、あなたがいないと完成しないの。だから、もう少しだけ待ってて。もうすぐ、海外からパパが帰ってくる。そうしたら、真っ先に杏里を招待するからさ」
次の部屋の前で、美和が意味ありげにくつくつ笑った。
喉の奥で鈴を転がすようなその声に、杏里はわけもなくうすら寒いものを覚えてぞっとなる。
刺激が強すぎるって、どういうこと?
いったい、何が展示してあるというのだろう?
鍵がかかっているらしく、美和がノブの下の鍵穴にポケットから取り出した小さな銀色の鍵を差し込んだ。
カチッと金属音がして、ドアと壁の間にわずかに隙間ができた。
「さ、どうぞ」
背中を押されるようにして部屋の中に足を一歩踏み入れた杏里は、そこで金縛りに遭ったように立ちすくんだ。
今度の部屋には、壁際の棚のほかに、何列もの長机が並べられている。
その上にうずくまるのは、おびただしい数の鳥や動物たちである。
フクロウ、孔雀、カラス、犬、ヤマネコ、イタチ、タヌキ、キツネ、アライグマ…。
奥のほうには、もっと大型の豹やワニもいるようだ。
その横の棚に飾られているのは、ネズミやモグラみたいな小動物と、スズメやインコなどの小鳥の類いらしい。
「大丈夫、噛みつかないから」
ふるふる笑って、美和が言った。
「これって…みんな…」
杏里はそれ以上、声が出ない。
模型なのだろうか。
それにしても、リアルすぎる。
今にも動き出しそうな生き物たち。
どれもこれも、ガラス玉のような眼をこちらに向けて、杏里をじっと見つめているようだ。
「そう、はく製よ。そのまま買ったのもあるけれど、パパと一緒につくったものもあるわ。日本産の動物の多くはそうかな。たとえば、そこのカラスとか犬、タヌキなんかはそうね」
はく製たちを見回し、誇らしげに美和が言う。
「つ、つくった…?」
かすれ声で訊き返す杏里。
「うん。うちの地下にはね、それ専門の工房があるの。そこもママは立ち入り禁止。私とパパの秘密なの」
「す、すごいね」
杏里の頬は、すでに修復不可能なほど、引きつってしまっている。
昆虫の標本をつくると聞いただけでもぞっとするのに、動物のはく製だなんて…。
これが同じ年頃の女子の趣味とは、とても信じられなかった。
美和の趣味に比べれば、道具や鏡を駆使した杏里の倒錯的なオナニーなど、まだまだ可愛いほうである。
「でしょう? レッドデータブックに載ってる動物もいるのよ。ニホンカワウソとか、ニホンオオカミとかね。オークションに出したらすごい高値で売れるらしいんだけど、ここにあるのは売り物じゃないから。私とパパの宝物だから」
「さっきの部屋は昆虫で、ここは脊椎動物の部屋ってことかな?」
中学校の理科の授業で習った『動物の分類』を思い出し、杏里はたずねた。
早く話を切り上げて、下宿に帰りたい。
そうは思うが、反応しないでいるのも、なんだか美和に悪い気がしたのだ。
「うん、よくわかったね。ご名答」
うれしそうに笑う美和。
杏里をよき理解者とでも思い込んでいるのか、その笑顔は幸せいっぱいにも見える。
「そうすると、第三の展示室は、何が飾ってあるのかな? お魚? 貝? 微生物?」
「ううん。第一、第二、第三と進むにしたがって、生物進化の系統樹を上るようにデザインされてるから、魚や貝類に後戻りすることはないの。ふふっ、展示が完成したら、呼んであげる。ううん、というかね。実を言うと」
そこで美和は、何のつもりか声をひそめ、杏里の耳元にそっとささやいた。
「最後の展示室は、杏里、あなたがいないと完成しないの。だから、もう少しだけ待ってて。もうすぐ、海外からパパが帰ってくる。そうしたら、真っ先に杏里を招待するからさ」
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