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第3話 ずっとあなたとしたかった

#11 地獄からのメッセージ④

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 戻ってきて、杏里に真新しい雑巾と揮発油らしき液体の入った瓶を渡すと、人懐っこい口調で青年が言った。
「僕、宇津木涼って言います。君は?」
「笹原、杏里です」
 雑巾に液体をしみこませ、早速落書きを消しにかかりながら、杏里は答えた。
 落書きはかなり高い位置から始まっていて、背伸びしないと届かない。
 爪先立ちになると、当然のことながら短すぎるスカートがずり上がり、薄いピンクのパンティが見えてしまう。
 車椅子の青年の位置からは、それがどう映るのか…。
 青年の熱い視線を感じ、杏里は少し恥ずかしくなった。
 パンティを見られて羞恥心を感じるのは、久しぶりである。
 そもそも、筋金入りのナルシストである杏里が、他人の目を意識するなどということはめったにない。
 それだけこの宇津木という青年が、好みの顔立ちをしている証拠といえた。
「ごめんなさい。綺麗に取れないみたい」
 一生懸命こすっても、赤いマジックインキはただ汚らしく広がるだけで、いっこうに綺麗にならなかった。
 泣きそうな声で杏里が言うと、
「やっぱりだめか…。あ、でも、心配しないで」
 青年が朗らかな声を出した。
「おばあちゃんに頼んで、ペンキ、塗り直してもらうから。あの、君、正式に引っ越してくるのは、いつ?」
「今度の日曜日あたりを、考えてるんですけど…」
 引っ越しは、紗彩が懇意の運送屋を紹介してくれることになっている。
 みいも手伝いに来てくれると言っていた。
「ふむ、まだ5日はあるね。なら、大丈夫だよ。それだけ時間があれば、塗り直してもペンキは乾くかtら」
「いいんですか…?」
「もちろん、塗装代はうちで持つよ。君は、何も心配しなくていい」
「すみません…・本当に、何から何まで」
 杏里は涙ぐみそうになった。
 エロスの対象としか見られたことのないこの身である。
 他人の情けを受けるなんてことは、杏里の人生においてはゼロに近い。
 ほんのごく一部を除き、この身体目当てに近づいてくる人間にしか、出会ったことがないからだ。
「あの、このお礼、必ずしますから」
 ぺこりと頭を下げ、心を込めてそう言った。
 だが、心の中では、途方に暮れていた。
 お礼をすると言っても、私の場合、体で返すことしか、思い浮かばないんだけど…。
「そんなの、いいよ」
 青年が微笑んだ。
 いつの間にか、口調がタメ口になっているが、杏里は気づかない。
「君のような素敵な子が越してきてくれるだけで、僕は十分さ」
 長めの前髪をしなやかな指ですくい上げ、はにかむようにそう言った。
 あたたかな気持ちが、温泉からお湯が噴き出すように、杏里の胸の奥にふわりと広がった。
「ありがとうございます。これからもよろしくおねがいします」
 もう一度、深々と頭を下げる杏里。
 だが、その拍子にセーラー服の胸元がゆるんで、大きな胸の一部が白日の下に曝されたことに、杏里は気づいていなかった。 

#12 お引越し?
 それから週末までの間、杏里は新生活の準備で大わらわだった。
 せっかくだから、身の回りのものはみんな新しく買い換えたいし、高校生活に向けて服や下着の新調も必要不可欠だ。
 毎日のようにショッピングモールに通い、色々なものを買いそろえた。
 そうして迎えた引っ越し当日。
 紗彩が雇った運送屋さんが家の前まで来てくれて、荷物の積み込みを一手に引き受けてくれた。
 助手席にはみいが乗っていて、久しぶりに見るその笑顔が杏里を喜ばせた。
 メゾン・ド・ハナコまでは、車で15分ほど。
 業者が荷物類を搬入し終えて帰っていくと、杏里はみいとふたりで荷ほどきにかかった。
「いいないいな。可愛くて素敵なお部屋ですね」
 てきぱきと作業を進めながら、みいが言う。
 みいは力持ちなので、色々と助かった。
 洗濯機をベランダに出したり、ベッドや冷蔵庫を移動させたりと、重いものの設置はみんなみいがやってくれた。
 その間に杏里は衣服や下着をしかるべきところに片づけ、昼頃にはなんとか住める状態にまでもっていくことができた。
「ふう。ありがとね、もう、そのへんでいいよ」
 ベッドの端に腰かけ、額の汗を手の甲で拭うと、杏里は鏡台を雑巾で拭いているみいにそう声をかけた。
 髪の毛をツインテールに結んだみいは、上下とも力仕事用の紺のジャージスタイルである。
 いつもの妖精っぽい色気は封印されているけれど、それはそれで可愛らしい。
 首には例の赤い首輪をしているが、慣れてくるとそれはよく似合うアクセサリのひとつに見える。
「杏里さまったら、ほんとにこの鏡台、持ってきちゃったんですね」
 三面鏡を開いて映り具合を試しながら、みいが言う。
 鏡に、こっちを見つめるいたずらっぽい目が映っている。
「まあね。だって、それあると、みいも燃えるでしょ?」
 旅行の後、処女モードを解除されたみいは、標準モードに戻っている。
 みいにとっての標準モードは、いわば『セクサロイド』である。
 だから、寂しいときなど、杏里はみいを呼んで体を温めてもらう。
 もちろん、本来の主人、紗彩が許す範囲内で、ではあるけれど…。
「どうする? 何か食べに行く? それとも先にシャワーでも浴びる?」
「シャワーがいいですね」
 三面鏡を閉めると、みいが言った。
「久しぶりに、みい、杏里さまのお身体、洗いたいですから」
「うそ。いいの?」
「もちろんです。きょう一日は、みいは杏里さまのものです」
 言いながら、早くもジャージを脱ぎ出すみい。
 手回しがよすぎるというのか、みいはジャージの下には何も身に着けていない。
 若いイルカみたいに滑らかなスレンダーボディを目の当たりにして、杏里の体の芯にぼっと情欲の火がともる。
「待って」
 トレーナーを脱ぎ捨て、スキニージーンズから苦労して下半身を抜くと、杏里は下着姿になった。
 いきなり全裸になるより、最初は下着の上から触られたい。
 それが杏里のモットーである。
 だから下着には自然、凝ることになる。
「杏里さま…」
 裸のみいが、すり足で近づいてくる。
 つぶらな瞳が、早くも淫蕩な光を宿している。
 処女モードのみいもいいけれど、杏里はやっぱりこっちのみいがいちばん好きだ。
 とことんエロくて、肌が合う。
「みい…」
 抱き合って、唇を触れ合わせる。
 みいは左手を杏理の背中に、右手を太腿に回している。
 熱い舌が、ぬるりと入ってきた。
 それを唇で捕まえて、強く吸う。
「あん…」
 みいが喘いだ。
「私にも、して」
 杏里が伸ばした舌を、今度はみいが強く吸い、しゃぶりあげる。
「くう」
 杏里は悦びの声を立て、熱く湿った股間をみいの細い太腿に押しつけた。
 そのまま、ふたり身体を絡ませ合いながら、浴室へと移動していった。
 まだカーテンのない窓から、春の午後の日差しが差し込んでいる。
 杏里の背中が浴室のドアの向こうに消えた時、隣のベランダとの境の仕切り壁の上で、ふと、何かが動いたようだった。


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