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第2話 レズふたり旅
#106 ビッチ探偵杏里④
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玄関口に出ると、戻ってきた清と篠田に出くわした。
「あ、杏里ちゃん、どうしたの? みいちゃん、気分はもういいの?」
「ええ、まあ」
曖昧にうなずくみい。
その胸や腰のあたりを、篠田がねっとりとした視線で舐め回している。
「あ、あの、ちょっと、現場、見てきてもいいですか? 気になることがあって」
「いいけど、警察が来るまで土蔵の中のものに触っちゃだめだよ。それから、入口の足跡にも注意して」
「はい。あ、それで、警察はいつ来るんですか?」
「明日の夕方以降になりそうだって。土砂崩れでね、この遠野荘に続く唯一の道が通行止めなんだ」
清はかなり困惑の体である。
だが、サークルの仲間が死んだというのに、特に悲しみに暮れているといった感じはない。
これも杏里が不思議に思っていることのひとつだった。
清だけでなく、篠田も、麗奈も、皆それぞれ、事件に驚いてはいるが、悲しんではいないようなのである。
源太さん、嫌われてたのかな?
ずいぶん、強引な性格の人だったから…。
そのあたりの関係性は、きのう、この一行と知り合いになったばかりの杏里にはわからない。
「ああ、それから、落ち着いたら、一度みんなで集まって話し合わないか? さっき杏里ちゃんが言ったように、源太は自殺したのか、殺されたのか、そのあたりからしてはっきりさせたいんだ」
「わかりました」
清の提案に、杏里はうなずいた。
望むところである。
「じゃ、私たちも、もう一度現場を見て、考えを固めてきますね」
離れに着くと、扉ははずされたままで、高くなった夏の日差しが、土蔵の中に情け容赦なく降り注いでいた。
清は「足跡にも注意して」と言っていたけれど、玄関前はさっきみんなでつけた足跡が入り乱れていて、とても事件解決の手掛かりにはなりそうもなかった。
それでもなるべく正面から行かないように、遠回りしてコンクリートの台座部分だけを踏んでいく。
中もさっきのままで、違うのは、死体に青いビニールシートがかけてある点だ。
死体が見えないせいか、みいは先ほどとは見違えるほど活動的に動き回った。
「ここに、缶入りの飲み物を置いた形跡がありますね」
デスクトップのパソコンが置かれた机の端。
そこに残った円形の染みを指差して、そのみいが言った。
「それに、その真下の床に、中身がこぼれた跡も」
「しめ切ると暑いから、コーラでも飲みながら動画、見てたんじゃない? それは別に不思議じゃないと思うよ」
「じゃあ、そのコーラの空き缶はどこにいったんでしょう? 飲んだ後、死体になっちゃったら、源太さん、空き缶、捨てに行けないですよね?」
おっと、そう来たか。
「清さんたちが片づけたとか?」
「みいたちに、現場保存しろって言っておきながら?」
「うーん、そうだよね」
また、謎がひとつ増えた。
「ね、みい、おばあちゃんたちが来る前に、自殺の痕跡がないか見ておきたいんだけど。私が肩車してあげるから、天井の梁とか、調べてくれない?」
「いいですけど。みいが下になったほうがよくありません? みい、杏里さまの体重くらいなら、全然平気です」
「そうだね。みいのほうが、私よりずっと力持ちだったもんね」
死体のすぐそば、不自然な位置にパイプ椅子が置かれている。
源太はこれに乗って首を吊ろうとしたのかもしれない。
でも、息絶えたとたん、紐がほどけて下に落っこちてしまった。
杏里が肩車を提案したのは、二人とも背が低いので、椅子に乗ったくらいでは真上の梁に手が届かないからだ。
「じゃ、行きますよ」
杏里が肩にまたがったのを確認して、みいが言った。
「うん、お願い」
返事をする間もなく、軽々と身体が上昇する。
見上げると、手を伸ばせば届くところに埃だらけの梁が来ていた。
目を凝らすまでもなく、太い四角柱の真ん中あたりに、埃のはげている部分があるのがわかった。
紐で強くこすった痕に違いない。
「あったあった。やっぱりこれ、自殺っぽい」
「まだわかりませんよ。自殺に見せかけた他殺って可能性もありますから」
「あー、そっか。でも、そんなの区別、つかないよね」
「専門家なら、首の索条痕の様子で違いが判るらしいです」
「だね。2時間ドラマで見たことあるよ」
だが、悲しいかな。
その細かい違いまでは、杏里も覚えていない。
番組の中で、確か刑事さんが説明してくれてたんだけどなあ…。
「みいは、わかるの?」
「いえ。専門家じゃありませんから」
「うーん、そっかあ」
肩車から下りて、杏里が残念そうにつぶやいた時である。
麗奈に連れられて、双子の老婆が土蔵に入ってきた。
死体の傍らに膝をついて、老婆たちを振り返る麗奈。
老婆たちは入口で佇んだまま、身を寄せ合ってこわごわ中を覗き込んでいる。
「源太です」
麗奈がシートをめくって、死体の首から上を老婆たちに見せた。
「あれまあ」
「むごいことを」
「なんまんだぶ、なんまんだぶ」
老婆たちの唱える念仏に合わせて、杏里もそっと目を閉じ、頭を垂れて、死体に向かい、手を合わせた。
隣りでは、みいも同じ姿勢で合掌している。
源太さん、あなた、とってもひどい人だったけど。
そうしながら、心の中で杏里は死体に語りかけた。
でも、それとこれとは話が別ですよね。
死んでいい人なんて、この世にいないと思うもの。
この謎、私が必ず解いてみせますから、もう少し、待っててくださいね。
「あ、杏里ちゃん、どうしたの? みいちゃん、気分はもういいの?」
「ええ、まあ」
曖昧にうなずくみい。
その胸や腰のあたりを、篠田がねっとりとした視線で舐め回している。
「あ、あの、ちょっと、現場、見てきてもいいですか? 気になることがあって」
「いいけど、警察が来るまで土蔵の中のものに触っちゃだめだよ。それから、入口の足跡にも注意して」
「はい。あ、それで、警察はいつ来るんですか?」
「明日の夕方以降になりそうだって。土砂崩れでね、この遠野荘に続く唯一の道が通行止めなんだ」
清はかなり困惑の体である。
だが、サークルの仲間が死んだというのに、特に悲しみに暮れているといった感じはない。
これも杏里が不思議に思っていることのひとつだった。
清だけでなく、篠田も、麗奈も、皆それぞれ、事件に驚いてはいるが、悲しんではいないようなのである。
源太さん、嫌われてたのかな?
ずいぶん、強引な性格の人だったから…。
そのあたりの関係性は、きのう、この一行と知り合いになったばかりの杏里にはわからない。
「ああ、それから、落ち着いたら、一度みんなで集まって話し合わないか? さっき杏里ちゃんが言ったように、源太は自殺したのか、殺されたのか、そのあたりからしてはっきりさせたいんだ」
「わかりました」
清の提案に、杏里はうなずいた。
望むところである。
「じゃ、私たちも、もう一度現場を見て、考えを固めてきますね」
離れに着くと、扉ははずされたままで、高くなった夏の日差しが、土蔵の中に情け容赦なく降り注いでいた。
清は「足跡にも注意して」と言っていたけれど、玄関前はさっきみんなでつけた足跡が入り乱れていて、とても事件解決の手掛かりにはなりそうもなかった。
それでもなるべく正面から行かないように、遠回りしてコンクリートの台座部分だけを踏んでいく。
中もさっきのままで、違うのは、死体に青いビニールシートがかけてある点だ。
死体が見えないせいか、みいは先ほどとは見違えるほど活動的に動き回った。
「ここに、缶入りの飲み物を置いた形跡がありますね」
デスクトップのパソコンが置かれた机の端。
そこに残った円形の染みを指差して、そのみいが言った。
「それに、その真下の床に、中身がこぼれた跡も」
「しめ切ると暑いから、コーラでも飲みながら動画、見てたんじゃない? それは別に不思議じゃないと思うよ」
「じゃあ、そのコーラの空き缶はどこにいったんでしょう? 飲んだ後、死体になっちゃったら、源太さん、空き缶、捨てに行けないですよね?」
おっと、そう来たか。
「清さんたちが片づけたとか?」
「みいたちに、現場保存しろって言っておきながら?」
「うーん、そうだよね」
また、謎がひとつ増えた。
「ね、みい、おばあちゃんたちが来る前に、自殺の痕跡がないか見ておきたいんだけど。私が肩車してあげるから、天井の梁とか、調べてくれない?」
「いいですけど。みいが下になったほうがよくありません? みい、杏里さまの体重くらいなら、全然平気です」
「そうだね。みいのほうが、私よりずっと力持ちだったもんね」
死体のすぐそば、不自然な位置にパイプ椅子が置かれている。
源太はこれに乗って首を吊ろうとしたのかもしれない。
でも、息絶えたとたん、紐がほどけて下に落っこちてしまった。
杏里が肩車を提案したのは、二人とも背が低いので、椅子に乗ったくらいでは真上の梁に手が届かないからだ。
「じゃ、行きますよ」
杏里が肩にまたがったのを確認して、みいが言った。
「うん、お願い」
返事をする間もなく、軽々と身体が上昇する。
見上げると、手を伸ばせば届くところに埃だらけの梁が来ていた。
目を凝らすまでもなく、太い四角柱の真ん中あたりに、埃のはげている部分があるのがわかった。
紐で強くこすった痕に違いない。
「あったあった。やっぱりこれ、自殺っぽい」
「まだわかりませんよ。自殺に見せかけた他殺って可能性もありますから」
「あー、そっか。でも、そんなの区別、つかないよね」
「専門家なら、首の索条痕の様子で違いが判るらしいです」
「だね。2時間ドラマで見たことあるよ」
だが、悲しいかな。
その細かい違いまでは、杏里も覚えていない。
番組の中で、確か刑事さんが説明してくれてたんだけどなあ…。
「みいは、わかるの?」
「いえ。専門家じゃありませんから」
「うーん、そっかあ」
肩車から下りて、杏里が残念そうにつぶやいた時である。
麗奈に連れられて、双子の老婆が土蔵に入ってきた。
死体の傍らに膝をついて、老婆たちを振り返る麗奈。
老婆たちは入口で佇んだまま、身を寄せ合ってこわごわ中を覗き込んでいる。
「源太です」
麗奈がシートをめくって、死体の首から上を老婆たちに見せた。
「あれまあ」
「むごいことを」
「なんまんだぶ、なんまんだぶ」
老婆たちの唱える念仏に合わせて、杏里もそっと目を閉じ、頭を垂れて、死体に向かい、手を合わせた。
隣りでは、みいも同じ姿勢で合掌している。
源太さん、あなた、とってもひどい人だったけど。
そうしながら、心の中で杏里は死体に語りかけた。
でも、それとこれとは話が別ですよね。
死んでいい人なんて、この世にいないと思うもの。
この謎、私が必ず解いてみせますから、もう少し、待っててくださいね。
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