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第2話 レズふたり旅

#104 ビッチ探偵杏里②

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 うーん。

 杏里はうなった。

 何が違うのだろう。

 今朝方の食事の風景を思い出す。

 あの時はここに源太をのぞくみんながいて…そして、開け放した窓から、今みたいに気持ちのいい風が…・

 記憶の底で何かがざわめいた。

 あと少し。

 あと少しで、思い出せそう…。

 が、そこまでだった。

 杏里がその何かを思い出しかけた時、食堂に、ふたりの老婆を従えた麗奈が姿を現したのである。

「あら、杏里ちゃんたちも、こっちに来ちゃったの?」

 煙のように手がかりが消え、杏里はあきらめのため息をついた。

 だめだ。

 もう思い出せない。

 あと少しで、手が届くところまで来てたのに…。

「すみません。みいが、気分悪くしちゃって」

 杏里はあわてて、言い訳した。

 さっき土蔵を出る時、篠田に告げたのと同じでまかせである。

 だが、何も反論しないところを見ると、案外みいはその通り、気分を悪くしているのかもしれなかった。

「そっか。そうだよね。気がつかなくてごめん。あなたたちみたいな年端のいかない女の子たちが、死体のそばになんか、そんなに長い時間居られないよね」
 
 機嫌を損ねるかと思いきや、麗奈はいつになく、やさしかった。

「私はわりと平気なんですけど、みいはホラー系、だめな子なんで」

「いいわ。ふたりはお部屋で休んでなさい。どうせ、救急車も警察も、すぐには来られないみたいだし」

「え? それ、どういうことですか?」

 訊き返す杏里に、麗奈が困惑したような口調で答えた。

「ほら、今朝聞いたでしょう? 土砂崩れで、下の道が通行止めになってるって。おばあさんたちの話だと、復旧に丸二日ほどかかりそうだっていうの」

「今朝がた、役場から連絡が来てのう」

「まあ、うちは民宿だから、食べ物の備蓄には困らんがのう」

「だども、殺人事件なんぞ、この宿始まって以来じゃのう」

「ほんにのう。それも、よりによって、こんな難儀な時に」

 老婆たちは、おろおろするばかりだ。

「つまり、道が復旧するまで、ここには誰も来れないと?」

「そう。まさに陸の孤島。どうしたらいいのかしら」

 肩で大きくため息をつく麗奈。

「私たちで、事件を解決するしかないと思います」

 いつになく弱腰の麗奈に向かって、きっぱりと杏里は言った。

「まずは、これが、殺人事件なのか、事故なのか、それとも、自殺なのか…。そこをしっかり見極めることです」


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