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第2話 レズふたり旅

#63 ゴースト・ホテル⑦

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 真っ赤な口が迫ってきた。

 両端から長い犬歯がつき出している。

 ま、まさか、この人、バンパイア?

 つかまれた腕を振り払おうとするが、女は意外に力が強い。

 やられる!

 その時、みいが動いた。

 杏里の身体を乗り越えると、右腕を突き出し、女の口に何か突っ込んだのだ。

「あぐ」

 バンパイアがひるみ、身を引いた。

 口にくわえているのは、トイレットペーパーの芯だ。

 みいは素早かった。

 そのまま女の背後に回り込むと、その首筋をむんずとつかみ、便器の中に顔面を叩きこんだ。

 みいは華奢な見かけによらず、怪力である。

 コテージの一件でも、そうだった。

 窓からぶら下がる杏里を、軽々部屋の中に引っ張り上げたのはみいなのだ。

「杏里さま、水を、水を流してください!」

 女の頭を便器の中に押さえつけながら、みいが叫んだ。

「バンパイアが苦手とするのは、ニンニクや十字架だけではありません。流れる水もそうなのです」

「流れる水?」

「バンパイアは流水を渡れない。昔からそういわれているのです」

「そっか。わかった」

 流れる水なら、トイレほどぴったりの場所はないだろう。

 杏里はレバーを『大』の方に思いきりひねった。

 ゴオオオオッ!

 おなじみの水流音。

 ついでに『おしり』のボタンと『ビデ』のボタンを交互に連打してやった。

 手足をばたつかせていた女が、やがて動かなくなった。

「今です。逃げましょう」

 みいが便器の蓋を女の頭の上に降ろし、杏里の手を取った。

「逃げるって、どこに?」

「そうですね。バンパイアは一匹とは限りません。一匹見たら、百匹はいると思えって、よく言いますから」

「それはゴキブリでしょ?」

「ともあれ、この人には首に噛まれた跡があります。ということは、他にもバンパイアがいるはずです」

「あの支配人、怪しかったよね」

 杏里は受付で出会った青白い顔の男を思い出した。

 そもそも、あれはこのホテルの人間だったのだろうか?

 あの男がすべての元凶だとしても、いっこうに不思議ではない。

「ここは、たくさん水のあるところがいいと思います。ホテルの外は、もう夜で暗いですから、どちたかといえば魔物に有利ですし。でも、明るくて、水のいっぱいあるところに陽がのぼるまで隠れていれば」

「わかった。大浴場だね」

「ですです。流れる水の嫌いな彼らは、きっと入ってこれないに違いありません」


 女子トイレを後にすると、杏里は努めて何食わぬ顔をして、みいと腕を組み、ゆっくり歩いた。

 『大浴場』への案内板は地下を指している。

 大食堂の手前に、下に降りる2列のエスカレーターがあり、どうやらその先が大浴場のある地階らしい。

「急ごう」

 エスカレーターに乗り、他の客たちの死角に入ると、杏里はみいにささやいた。

 うなずき、ぴょんぴょんとエスカレーターを2段飛ばしに降りていくみい。

 その先に、やがて、『女湯』と赤字で書かれたのれんが現れた。






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