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第2話 レズふたり旅
#60 ゴースト・ホテル④
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「何も出なかったですよ」
杏里と入れ替わりに浴室に入って行ったみいが、タオルで髪を拭きながら出てきて、あっけらかんとした口調でそう言った。
みいはすでに浴衣に着替えている。
どうやらこの部屋に備え付けのものらしい。
「だからさっきは出たんだってば。なんか、白い手みたいなものが、こう、いっぱい、ザザってさあ」
「もういいですから、杏里さまも早く着替えてくださいな」
杏里はまだ、裸にバスタオルを巻いたままの格好だ。
「押し入れの中にもう一着、浴衣が入ってますから。これ、涼しくってなかなか気持ちいいですよ」
ホテルに浴衣というのも変な取り合わせだ。
どうもこの別館のほうは、ホテルというより旅館と呼ぶのがふさわしそうだ。
「そ、そうだね。なんだか、騒いだらおなか空いちゃったしね」
みいに比べてボリュームのある杏里にとって、浴衣は胸元がかなり苦しかった。
そこで、少し前をはだけて着ることにした。
動くたびに乳房がゆさゆさ揺れるが、こればかりは仕方がない。
「あのエレベーターも通路もいやだよお。ついでにこの部屋も」
みいに背中を押されて部屋を出ながら、弱音を吐く杏里。
「でも、どうしてあたしだけいろんな目に遭うわけ? みいはなんともないんでしょ?」
「それは、杏里さまがそれだけ魅力的だっていう証拠です。きっと幽霊に好かれちゃったんですよ」
くすくす笑うみい。
ここへ来るまでの不機嫌さはどこへやら、一連の幽霊騒動をずいぶん楽しんでいるようだ。
”主人”である杏里のうろたえぶりが、面白くてならないのに違いない。
エレベーターは相変わらずだった。
階数ボタンも押していないのに、各駅停車のように3階、2階でも停止し、一陣の風を乗せるとまたゆっくり動き出す。
そんな始末だった。
本館につながる連絡通路もやはり薄暗く、両側に並んだ人形たちが不気味この上ない。
「一気に行くよ」
みいの手を引くと、浴衣の裾が乱れるのもかまわず、杏里は全力疾走の体勢に入った。
のんびり歩いていたりなどしたら、後ろから甲冑騎士やら鎧武者やらがついてきそうで、薄気味悪かったのだ。
本館のロビーに到着すると、そこは別世界のようにきらびやかだった。
どっちかな?
行き交う客たちの中、場違いな浴衣姿で佇んでいると、
「4444号室の笹原さまですね。先ほどはどうも失礼いたしました」
ふたりを目ざとく見つけて、最初に会ったあの受付嬢が、カウンターの向こうから姿を現した。
よかった。
この人、無事だったんだ。
急に悲鳴を上げて消えちゃったから、ちょっと心配してたんだけど。
あの変な支配人に、何かされたんじゃないかと思って。
ああ、でも。
受付嬢の顔を眺めながら、ふと杏里は思った。
大丈夫かな、この人。
少し顔色が悪いみたいだし。
それに、あの首筋の赤い痣、さっきはなかったと思うんだけど。
やだ、ひょっとして、キスマーク?
杏里と入れ替わりに浴室に入って行ったみいが、タオルで髪を拭きながら出てきて、あっけらかんとした口調でそう言った。
みいはすでに浴衣に着替えている。
どうやらこの部屋に備え付けのものらしい。
「だからさっきは出たんだってば。なんか、白い手みたいなものが、こう、いっぱい、ザザってさあ」
「もういいですから、杏里さまも早く着替えてくださいな」
杏里はまだ、裸にバスタオルを巻いたままの格好だ。
「押し入れの中にもう一着、浴衣が入ってますから。これ、涼しくってなかなか気持ちいいですよ」
ホテルに浴衣というのも変な取り合わせだ。
どうもこの別館のほうは、ホテルというより旅館と呼ぶのがふさわしそうだ。
「そ、そうだね。なんだか、騒いだらおなか空いちゃったしね」
みいに比べてボリュームのある杏里にとって、浴衣は胸元がかなり苦しかった。
そこで、少し前をはだけて着ることにした。
動くたびに乳房がゆさゆさ揺れるが、こればかりは仕方がない。
「あのエレベーターも通路もいやだよお。ついでにこの部屋も」
みいに背中を押されて部屋を出ながら、弱音を吐く杏里。
「でも、どうしてあたしだけいろんな目に遭うわけ? みいはなんともないんでしょ?」
「それは、杏里さまがそれだけ魅力的だっていう証拠です。きっと幽霊に好かれちゃったんですよ」
くすくす笑うみい。
ここへ来るまでの不機嫌さはどこへやら、一連の幽霊騒動をずいぶん楽しんでいるようだ。
”主人”である杏里のうろたえぶりが、面白くてならないのに違いない。
エレベーターは相変わらずだった。
階数ボタンも押していないのに、各駅停車のように3階、2階でも停止し、一陣の風を乗せるとまたゆっくり動き出す。
そんな始末だった。
本館につながる連絡通路もやはり薄暗く、両側に並んだ人形たちが不気味この上ない。
「一気に行くよ」
みいの手を引くと、浴衣の裾が乱れるのもかまわず、杏里は全力疾走の体勢に入った。
のんびり歩いていたりなどしたら、後ろから甲冑騎士やら鎧武者やらがついてきそうで、薄気味悪かったのだ。
本館のロビーに到着すると、そこは別世界のようにきらびやかだった。
どっちかな?
行き交う客たちの中、場違いな浴衣姿で佇んでいると、
「4444号室の笹原さまですね。先ほどはどうも失礼いたしました」
ふたりを目ざとく見つけて、最初に会ったあの受付嬢が、カウンターの向こうから姿を現した。
よかった。
この人、無事だったんだ。
急に悲鳴を上げて消えちゃったから、ちょっと心配してたんだけど。
あの変な支配人に、何かされたんじゃないかと思って。
ああ、でも。
受付嬢の顔を眺めながら、ふと杏里は思った。
大丈夫かな、この人。
少し顔色が悪いみたいだし。
それに、あの首筋の赤い痣、さっきはなかったと思うんだけど。
やだ、ひょっとして、キスマーク?
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