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#90 銀河鉄道②
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銀髪の少年は、ダーク=トルストイだった。
振り向いた顏を見る前に、声でそれとわかった。
「あなたがカンパネルラ?」
私はぽかんと口を開けた。
「そして、私がジョバンニ?」
「そうだよ」
ダーク=トルストイが笑う。
「当り前だろう。ここは銀河鉄道の中なんだから。さあ、急ごう。あんまり時間がない」
少年は、通路を前へ前へと歩いていく。
運転席に着くと、隔壁を開けて私を中へ迎え入れた。
運転席には椅子がふたつと本棚があるだけで、運転手の姿もない。
ただ、ハンドルだけが線路の曲がり具合に従って、自動で勝手に動いている。
正面の窓の外は、紺色に染まった宵の空である。
丘に近い下のほうは濃いオレンジ色だけど、天に近づくにつれ、紺に近くなる。
天頂あたりにはすでに漆黒の宇宙がのぞいていて、ちらほらと星がまたたき始めていた。
「ここに座って」
自ら運転席につくと、ダーク=トルストイが副操縦席を顎で示して言った。
「列車自体は自動運転だけど、僕らはここで戦略を練らなきゃいけないから」
「私、銀河鉄道って、なんとなく蒸気機関車だとばかり思ってた」
狭い操縦席を見回して、私はひとりごちた。
「でも、違うんだ。なんか、市電か昔のチンチン電車みたいな感じだね」
「ああ。君の世界のハナマキってとこを走ってた電車がモデルだそうだよ。こんなふうに、縦に長い変わった形の電車らしい」
「ふうん、そうなんだ」
確かにこの電車。
幅が狭くて背が高いという、ちょっと変わった格好をしている。
幅の狭い線路の上を走っていたからだろうか。
窓の外には、果てしなく弧を描いて伸びる軌道が見える。
銀河鉄道の線路は、大きなカーブを描きながら、はるか彼方の空の果てまで吸い込まれているようだ。
その軌道上のあちこちで、時折ぼっと炎が上がるのが見えた。
「あれが、魔王Mだ。わかるだろ? だんだんこっちに近づいているのが」
魔王M.
すなわち、宮沢賢治の化身?
目を凝らすと、なるほど、炎が消える寸前、天頂に届かんばかりの大きな影が一瞬だけ、垣間見えた。
マントを羽織り、学生帽のようなものを被っていた。
あれが、宮沢賢治?
似ていなかった。
私はかつて教科書で見た賢治の横顔の写真を思い出して、首をかしげた。
私の記憶にある宮沢賢治は、坊主刈りの目つきの悪い青年だ。
けっしてイケメンとはいえないご面相だったと思う。
でも、さっき見えた魔王の顔はー。
なんだか、十代の少年みたいだった。
「そうか」
ふと思いついて、私はつぶやいた。
「魔王のMって、宮沢賢治のMでもあるけど、それだけじゃなかったんだ」
「どういうこと?」
ダーク=トルストイが振り返る。
「あれは、風の又三郎」
遠くでまた噴き上がった炎を見据えて、私は言った。
「Mは、又三郎のMでもあったのよ」
「風の、又三郎って?」
「風の又三郎は、賢治の童話のひとつ。そういえば、転校生の又三郎って、一説には、死の象徴って言われているみたい」
振り向いた顏を見る前に、声でそれとわかった。
「あなたがカンパネルラ?」
私はぽかんと口を開けた。
「そして、私がジョバンニ?」
「そうだよ」
ダーク=トルストイが笑う。
「当り前だろう。ここは銀河鉄道の中なんだから。さあ、急ごう。あんまり時間がない」
少年は、通路を前へ前へと歩いていく。
運転席に着くと、隔壁を開けて私を中へ迎え入れた。
運転席には椅子がふたつと本棚があるだけで、運転手の姿もない。
ただ、ハンドルだけが線路の曲がり具合に従って、自動で勝手に動いている。
正面の窓の外は、紺色に染まった宵の空である。
丘に近い下のほうは濃いオレンジ色だけど、天に近づくにつれ、紺に近くなる。
天頂あたりにはすでに漆黒の宇宙がのぞいていて、ちらほらと星がまたたき始めていた。
「ここに座って」
自ら運転席につくと、ダーク=トルストイが副操縦席を顎で示して言った。
「列車自体は自動運転だけど、僕らはここで戦略を練らなきゃいけないから」
「私、銀河鉄道って、なんとなく蒸気機関車だとばかり思ってた」
狭い操縦席を見回して、私はひとりごちた。
「でも、違うんだ。なんか、市電か昔のチンチン電車みたいな感じだね」
「ああ。君の世界のハナマキってとこを走ってた電車がモデルだそうだよ。こんなふうに、縦に長い変わった形の電車らしい」
「ふうん、そうなんだ」
確かにこの電車。
幅が狭くて背が高いという、ちょっと変わった格好をしている。
幅の狭い線路の上を走っていたからだろうか。
窓の外には、果てしなく弧を描いて伸びる軌道が見える。
銀河鉄道の線路は、大きなカーブを描きながら、はるか彼方の空の果てまで吸い込まれているようだ。
その軌道上のあちこちで、時折ぼっと炎が上がるのが見えた。
「あれが、魔王Mだ。わかるだろ? だんだんこっちに近づいているのが」
魔王M.
すなわち、宮沢賢治の化身?
目を凝らすと、なるほど、炎が消える寸前、天頂に届かんばかりの大きな影が一瞬だけ、垣間見えた。
マントを羽織り、学生帽のようなものを被っていた。
あれが、宮沢賢治?
似ていなかった。
私はかつて教科書で見た賢治の横顔の写真を思い出して、首をかしげた。
私の記憶にある宮沢賢治は、坊主刈りの目つきの悪い青年だ。
けっしてイケメンとはいえないご面相だったと思う。
でも、さっき見えた魔王の顔はー。
なんだか、十代の少年みたいだった。
「そうか」
ふと思いついて、私はつぶやいた。
「魔王のMって、宮沢賢治のMでもあるけど、それだけじゃなかったんだ」
「どういうこと?」
ダーク=トルストイが振り返る。
「あれは、風の又三郎」
遠くでまた噴き上がった炎を見据えて、私は言った。
「Mは、又三郎のMでもあったのよ」
「風の、又三郎って?」
「風の又三郎は、賢治の童話のひとつ。そういえば、転校生の又三郎って、一説には、死の象徴って言われているみたい」
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