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#89 銀河鉄道①
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目に見えない軌道の上をすべるようにやってきたその列車は、予想とはかなりかけ離れていた。
まず、機関車に率いられた汽車ではなく、屋根のパンタグラフからして、どうやら電車のようだ。
しかも、普通の電車に比べると、トーストを連結したみたいに、車両が妙に縦にひらぺったい。
全長も短く、車両は四両しかない。
-天気輪の柱、天気輪の柱~。
歌うようなアナウンスが途切れ、目の前の扉が一斉に開く。
少しためらったけど、意を決して、中に飛び込んだ。
どのみち、もう引き返すことはできないのだ。
王宮での生活も、醜い権謀術策も、今の私にはどうでもいい。
絶望の魔王と化した宮沢賢治を倒し、できれば元の世界に返りたい。
平凡な女子高生としての生活に戻りたいのだ。
どこに座ろうか迷っていると、少しも揺れることなく、列車が走り出した。
なんというスムーズさ!
リニア新幹線もかくやと思われる快適な乗り心地だ。
私が乗り込んだ車両には、赤いジャケットを羽織った少年と、黒い外套を着た可愛らしい少女の姉弟が座っている。
向かい側に腰かけているのは、これも黒い洋服をきちんと着こなした大学生ぐらいの青年である。
三人は時折私のほうを見やりながら、額を寄せ合って何やら熱心に話し込んでいる。
彼らが『銀河鉄道の夜』の登場人物だということは、ひと目でわかった。
となれば、カムパネルラもどこかに乗っているのだろうか。
三人の横を通り過ぎ、次の車両に移った。
と、制帽を目深にかぶった車掌が正面からやってくるのに出くわした。
帽子のひさしで顔が見えないのが不気味なその車掌は、私を見るなりこう言った。
「切符を拝見させていただきます」
「え」
私は固まった。
「あ、あの、そ、それは、ちょっと…」
切符?
そういえば、そんなもの、持っていない。
『天気輪の柱』駅には、改札も切符売り場もなかったのだ。
「ひょっとしてあなた、無賃乗車ですか? だとすれば、許すわけにはいきませんな。この列車が、どんな特命を帯びて走っているのか、まさか知らないとは言わせませぬぞ」
車掌の声が尖った。
ひさしの下の暗がりで、サーチライトみたいに目が光った。
「ち、違います。そ、そんなつもりは…」
後退る私に、両手を伸ばして車掌が詰め寄ってくる。
逃げるしかない!
踵を返しかけたときだった。
「その娘の分の切符は、僕が持ってる。それに、彼女は”砲手”なんだ。この列車は、魔王Mのところに向かっているんだろう? ならば、砲手は絶対に必要なはずだ」
「あ、あなたは、カムパネルラさま」
車掌が後ろを振り返った。
声は真ん中あたりの座席から聞こえてくる。
まさか、カンパネルラ?
でも、この声、最近、どこかで聞いたような…。
「砲手といえば、あなたがジョバンニさま。失礼いたしました」
こそこそと立ち去る車掌。
と、座席から銀髪の少年が立ち上がり、私のほうに手を振った。
「クリス、よく来たね。あの天気輪の柱の場所が、よくわかったね。ならば、すぐに砲塔に急ごう。あ、もちろん、魔法のブックカバーは、ちゃんと持ってきただろうねえ?」
まず、機関車に率いられた汽車ではなく、屋根のパンタグラフからして、どうやら電車のようだ。
しかも、普通の電車に比べると、トーストを連結したみたいに、車両が妙に縦にひらぺったい。
全長も短く、車両は四両しかない。
-天気輪の柱、天気輪の柱~。
歌うようなアナウンスが途切れ、目の前の扉が一斉に開く。
少しためらったけど、意を決して、中に飛び込んだ。
どのみち、もう引き返すことはできないのだ。
王宮での生活も、醜い権謀術策も、今の私にはどうでもいい。
絶望の魔王と化した宮沢賢治を倒し、できれば元の世界に返りたい。
平凡な女子高生としての生活に戻りたいのだ。
どこに座ろうか迷っていると、少しも揺れることなく、列車が走り出した。
なんというスムーズさ!
リニア新幹線もかくやと思われる快適な乗り心地だ。
私が乗り込んだ車両には、赤いジャケットを羽織った少年と、黒い外套を着た可愛らしい少女の姉弟が座っている。
向かい側に腰かけているのは、これも黒い洋服をきちんと着こなした大学生ぐらいの青年である。
三人は時折私のほうを見やりながら、額を寄せ合って何やら熱心に話し込んでいる。
彼らが『銀河鉄道の夜』の登場人物だということは、ひと目でわかった。
となれば、カムパネルラもどこかに乗っているのだろうか。
三人の横を通り過ぎ、次の車両に移った。
と、制帽を目深にかぶった車掌が正面からやってくるのに出くわした。
帽子のひさしで顔が見えないのが不気味なその車掌は、私を見るなりこう言った。
「切符を拝見させていただきます」
「え」
私は固まった。
「あ、あの、そ、それは、ちょっと…」
切符?
そういえば、そんなもの、持っていない。
『天気輪の柱』駅には、改札も切符売り場もなかったのだ。
「ひょっとしてあなた、無賃乗車ですか? だとすれば、許すわけにはいきませんな。この列車が、どんな特命を帯びて走っているのか、まさか知らないとは言わせませぬぞ」
車掌の声が尖った。
ひさしの下の暗がりで、サーチライトみたいに目が光った。
「ち、違います。そ、そんなつもりは…」
後退る私に、両手を伸ばして車掌が詰め寄ってくる。
逃げるしかない!
踵を返しかけたときだった。
「その娘の分の切符は、僕が持ってる。それに、彼女は”砲手”なんだ。この列車は、魔王Mのところに向かっているんだろう? ならば、砲手は絶対に必要なはずだ」
「あ、あなたは、カムパネルラさま」
車掌が後ろを振り返った。
声は真ん中あたりの座席から聞こえてくる。
まさか、カンパネルラ?
でも、この声、最近、どこかで聞いたような…。
「砲手といえば、あなたがジョバンニさま。失礼いたしました」
こそこそと立ち去る車掌。
と、座席から銀髪の少年が立ち上がり、私のほうに手を振った。
「クリス、よく来たね。あの天気輪の柱の場所が、よくわかったね。ならば、すぐに砲塔に急ごう。あ、もちろん、魔法のブックカバーは、ちゃんと持ってきただろうねえ?」
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