87 / 99
#87 天気輪の柱③
しおりを挟む
馬車は街道を東に進み、なだらかな丘のふもとで停車した。
「あれじゃないかな。天気輪の柱って」
ソロが指差したのは、双子の丘の右側のてっぺんである。
なるほど、キラキラした光の粒子が、螺旋を描いて空に登っていくのが見える。
「ここさ、王立女学院の裏山なんだけど、普段は立ち入り禁止区域に指定されてるらしい」
「で、その子は、あの立ち入り禁止区域内であなたと逢引きしようと持ち掛けてきたわけね」
「逢引きなんて、古い言葉知ってるなあ。まあ、そんなところさ。誰も来ない場所で会いたいって言ったら、じゃ、あの丘の上がいいって。だけど、結局は未遂に終わっちゃったんだけどね」
「未遂? どうして?」
「俺とつきあってることが親にバレちまってさ。なんせ、いいとこのお嬢様だったから、そんな下級貴族の不良と交際するのはまかりならんって、ま、そんなわけさ。ひどい話だろ」
「よかったじゃん。児童福祉法違反になんなくって」
ソロと軽口を叩き合いながらも、私は次第に緊張し始めていた。
ついに見つけた。天気論の柱。
ならば、後はあそこで、銀河鉄道の到着を待つだけだ。
「ありがとね。じゃ、私、行くから」
丘の頂上に続く小道を登り始めると、後ろから泡を食った口調でソロが呼びかけてきた。
「なんか知らないけど、ひとりで大丈夫なのか? なんなら最後までつきあってやってもいいんだぜ?」
ソロの親切は身に染みたけど、私はぎゅっと文庫本を持つ手に力をこめた。
これは、私がひとりでやり遂げなければならないことなのだ。
なんといっても、宮沢賢治は、私の世界の作家なのである。
たとえ彼がこの世界では魔王になっているにせよ、その運命を異世界の者の手に委ねるわけにはいかないのだ。
後ろ髪引かれる思いで頂上にたどり着くと、思った通り、そこは無人の駅のホームになっていた。
光の粒子が形づくる天気輪の柱の真下に小さな駅舎があり、そこから線路が始まっているのだ。
二本の線路は初めは丘の上を走り、次第にせり上がってその先は空に溶けている。
夕日に輝く銀色の軌条が、なぜだか涙が出るほど美しかった。
駅舎には人影がなく、改札口に近づくと、何もしないのに、腰の高さの跳ね板が開き、私を中に通してくれた。
もしかしたら、私の持っているこの本が、切符の代わりなのかもしれなかった。
ホームに出ると、そこも無人で、猫の子一匹いなかった。
時刻表らしきものもなく、ただ古びたベンチが何脚か放置されているだけである。
私はベンチのひとつに座ると、膝の上に文庫本を開いた。
魔法のブックカバーの力で、この本に記載されているものなら、なんでも実体化できる。
そう、あの不思議な少年、ダーク=トルストイは言った。
つまり、魔王を倒すための武器は、この本の中から調達しないといけないというわけだ。
『銀河鉄道の夜』の中に、そんな武器になるようなものが出てきただろうか?
私は電車が来るまでの間に、もう一度この童話を読み返そうと思った。
なんとしてでも、ここから武器を探さねばならないのだ。
最初の1ページに目を落とす。
そうしていつしか、私はお馴染みの物語の中に、知らず知らずのうちに引きこまれて行った…。
「あれじゃないかな。天気輪の柱って」
ソロが指差したのは、双子の丘の右側のてっぺんである。
なるほど、キラキラした光の粒子が、螺旋を描いて空に登っていくのが見える。
「ここさ、王立女学院の裏山なんだけど、普段は立ち入り禁止区域に指定されてるらしい」
「で、その子は、あの立ち入り禁止区域内であなたと逢引きしようと持ち掛けてきたわけね」
「逢引きなんて、古い言葉知ってるなあ。まあ、そんなところさ。誰も来ない場所で会いたいって言ったら、じゃ、あの丘の上がいいって。だけど、結局は未遂に終わっちゃったんだけどね」
「未遂? どうして?」
「俺とつきあってることが親にバレちまってさ。なんせ、いいとこのお嬢様だったから、そんな下級貴族の不良と交際するのはまかりならんって、ま、そんなわけさ。ひどい話だろ」
「よかったじゃん。児童福祉法違反になんなくって」
ソロと軽口を叩き合いながらも、私は次第に緊張し始めていた。
ついに見つけた。天気論の柱。
ならば、後はあそこで、銀河鉄道の到着を待つだけだ。
「ありがとね。じゃ、私、行くから」
丘の頂上に続く小道を登り始めると、後ろから泡を食った口調でソロが呼びかけてきた。
「なんか知らないけど、ひとりで大丈夫なのか? なんなら最後までつきあってやってもいいんだぜ?」
ソロの親切は身に染みたけど、私はぎゅっと文庫本を持つ手に力をこめた。
これは、私がひとりでやり遂げなければならないことなのだ。
なんといっても、宮沢賢治は、私の世界の作家なのである。
たとえ彼がこの世界では魔王になっているにせよ、その運命を異世界の者の手に委ねるわけにはいかないのだ。
後ろ髪引かれる思いで頂上にたどり着くと、思った通り、そこは無人の駅のホームになっていた。
光の粒子が形づくる天気輪の柱の真下に小さな駅舎があり、そこから線路が始まっているのだ。
二本の線路は初めは丘の上を走り、次第にせり上がってその先は空に溶けている。
夕日に輝く銀色の軌条が、なぜだか涙が出るほど美しかった。
駅舎には人影がなく、改札口に近づくと、何もしないのに、腰の高さの跳ね板が開き、私を中に通してくれた。
もしかしたら、私の持っているこの本が、切符の代わりなのかもしれなかった。
ホームに出ると、そこも無人で、猫の子一匹いなかった。
時刻表らしきものもなく、ただ古びたベンチが何脚か放置されているだけである。
私はベンチのひとつに座ると、膝の上に文庫本を開いた。
魔法のブックカバーの力で、この本に記載されているものなら、なんでも実体化できる。
そう、あの不思議な少年、ダーク=トルストイは言った。
つまり、魔王を倒すための武器は、この本の中から調達しないといけないというわけだ。
『銀河鉄道の夜』の中に、そんな武器になるようなものが出てきただろうか?
私は電車が来るまでの間に、もう一度この童話を読み返そうと思った。
なんとしてでも、ここから武器を探さねばならないのだ。
最初の1ページに目を落とす。
そうしていつしか、私はお馴染みの物語の中に、知らず知らずのうちに引きこまれて行った…。
0
お気に入りに追加
150
あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜
みおな
恋愛
私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。
しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。
冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!
わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?
それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢
岡暁舟
恋愛
妹に正妻の座を奪われた公爵令嬢マリアは、それでも婚約者を憎むことはなかった。なぜか?
「すまない、マリア。ソフィアを正式な妻として迎え入れることにしたんだ」
「どうぞどうぞ。私は何も気にしませんから……」
マリアは妹のソフィアを祝福した。だが当然、不気味な未来の陰が少しずつ歩み寄っていた。
【コミカライズ2月28日引き下げ予定】実は白い結婚でしたの。元悪役令嬢は未亡人になったので今度こそ推しを見守りたい。
氷雨そら
恋愛
悪役令嬢だと気がついたのは、断罪直後。
私は、五十も年上の辺境伯に嫁いだのだった。
「でも、白い結婚だったのよね……」
奥様を愛していた辺境伯に、孫のように可愛がられた私は、彼の亡き後、王都へと戻ってきていた。
全ては、乙女ゲームの推しを遠くから眺めるため。
一途な年下枠ヒーローに、元悪役令嬢は溺愛される。
断罪に引き続き、私に拒否権はない……たぶん。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

悪役令嬢に転生したら手遅れだったけど悪くない
おこめ
恋愛
アイリーン・バルケスは断罪の場で記憶を取り戻した。
どうせならもっと早く思い出せたら良かったのに!
あれ、でも意外と悪くないかも!
断罪され婚約破棄された令嬢のその後の日常。
※うりぼう名義の「悪役令嬢婚約破棄諸々」に掲載していたものと同じものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる