逃げ出した王女は隣国の王太子妃に熱望される

風子

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神の試練3

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「ルリアはルリアだ!カグヤではない」

『お前達が何と呼ぼうがそのことは関係ない
神の子であるという事実こそが大切だ
本来天にいるべき魂を呼び戻す必要がある』

「生贄を捧げれば、ねーさま‥‥いえ、カグヤ様をこの世に留め置くことをお許しいただけるのですか?」

『真の心ならば今一度最後の情けをかけてやろう』

「生贄は全員の‥‥ということですか?」

『神は欲深い人間ではない
真の心をもって判断するがいい
その心を見せてもらう
人間というものは決断さえも遅い
この世界で二時間やろう
真の心を見せよ』

「に?」
「うわぁっ!!」

体が重くなりストンと地面に落ちる感覚がする。


ガシャン!!


再び大きな音がすると、これが二時間の開始を告げる合図であることを悟る。


「ルリア?ルリア?目を覚ませ!」

何度もベルラードは体を揺するが瞼はピクリとも動かない
息もないままだった。

「生贄を捧げなければ、ねーさまはこのまま戻らないということね‥‥
あれは人の力を超えている‥‥神はいるのだわ‥‥」

マリエットの言葉に緊張が走る。

「もう一度お願いしてみたらどうで」
「無理だと思うわよ、ヘイルズ。
その心を神は見てるのよ?
何も差し出せないのなら、ねーさまは死ぬことになるわ。
あれは神の御業‥」

「‥‥妻と子を守るのは俺の役目だ、俺が生贄となる」

「お兄様!ダメよ、それではねーさまが目を覚ましても悲しむだけだわ!」

「あなたは皇帝陛下です、帝国の民を守る義務があります!
生贄なら私がなります!」

覚悟を決めたようにヘイルズは立ち上がった。

「お前はベルラードの側近として帝国の為に必要だ。生贄なら俺がなる。
ルリア様の為なら命を懸けるつもりでいたんだ」

「ダメよスタンリー!ウェルズス家はダルトタナードにも帝国にも必要なのよ」

「兄達がいる、問題ない」

「バロンを把握しているのはお前だけだ」

「生贄なら私がなるわ!ダルトタナードにはお兄様の子を後継ぎに据えてくださいませ」

「王女様!!」
「そんな、だったら私が」

ヨハンが立ち上がる。

「ヨハンは前世のこととは無関係よ、気にしなくていいの。
私達は前世の償いをしなければならないの、わかってちょうだい」

「‥‥」

「マリー‥‥」

「皆そんな顔しないで!
辛気臭いのは御免だわ。前世のルリア様を守れなかったのは皆同じように後悔してることよ。
償う機会を与えてもらえるのなら喜んで生贄になるわ。
お兄様、たくさん子を生んでこの帝国、ダルトタナードとアルンフォルトに立派な後継ぎを据えてください。
そして帝国の民を守るとその命を懸けて誓ってくださいませね」

「‥ああ‥わかっている」

「この大帝国を守らねばなりません、スタンリーもヘイルズもヨハンも、それがあなた達の仕事なのよ!!
いいわね?民を守りなさい!」

「マリエット王女様‥‥」

男達はマリエットの毅然とした態度に何も言えなくなった。

「ねーさまが目を覚ましてそんな顔を見たら自分を責めてしまわれるわよ!
やめてちょうだい、まったく!
はぁぁ、それにしても喉が渇いたわね?」

平然と言ってのけるマリエットの姿に皆は胸が痛んだ。

「‥‥私がお茶を持ってきます、部屋の外の様子も見てきます」

「ええヨハン、お願いね」



バタンッ



「マリー‥‥生贄とは‥‥」

「意味はきちんと解っておりますわ。
その上で私がなると申しているのです。
私にとってねーさまは今も前世も一番大切な方ですから‥。
そして皇后としての責任を果たしてもらわねばなりません。
それはお兄様もヘイルズもスタンリーもヨハンも皆同じこと。
もうダルトタナードだけではないのですよ」

マリエットは表情を一変させ、鬼気迫る勢いで言った。

「私の命など国の為ならばいくらでも差し出すつもりで生きてきております!
それが今であることは疑う余地のない事実です、私は私のできる務めを果たします。
ですからあなた達もあなた達の為すべきことを為してください。いいですね?
これで話は決まりよ」

「‥‥」

女性でありながらここまでの覚悟を決められる人はそういない。
マリエットこそ、これからの帝国に必要な人であることは全員が解っていた。
それぞれが心の中で自分が生贄となる覚悟を決めていた‥‥。



ガチャッ


「ヨハン?外はどうだった?」

「皆眠らされておりました。
廊下のあちこちで眠っています、厨房でも皆眠らされていましたがちゃんと息もあり外傷もないので大丈夫だと思います」

「そう、なら良かったわ。きっとねーさまが目覚めるのと同時に皆の意識も戻るでしょうね」

「エマが用意していたものがありましたので運んできました。もう冷めていますが喉を潤すにはちょうどいいと思います」

ヨハンは台車を押しながら入ってくると、部屋の隅で皆にお茶を淹れた。
そして一人ずつに手渡した。

「さぁ、喉が渇いたでしょう?
おかわりもありますから飲み干してください」

ベルラードもマリエットもヘイルズもスタンリーも、極度の緊張で渇いた喉を潤すため一気に飲み干した。

「変わった味ね?」

「お茶を淹れるのは初めてですからエマのように上手くは淹れられないですよ」

「苦‥これは随分と苦いな」

スタンリーは顔をしかめる。

「濃すぎましたか?」

ゴホッゴホッ

「これはお茶か?ヨハン」

ヘイルズも不味そうな顔で聞く。

「はい、エマが用意していたものです」

「それにしても味が変わってるな」

「冷めてるからでしょう」

「冷めてもこんな味するかしら?」

マリエットは首を傾げる。

「‥‥ヨハン‥‥何を入れた?」

ベルラードはヨハンを鋭い目つきで見た。

「ただの冷めたお茶ですが」

顔色も変えず平然と答えるヨハンに、ベルラードは口調を強めてさらに険しい表情になる。

「何のつもりだ?」

「‥ヨハン?どういうこと?」

「何を疑われているのか解りませんが」

一度緩んだ緊張の糸がピンと張り詰める。

「‥‥毒か?」

「生贄が必要なんでしょう?陛下‥」














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