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皇妃最後の日 輪廻の始まり

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その日、皇妃ルリアはいつもより早く目が覚め、隣で眠る皇帝ベルラードを起こさないようにそっとベッドを抜け出た。
娘のマリアの寝顔を見ようと部屋を出た皇妃が歩いていると、向かいから側近のウェルズスが歩いて来る。

「ルリア様!こんなに早くどうされたのですか?どこかお悪いのですか?」

焦ったように小走りで駆け寄る。

「いえ、ただ目が覚めてしまって‥‥。
ウェルズスこそ、こんなに朝早くから働いているの?」

「いえ、私も何だか目が覚めてしまったものですから、今日の会議の資料でももう一度確認しておこうかと思いまして」

「ふふっ。ウェルズスは本当に真面目ね。でも自分の体のことも、もっと大切にして欲しいわ。あなたがいないと陛下も帝国も困るのだから、ね?」

「ルリア様のお優しい言葉に感謝致します」

「優しいのはウェルズスの方よ。
いつもありがとう」

「とんでも‥ございません」

少し頬を赤らめたウェルズスの後ろから大声を出す者がいた。

「⁈ルリア様!もうお目覚めだったのですね?申し訳ありません、今すぐに朝のお支度の準備をしてまいります!」

「マリー!待って、私がただ早起きしただけよ!気にしないでちょうだい。
いつも通りでいいのよ、もう‥‥皆して‥‥
心配かけることになるから、これからは早起きしてもベッドの中にいるわ」

「マリー、ルリア様に気を遣わせてどうする!」

「ウェルズス様こそ、とてもお顔が真っ赤になってますよ!」

ゴホッゴホッ
「余計なことを言ってないで早くしろ!」

「はいはい」

「ルリア!!ルリア!!何処へ行ったかと心配したぞ!」

「まぁ、ベルラード。あなたまで早起き?」

「腕の中にいないから、焦って捜しにきた」

「もぅ‥‥本当に皆して‥‥。
私が早起きしただけで大騒ぎね」

「俺の側を離れるなと言ってあるはずだぞ!」

「マリアの顔を見に行こうと思っただけです」

「そうか!なら一緒に娘の寝顔を見に行くとしよう」

「はいはい」

ルリアに生き写しのような黒髪に紫の瞳の娘を、皇帝はマリアと名付け可愛がった。

皇妃が帝国に来てから三年が過ぎていた。
皇帝ベルラードは、皇妃ルリアを迎えてからそのほとんどの時間をルリアの側で過ごしていた。
皇妃宮に入り浸り、皇后に会うのは形式上必要な時だけとなっていた。

皇后の心中は、あらゆる負の感情で膨れ上がっていた。
怒り、恨み、嫉み、憎悪、苦しみ、悲しみ‥‥耐え難い屈辱に皇后は限界を感じていた。

その日、国の重鎮達との大事な会議に参加する為、ベルラードはウェルズスと共に皇宮へ出向いた。

皇妃宮では、一歳になったばかりの娘マリアと穏やかに過ごすルリアの姿があった。
聖女と謳われたルリアは、子供を産んだ後、銀色の髪と瞳が色を変え神の声も聞こえなくなった為、聖女ではなく悪魔だと罵られていた。
帝国から追い出すべきだという、新興貴族が力をつけ皇后側に付いていた。
その為、皇妃ルリアの身を心配したベルラードは、常に皇妃宮に居るようになり、皇后の怒りはさらに膨れ上がり、抑えられないところまできていた。

「ルリア様‥‥皇后宮から使いの者が来ております。
‥‥お茶の誘いだと‥‥」

「皇后から?」

ベルラードから皇后シェルリーンとは二人で会わないように言われている。
幾度となく嫌がらせを受けていた。
それを知るベルラードは、皇后シェルリーンにも、皇妃に近づかないように命じていたはずだった。
それなのにお茶の誘いとは‥‥

「早く支度をしろ!皇后様をお待たせするな!」

部屋にまで入り込んできた使者が皇妃に命令をする。

「ルリア様、行ってはなりません!」

「お前、侍女の分際で皇后様の命に逆らうつもりか?
ここで斬られても文句は言えまい」

剣に手をかけた使者を見て皇妃は立ち上がった。

「参りますからどうか侍女には手を出さないでください」

「ルリア様!」

「マリー‥‥マリアをお願いね」

「ならばせめて私だけでもお供させてください」

皇妃の足元に跪いたのは、専属護衛騎士のヘイルズだった。

「ならん!皇后様は皇妃おひとりで来るように命じられた」

「何故ですか?侍女も護衛も付き添わせないのは皇后といえども納得できません」

「うるさい!一介の騎士にすぎないお前が皇后様に意見するというのか?
お前も死にたいようだな」

「ヘイルズ、やめなさい。
申し訳ございません。私ひとりで参ります。
どうかご無礼をお許しください」

「ルリア様!」

「すぐに戻るわ」

そう言って笑った皇妃ルリアは、子供を産んだ瞬間に銀の髪と瞳を失い、黒髪に紫の瞳に変わってしまった。
今や誰もが彼女を悪魔だというようになっていた。
神の声が聞こえなくなっても、その姿は息を呑むほど美しく女神のように神々しいまま‥‥
彼女に見つめられれば誰もが心を奪われてしまう。
神と悪魔は同じものなのかもしれないと、その時皇妃の笑顔を見て護衛騎士はふと思っていた。

皇妃が皇后宮に行って一時間が経った頃‥

「やっぱり‥‥心配だわ‥‥ねぇ、ヘイルズ‥」

「ああ、そうだな。皇后宮に行ってみるか?」

「ええ‥。ルリア様おひとりではやっぱり‥‥迎えに行きましょう」

「そうだな、これ以上は待っていられない」

二人が処罰覚悟で皇后宮に行くと、何故か人の気配がない。
顔を見合わせ皇后宮の異変を感じとる。
胸騒ぎがして同時に駆け出すと、廊下にまで響く皇后の叫び声。

「今すぐこの女の死体を陛下に見つからないように穴を深く掘って埋めてきなさい!」

侍女と騎士は耳に届いたその言葉に立ち止まった。

「マリー‥‥お前はすぐに陛下にこのことを伝えろ!いいな?」

「ヘイルズ‥は?どうするの?」

二人の声は震えていた。

「俺は部屋に飛び込んでルリア様をお助けする。時間がない、急げ!」

二人は反対方向に走り出した。




駆け付けた皇帝ベルラードにより皇后シェルリーンをはじめ、皇后宮に仕える者が皆捕えられた。
皇妃の側には、護衛騎士が斬られ亡くなっていた。

「あなたが‥‥陛下がその女を連れて来たから悪いのです!その女が来てから私がどれだけ辛い思いをしてきたか、屈辱的な日々を送ってきたか、考えてくださったことはあるのですか?
私がどれだけ我慢をして耐えてきたか‥
どれだけ、どれだけあなたを想っていたか‥‥。
私があなたの妻なのですよ!」

すでに息絶え口から血を流した姿の皇妃を抱きかかえたベルラードに、皇后の涙ながらの訴えは届かなかった。
ベルラードは天を見上げ悲痛な声を上げると剣を抜き皇后の胸を貫いた。

「妻はルリアだ。愛するのは未来永劫ルリアだけだ」

「ならば未来永劫、その女を殺します‥」

皇帝ベルラードと皇后シェルリーンの会話はそれが最後だった。

侍女マリーは、ルリアの亡骸にすがりつき、何度も謝り続けていた。

「必ずマリア様は守り抜きます‥ルリア様」



皇妃ルリアと騎士ヘイルズの手厚い葬儀を終えると、皇帝は皇妃と同じ苦しみを味わって死にたいと自ら毒で亡くなった。

国は、皇帝陛下と皇后陛下を失い争いが勃発。
帝国は崩壊の一途をたどる。

侍女マリーは、ルリアの娘であるマリアの身を守る為、国を出た。

悲しい輪廻が始まったのである。















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