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ヘイルズの辛い夜
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真夜中‥
「ヘイルズ?‥‥私も‥座っていいかしら?」
「ええ、どうぞ。一人では辛すぎる夜ですから、話を聞いてくれる方がいると助かります」
眠れなくて食堂に飲み物を取りに行くと、広い食堂にランプひとつで薄暗い中、ヘイルズはワインを飲んでいた。
「殿下には内緒ですよ。ここで飲んでいたことが知れれば怒られてしまいますから」
私の為に椅子を引いてくれる。
「急に腹が減ったものですから、厨房を漁ってすぐに食べられそうな物を集めたんです。コックに明日謝らねばなりませんね」
そう言って笑った顔は、先程まで泣いていたようだ。
当然だろう‥‥ショックの大きさは計り知れない。
皿にはチーズや生ハム、エビのテリーヌがのっているが手をつけた様子はない。
ワインの瓶は半分になっていた。
私の為にグラスを持って来てくれたヘイルズはワインを注ぎながら、
「アロンとは時々こうやって夜中に二人で飲みました」
ポツリと言った。
「そう‥‥」
「あいつは優しい奴で‥‥アロンが侍従になったのは四年前です。
いつも笑顔で素直な男でした。
私の足りないところを補ってくれる頼もしい存在でもありました」
「‥‥私がここへ来なければ今日もアロンはあなたとこうしてお酒を飲んでいたかもしれないわね」
「いいえ。殿下にとってルリア様が必要なことは私もアロンも十分理解していたことです。
責めるべきは、長い間一緒にいながらアロンの苦しみを解っていなかった私自身です。
こんなに自分に腹が立つことは初めてです。
私は‥‥何もしてやれなかった」
ヘイルズは顔を覆った。
「‥‥アロンはあなたとベルラードの側にいる時がきっと一番幸せだったのではないかしら。だって毎日見せるあの笑顔は本物だったもの。
私が狂わせた皆の人生をどうやって償えばいいか分からないわ‥‥」
目の前でワインを飲み干したヘイルズにつられて私もワインに口をつける。
「アロンはルリア様が現れ、殿下が本当に愛する人を見つけたと喜んでいました。
何度も言っていました。
‥良かった、殿下は愛する方と一緒になれるんだな‥‥と。
でも苦しかったでしょうね‥‥
本当は殿下と公爵、そして自分の思いの中で苦しんでいた。
私にも言えずに気付かれぬように抱えていた。
きっと、メアリー様を妃にする為に侍従になっていても、殿下の妃にすることを躊躇っていたのでしょう。
そして自分はどうしたらいいのかずっと悩んでいたはずです。
それでもフォルター家に逆らえない立場であった為ルリア様にあの様なことを‥‥。
でもアロンは自分も最初から死ぬ覚悟だったのですね。
この事が成功でも失敗でも‥‥覚悟していたでしょう。
もう殿下の側に居ることはできないのだから‥‥辛かったでしょう。
もっと早くに私が力になってやれれば‥‥
フォルター家の言いなりにならなくてすんだのに」
ヘイルズの頬に一筋の涙が流れた。
「殿下は私よりもショックを受けられているでしょう。
ルリア様が来られる前は無愛想で傲慢な殿下でしたので、他人とうまく関わることのできない殿下の潤滑油のような存在でしたから。
殿下はアロンを頼りにしていました‥‥」
「ええ、そうね」
「だからこそフォルター家の言いなりになったことが許せないでしょう‥‥
信頼していた者が愛する人を殺そうとするなど‥‥こんなに辛い事はありません」
何も言葉が出てこない。
今の私が何を言っても慰めにならないだろう。
こんなことになったのは間違いなく私のせいだもの‥‥
私さえ来なければ‥‥
「ご自分を責めるのはやめて下さいね。
そんなことをすれば殿下は余計に悲しみます。
それに‥‥アロンもきっと‥‥あなたのことを」
「え?」
「何でもありません。
これは許されない裏切り行為です。
どうかこれ以上、この国に来られたことを後悔しないでいただきたい。
ルリア様は殿下にとっても、この国にとっても必要なお方です。
ルリア様は何も悪くないことです」
「‥‥」
私はやりきれなくてワインを飲み干した。
何と言われようと私の罪は消えない‥‥
「どうかこれからも殿下を支えてあげて下さい。
あなたまで失ったら殿下は生きる気力を失います」
「‥‥ええ。自分で決めた以上はベルラードを支えていくつもりよ」
「良かった‥‥さぁ、もうお休み下さい。ルリア様を独り占めしてることがばれたら私が殿下に殺されてしまいます」
いつものヘイルズに戻っているが、きっと‥‥ひとりになりたいのだろう‥‥
「ええ、おやすみなさい」
ヘイルズは立ち上がって頭を下げる。
真夜中の食堂を後にした。
扉が閉まるとヘイルズは自分のグラスにワインを注いだ。
「アロン‥‥お前もルリア様に惚れていたのだろう?‥‥
殿下に渡したくなくて共にあの世に連れて行くつもりだったのか?
馬鹿だな‥お前は‥‥
‥‥女神は皆んなのものなのに‥‥」
「ヘイルズ?‥‥私も‥座っていいかしら?」
「ええ、どうぞ。一人では辛すぎる夜ですから、話を聞いてくれる方がいると助かります」
眠れなくて食堂に飲み物を取りに行くと、広い食堂にランプひとつで薄暗い中、ヘイルズはワインを飲んでいた。
「殿下には内緒ですよ。ここで飲んでいたことが知れれば怒られてしまいますから」
私の為に椅子を引いてくれる。
「急に腹が減ったものですから、厨房を漁ってすぐに食べられそうな物を集めたんです。コックに明日謝らねばなりませんね」
そう言って笑った顔は、先程まで泣いていたようだ。
当然だろう‥‥ショックの大きさは計り知れない。
皿にはチーズや生ハム、エビのテリーヌがのっているが手をつけた様子はない。
ワインの瓶は半分になっていた。
私の為にグラスを持って来てくれたヘイルズはワインを注ぎながら、
「アロンとは時々こうやって夜中に二人で飲みました」
ポツリと言った。
「そう‥‥」
「あいつは優しい奴で‥‥アロンが侍従になったのは四年前です。
いつも笑顔で素直な男でした。
私の足りないところを補ってくれる頼もしい存在でもありました」
「‥‥私がここへ来なければ今日もアロンはあなたとこうしてお酒を飲んでいたかもしれないわね」
「いいえ。殿下にとってルリア様が必要なことは私もアロンも十分理解していたことです。
責めるべきは、長い間一緒にいながらアロンの苦しみを解っていなかった私自身です。
こんなに自分に腹が立つことは初めてです。
私は‥‥何もしてやれなかった」
ヘイルズは顔を覆った。
「‥‥アロンはあなたとベルラードの側にいる時がきっと一番幸せだったのではないかしら。だって毎日見せるあの笑顔は本物だったもの。
私が狂わせた皆の人生をどうやって償えばいいか分からないわ‥‥」
目の前でワインを飲み干したヘイルズにつられて私もワインに口をつける。
「アロンはルリア様が現れ、殿下が本当に愛する人を見つけたと喜んでいました。
何度も言っていました。
‥良かった、殿下は愛する方と一緒になれるんだな‥‥と。
でも苦しかったでしょうね‥‥
本当は殿下と公爵、そして自分の思いの中で苦しんでいた。
私にも言えずに気付かれぬように抱えていた。
きっと、メアリー様を妃にする為に侍従になっていても、殿下の妃にすることを躊躇っていたのでしょう。
そして自分はどうしたらいいのかずっと悩んでいたはずです。
それでもフォルター家に逆らえない立場であった為ルリア様にあの様なことを‥‥。
でもアロンは自分も最初から死ぬ覚悟だったのですね。
この事が成功でも失敗でも‥‥覚悟していたでしょう。
もう殿下の側に居ることはできないのだから‥‥辛かったでしょう。
もっと早くに私が力になってやれれば‥‥
フォルター家の言いなりにならなくてすんだのに」
ヘイルズの頬に一筋の涙が流れた。
「殿下は私よりもショックを受けられているでしょう。
ルリア様が来られる前は無愛想で傲慢な殿下でしたので、他人とうまく関わることのできない殿下の潤滑油のような存在でしたから。
殿下はアロンを頼りにしていました‥‥」
「ええ、そうね」
「だからこそフォルター家の言いなりになったことが許せないでしょう‥‥
信頼していた者が愛する人を殺そうとするなど‥‥こんなに辛い事はありません」
何も言葉が出てこない。
今の私が何を言っても慰めにならないだろう。
こんなことになったのは間違いなく私のせいだもの‥‥
私さえ来なければ‥‥
「ご自分を責めるのはやめて下さいね。
そんなことをすれば殿下は余計に悲しみます。
それに‥‥アロンもきっと‥‥あなたのことを」
「え?」
「何でもありません。
これは許されない裏切り行為です。
どうかこれ以上、この国に来られたことを後悔しないでいただきたい。
ルリア様は殿下にとっても、この国にとっても必要なお方です。
ルリア様は何も悪くないことです」
「‥‥」
私はやりきれなくてワインを飲み干した。
何と言われようと私の罪は消えない‥‥
「どうかこれからも殿下を支えてあげて下さい。
あなたまで失ったら殿下は生きる気力を失います」
「‥‥ええ。自分で決めた以上はベルラードを支えていくつもりよ」
「良かった‥‥さぁ、もうお休み下さい。ルリア様を独り占めしてることがばれたら私が殿下に殺されてしまいます」
いつものヘイルズに戻っているが、きっと‥‥ひとりになりたいのだろう‥‥
「ええ、おやすみなさい」
ヘイルズは立ち上がって頭を下げる。
真夜中の食堂を後にした。
扉が閉まるとヘイルズは自分のグラスにワインを注いだ。
「アロン‥‥お前もルリア様に惚れていたのだろう?‥‥
殿下に渡したくなくて共にあの世に連れて行くつもりだったのか?
馬鹿だな‥お前は‥‥
‥‥女神は皆んなのものなのに‥‥」
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